はじめに
Microsoft Researchは2026年8月3日、スケーラブルなエージェントAI研究向けのオープンソースフレームワーク「Orchard」を公開しました。コーディング・ブラウザ操作・個人アシスタントの3領域で小型モデルの実用性能を示す取り組みで、本稿ではその仕組みを解説します。
参考記事
- タイトル: Orchard: An open framework for scalable agentic AI
- 著者: Baolin Peng, Wenlin Yao, Qianhui Wu, Hao Cheng, Jianfeng Gao
- 発行元: Microsoft Research
- 発行日: 2026年8月3日
- URL: https://www.microsoft.com/en-us/research/blog/orchard-an-open-framework-for-scalable-agentic-ai/
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要点
- Orchardは、エージェントAIの学習・評価に使えるオープンソースの環境サービス「Orchard Env」を中核とするフレームワークであり、Kubernetes基盤で多数の隔離環境を並行管理できる。
- 同じ基盤の上でソフトウェア開発エージェント「Orchard-SWE」、ブラウザ操作エージェント「Orchard-GUI」、個人アシスタントエージェント「Orchard-Claw」という3種類のモデルが訓練・評価されている。
- Orchard-SWEは約30億の活性化パラメータのみでSWE-bench Verifiedにおいて69.7%を記録し、価値モデルによる再順位付けを加えると73.0%まで到達した。
- Orchard Envは、Codex・OpenClaw・ZeroClawなど実運用で使われる「ハーネス」の内部で直接エージェントを訓練できるように設計されている。
- 環境サービス本体に加え、学習データや評価手法も合わせて公開されている。
詳細解説
エージェントAI研究のボトルネックと「環境」という発想
Microsoftによれば、AIエージェントは静的な質問応答を超えて、計画・推論・行動を伴う複雑なタスクへと急速に広がっているものの、最先端のエージェントシステムの構築には専用のサンドボックスや非公開の学習パイプライン、独自データセットが必要になることが多く、多くの研究者が再現できない状況が続いていました。Orchardはこの課題に対応するために公開されたフレームワークであり、中核となる「Orchard Env」は、学習データ収集から強化学習のロールアウト、評価まで一貫して使える軽量なKubernetes環境サービスとして設計されています。
このように学習環境そのものを独立したサービスとして切り出す発想は、MicrosoftのSkillOptがエージェントスキルを訓練可能なパラメータとして扱う試みでも示されていた方向性と重なる部分があり、Microsoftが継続的にエージェントの学習基盤そのものへ投資していることがうかがえます。
Orchard-SWE:段階的な学習でSWE-bench Verified 69.7%を達成
Orchard-SWEは、実際のGitHub Issueに基づく10万7,000件のエージェント対話データを2つのオープンウェイトモデル(MiniMax-M2.5、Qwen3.5-397B)から蒸留して学習した、ソフトウェア開発エージェントです。Microsoftによれば、まず失敗した試行の中でも有用な部分を活かす「credit-assignment教師あり微調整」でベースを作り、その後Balanced Adaptive Rolloutという強化学習手法、さらにon-policy distillationとプロセス報酬モデルという2つの「密な報酬」の仕組みを組み合わせています。最後に、過去20回分の実験ロールアウトから学習した40億パラメータの価値モデルで候補解を再順位付けする段階を加えています。
この積み重ねにより、SWE-bench Verifiedのスコアは61.4%のベースラインから、Balanced Adaptive Rolloutで69.1%、密な報酬の手法を加えて69.7%、価値モデルによる再順位付けで73.0%まで向上したと報告されています。約30億の活性化パラメータという比較的小さな規模でこの水準に達している点は、10倍以上の規模を持つフロンティアモデルに迫る結果と言えます。強化学習で通常は捨てられてしまう大量の試行データを、価値モデルの学習に再利用する発想は、限られた計算資源で成果を積み上げたい開発者にとって参考になる部分が多いと考えられます。
Orchard-GUIとOrchard-Claw:少ないデータでの実務エージェント
ブラウザ操作エージェントのOrchard-GUIは、40億パラメータの視覚言語モデルをベースに、400件の蒸留デモンストレーションと2,200件の自由形式タスクという比較的小規模なデータで訓練されています。それでもWebVoyagerで74.1%、Online-Mind2Webで67.0%、DeepShopで64.0%、平均68.4%という結果を記録しており、Microsoftはこれを「オープンソースのGUIエージェントの中でも最上位クラス」と位置づけています。
個人アシスタント向けのOrchard-Clawは、わずか200件の合成タスクのみで訓練され、実務的なワークフローを評価するClaw-Evalベンチマークにおいて、3回までの試行を許容した条件で59.6%のタスクを完了できたと報告されています。より強力なZeroClawエージェントシステムと組み合わせると73.9%まで向上するとのことです。特に注目したいのは、Codexというハーネスの上で訓練した場合、未学習時の18.6%からOrchard学習後には51.5%まで成功率が跳ね上がったという点です。この差は、実際に使われる本番同様の環境の中で訓練することの重要性を示していると考えられます。
ハーネス内学習という設計思想
今日の高性能なエージェントは、単体のモデルとして動くのではなく、Claude CodeやCodex、OpenClawのような「ハーネス」を通じて、複数ターンの推論やツール利用、外部システムとの連携を管理しながら動作しています。Microsoftによれば、既存のオープンな学習ツールの多くはこうしたステートフルで複数プロセスにまたがるハーネスをそのまま扱えないため、簡略化した代替環境で学習してから本番のハーネスへ展開するというミスマッチが生じがちだったといいます。Orchardは、軽量なプロキシがハーネス自身のモデル呼び出しを学習データとして記録し、各ロールアウトを個別のコンテナ内で実行する仕組みによって、この差を埋めようとしています。
こうした設計により、エージェントを実際に配備予定のハーネスそのものの中で、複数のハーネスを横断しながらエンドツーエンドで訓練できるようになります。開発段階と本番運用のあいだの環境差を意識せずに済む点は、実務でエージェントを運用する開発者にとって扱いやすい設計だと思います。
まとめ
Orchardは、環境サービスを軽量かつオープンな形で切り出し、異なる領域のエージェント研究を同じ基盤で進められることを示しました。小型モデルでもフロンティア級に近づける結果は、開発者にとって示唆に富むと思います。MicrosoftのMemoraが扱う長期記憶の仕組みもあわせてご覧いただければと思います。
