はじめに
IBMは2026年9月22日、Think Insightsで、AIOps(AIを活用したITオペレーション)の進化を「自動化」ではなく「信頼」の観点から捉え直す論考を公開しました。本稿では、AIエージェントが自ら判断・行動する時代に求められるガバナンス体制について紹介します。
参考記事
- タイトル: Governed autonomy: Why CIOs are reframing AIOps around trust rather than automation
- 著者: Meenakshi Srinivasan、Raghava Venkat
- 発行元: IBM Think Insights
- 発行日: 2026年9月22日
- URL: https://www.ibm.com/think/insights/governed-autonomy-cio-reframe
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要点
- Gartnerの予測では、2028年までに大規模企業の40%がAI駆動型エージェントワークフローを利用する見込みであり、2024年時点の5%未満から急拡大するとしている。
- IBMは、AIエージェントが自ら行動する現在、制御ポイントをシステム自体に設計する必要があると指摘している。
- ガバナンスは「プラットフォームガバナンス」と「組織的ガバナンス」の二層で構成すべきだとしている。
- 金融・医療・公益事業・公共部門など規制産業が、ガバナンス下の自律性の実装で先行しているとしている。
- IBMは「Agentic Golden Threads」という概念と、4つのエージェント設計パターンを提示している。
詳細解説
AIOpsの進化——「観察」から「行動」へ
IBMによれば、過去10年間のAIOps開発は「観察」と「思考」から「行動」へと重心を移してきました。従来のAIは推奨情報を提示するにとどまり、最終的な意思決定は人間が担っていましたが、現在はAIシステムがインフラストラクチャーやセキュリティ領域で自ら判断し、決定を実行する場面が増えています。Gartnerの予測によれば、2028年までに大規模企業の40%がAI駆動型エージェントワークフローを利用する見込みで、これは2024年時点の5%未満から大きく拡大する数字です。
AIが推奨するだけの段階から実際に行動する段階へ移ると、判断の誤りがそのまま業務影響につながるため、権限の範囲をどう設計するかが新たな論点になると考えられます。AIOps自体は障害の予兆検知やアラートの自動振り分けなど、以前から運用現場で使われてきた領域ですが、そこに「行動」までを任せるとなると、従来の監視ツール導入とは異なる意思決定になると思います。
ガバナンスギャップという課題
IBMは、多くの企業が技術的には成熟したAI導入を進めている一方で、それに見合う組織的なガバナンスモデルの構築には至っていないと指摘しています。CISO、CIO、CDO、法務チームがそれぞれ異なる領域を管掌しているものの、「AIの自律性の境界設定と監督」について明確に責任を持つ役割が存在しないケースが多いといいます。AIのリスクを部門ごとに切り離さず、統合的に管理すべきだという考え方は、IBMが以前から一貫して示している立場でもあります。部門ごとに個別最適でAIを導入した結果、全社としてどこまでの自律性を許容しているのかを誰も把握していない、という状態が生まれやすい点は、企業規模を問わず起こり得る課題だと考えられます。
二層のガバナンス構造
IBMは、AIエージェントのガバナンスを「プラットフォームガバナンス」と「組織的ガバナンス」の二層で捉えることを提案しています。
プラットフォームガバナンスは、リスクに応じて自律性の境界を段階的に設定し、監査証跡やポリシー制御、説明可能性の要件を備える仕組みを指します。具体的には、低リスクかつ高頻度なタスクは完全に自動化する一方、価値判断を伴う決定には推奨と段階的な対応を組み合わせ、重大な影響を持つ行動については人間の意思決定を支援するにとどめるという段階設計が示されています。AIエージェントの行動を後から追跡し、説明できる状態を整える取り組みも、この説明可能性の要件と重なる部分が大きいと考えられます。
もう一方の組織的ガバナンスは、プラットフォームの機能だけでは不十分だとする立場から、AIの自律性に関する境界の所有者やエスカレーションの構造、予期しない結果への対応、規制要件へのマッピングなどを企業側で定義する必要があるという考え方です。技術的な仕組みを整えても、それを運用する責任の所在が曖昧なままでは、いざという時に誰が判断を止めるのかが決まらないという実務的な問題につながると考えられます。
規制産業に見る先行事例
金融サービス、医療、公益事業、公共部門といった規制産業は、「ガバナンス下の自律性」の実装で先行していると記事は伝えています。これらの業界では「自動化した」という説明だけでは規制当局への説明として不十分であり、統治された意思決定のプロセスや、明確に定義された自律性の境界、各レベルでの人間による実質的な監督の証拠が求められるとされています。銀行のKYC・AML業務でエージェントAIの活用が進んでいる事例でも、処理の高速化だけでなく、判断の根拠を説明できる形で残すことが前提になっていました。規制産業以外の業種でも、将来的に同様の説明責任が求められる場面は増えていくと考えられます。
主権AIという新たな論点
記事はあわせて、データ処理の場所やベンダー選択、管轄権に関する要件といった「主権AI(Sovereign AI)」の問題が、取締役会レベルの議論に上るようになっている点にも触れています。国境をまたいでAIエージェントを運用する企業にとって、技術選定と同じ重みでガバナンス上の論点として扱われつつあると読めます。どのクラウドやモデルを使うかという選択が、性能やコストだけでなく、データがどの法域で処理されるかという観点からも問われるようになってきていると考えられます。
「Agentic Golden Threads」という発想
IBMは、インシデント解決からDevSecOpsパイプライン、ビジネス適合パフォーマンス管理に至るまで、企業IT全体を横断するエンドツーエンドのワークフローを「Agentic Golden Threads」と呼んでいます。その実現に向けて、次の4つのエージェント設計パターンが示されています。
- Stateful(状態保持): 複雑な重大インシデントの対応時にコンテキストを維持する
- Goal-based(目標指向): リアルタイムで根本原因への対応を行う
- Utility(ユーティリティ): 高頻度なトリアージ業務を担う
- Self-learning(自己学習): 最適化を積み重ねていく
これらのパターンを使い分ける発想は、すべてのタスクを一律に自動化するのではなく、業務の性質に応じてエージェントの設計を変える必要があるという、二層のガバナンス構造とも通じる考え方だと思います。
まとめ
IBMは、今後3〜5年でオペレーションAIを主導する企業は、最も高度なアルゴリズムを持つ企業ではなく、取締役会・規制当局・運用チームから実行を任せてもらえるだけの信頼を築いた企業だと述べています。ガバナンスをコストではなく経済的資産として捉える視点は、AIエージェントに権限をどう委ねるかを考えるうえで参考になると思います。
