はじめに
IBMは2026年9月17日、企業のAI活用が実証実験から測定可能な事業成果へ移行できない理由と、成功している組織に共通する5つの実践をまとめた記事をThinkブログで公開しました。本稿ではこの内容をもとに、AIを事業価値に結びつけるための組織的な工夫を紹介します。
参考記事
- タイトル: 5 practical ways to scale AI that actually deliver business value
- 著者: Richard Paul、Harriet Ruff
- 発行元: IBM Think
- 発行日: 2026年9月17日
- URL: https://www.ibm.com/think/insights/ways-to-scale-ai-that-deliver-business-value
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要点
- IBMは、AI活用で強い成果を出している組織に共通する5つの実践を紹介する記事を公開した。
- 成果を左右するのは技術ではなく、注意を向けるべき課題を組織全体で見極め、優先づける力だとしている。
- 事業再設計・データ整備・ガバナンス・人材育成・経営陣の足並みの5つの取り組みを、順を追ってではなく並行して進めることを推奨している。
- ガバナンスは導入後に追加するものではなく、責任の所在・追跡可能性・人による確認の条件を事前に設計すべきだとしている。
- 取締役会はAIの投資対効果を、モデル数や導入件数ではなく、収益・コスト・リスク・顧客成果といった指標で判断し始めているとしている。
詳細解説
成果を分けるのは技術ではなく組織の力
IBMのRichard Paul氏とHarriet Ruff氏は、多くの組織が業種を問わず、AIが重要かどうかを問う段階は終え、なぜ有望な実証実験が測定可能な事業成果に育たないのかを問う段階に移っていると指摘しています。あらゆる業種の企業と関わってきた経験から見えてきたのは、AI活用に成功している組織は資金力やベンダーの支援で優れているわけではなく、組織としての運営の仕方に優れているという共通点だとされています。最も重要な課題に組織全体の注意を向け、共通の成果を軸に人々を揃え、AIが規模を持って価値を生み出せる運営条件を整える力が鍵になっているとしています。
実践1: 目立つ課題ではなく、価値のある課題を追う
多くのプログラムが最初に犯す誤りは、事業価値の大きさではなく見せやすさを基準にユースケースを選ぶことだとされています。社内向けチャットボットは目に見えやすい一方、価格設定・営業・財務を横断する利益改善の仕組みは、経営会議で説明しづらくても、価値としては10倍に及ぶ可能性があるとされています。
具体的な対策として、各部門に上位3つのAI機会の金額換算インパクトを見積もらせた上で、部門の内部ではなく部門間の交点に注目することが挙げられています。IBMによれば、こうした交点こそ最も価値の高い領域でありながら、単独の担当者が着目する動機を持ちにくい領域だとされています。
実践2: 技術を導入する前に業務そのものを設計し直す
壊れた、あるいは非効率なプロセスにAIを追加しても、プロセスの問題は解決されず、機能不全が自動化されるだけだとされています。プラットフォームを調達してから既存のワークフローに合わせて使わせるという進め方は、定着率の低さと浅い価値、最終的な放棄につながる、AI導入で最も多く最も高くつく誤りの一つだと指摘されています。
対策としては、導入前に現在のワークフローを最初から最後まで洗い出し、「もしAIがある前提でゼロから設計するなら、同じ作り方をするか」を率直に問うことが挙げられています。答えが「ノー」であることがほとんどであるため、まずワークフローを再構想し、その後で新しい設計を実現する技術を選ぶべきだとされています。
実践3: 段階を踏まず、すべてを並行して進める
戦略、技術選定、データ、チェンジマネジメント、ガバナンスの順に段階を分けて進める変革プログラムは、一見論理的に見えるものの、実際にはプログラムが停滞する主な原因の一つだとされています。チェンジマネジメントを始める頃には、技術の意思決定がすでに導入の難しさにつながる制約を組み込んでしまっており、ガバナンスに着手する頃には、それを考慮せずにアーキテクチャが構築済みになっているためです。
最も速く進んでいる組織は、事業の再設計・データの整備・ガバナンスと信頼・人材育成・経営陣の足並みという5つの取り組みを同時並行で進めているとされています。対策としては、各取り組みに担当リーダーを置き、3ヶ月後の共通のマイルストーンを設定した上で、各チームに毎週すり合わせをさせることが挙げられています。そこで生じる摩擦は、対立をまだ解決しやすいうちに早期に表面化させる、生産的な摩擦だとされています。
実践4: ガバナンスを事後対応ではなく設計として扱う
導入後に付け足すガバナンスは、コストがかかる上に脆く、手戻りを生み、将来の導入を遅らせ、最も必要とされる瞬間に経営陣や取締役会の信頼を損なうとされています。統合的なガバナンスの必要性については本ブログでも紹介しましたが、実務的な進め方は、信頼をレビュー工程としてではなく設計上の意思決定として扱うことだとされています。本番稼働の前に、このシステムの出力に誰が責任を持つか、意思決定はどう追跡・監査されるか、何が人による確認のきっかけになるかという3つの問いに、書面で答えることが求められています。
自律性を強めながら重要な判断を下すエージェント型AIについては、これらの問いは任意ではなく、規模を持って拡張できるシステムと、最初のインシデントの後に停止させられるシステムを分ける違いになるとされています。
実践5: 経営陣の言葉で実行と価値のギャップを埋める
現在、取締役会では変化が起きているとされています。AIが本物かどうか、投資すべきかどうかはもはや問われておらず、「リターンはどこにあるのか」というより難しい問いが投げかけられているとされています。多くのテクノロジー部門は、学習させたモデルの数、立ち上げたユースケースの数、研修を終えた従業員の数といった「導入」の言葉で答え続けていますが、取締役会が聞きたいのは、守られた・伸びた収益、削減されたコスト、軽減されたリスク、改善された顧客成果という別の答えだとされています。
実務的な対策は、稼働中のすべてのAI施策を、基準値・現在値・目標値を伴う具体的な事業指標に対応づけた「バリューダッシュボード」を構築することだとされています。IBMは以前、「使い倒す(valuemaxxing)」という指標を問い直す議論も展開していましたが、特定の施策についてその対応づけが描けないこと自体が重要な情報であり、施策の価値が続ける価値に達していないか、測定の枠組みがまだ整っていないかのいずれかを意味するとされています。どちらの問題も、12ヶ月後より今のうちに表面化させた方がよいと指摘されています。
5つの実践に共通する規律
IBMは、これら5つの実践すべてに共通する土台は、最も重要な事柄に組織全体の注意を向け、日々の事業運営の要求がその集中力を奪おうとする中でもそれを維持し続ける力だとしています。技術面はすでに容易な部分になっており、モデルは十分な能力を持ち、プラットフォームも成熟しているとされ、どの組織がAI時代を制するかを左右する難しい部分は、そうした技術が価値を発揮できる組織的な条件を築くこと、すなわちアルゴリズムだけでなく組織の構造そのものを整えることにあるとされています。
まとめ
IBMが示す5つの実践は、AI活用の成否を分けるのが技術力ではなく、価値ある課題の選定・業務の再設計・並行進行・設計段階からのガバナンス・経営陣が理解できる指標という組織運営の力であることを示しています。本稿としては、自社のAI施策がどれだけ実際の事業指標に結びついているかを問い直す出発点として参考になると考えています。
