はじめに
Microsoft Researchは2026年7月30日、コンピュータ操作AIエージェントの訓練専用環境「Echoverse」を発表しました。本稿では、12種の仮想環境が9Bモデルの性能をほぼ2倍にした仕組みと、その成果について解説します。
参考記事
- タイトル: Echoverse: Deep, evolving environments for computer-use agents
- 著者: Akshay Nambi 他(Microsoft Research)
- 発行元: Microsoft Research Blog
- 発行日: 2026年7月30日
- URL: https://www.microsoft.com/en-us/research/blog/echoverse-deep-evolving-environments-for-computer-use-agents/
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要点
- Echoverseは、コンピュータ操作AIエージェントを訓練するための12種の仮想環境(深いドメイン環境10種、特定能力訓練環境2種)である
- 全環境で訓練した9Bモデルは、基礎性能36.5%から67.1%へほぼ2倍に向上し、大規模モデルGPT-5.4に14ポイント差まで迫った
- 浅い環境で訓練したモデルは実環境で性能が低下したのに対し、深い環境で訓練したモデルは実環境への転移に成功した
- 環境・タスク・検証機構をモデルと同時に改善する「共進化」の仕組みにより、EchoStay環境上のモデル性能は2ラウンドで16.2%から38.5%に向上した
- 強化学習を導入したことで、保留タスクでの評価スコアが58%から69%に上昇した
- 4種の環境(EchoStay、EchoForge、日付選択・ネストフィルタ)がコード・データ・検証機構とともにGitHubおよびHugging Faceで公開されている
詳細解説
なぜ合成環境が必要なのか
メールやチャット、銀行業務、ヘルスケア記録など、実際に価値のある作業の多くはログインが必要な閉じたシステムの中にあります。こうした実サービス上でエージェントを訓練しようとすると、操作のたびに実際のアカウントへ書き込まれてしまい、試行間でリセットもできず、内部状態も画面の外からは見えません。そこでMicrosoftは、データベース自体を自社で保有する合成環境を構築し、状態は本物として変化しつつ、いつでも安全に壊してリセットできる仕組みを採用しました。
オープンでログイン不要なサイトを使う案もありますが、ページのデザインが変わったり、掲載情報が日々更新されたりするため、訓練のように同じタスクを何千回も繰り返す用途には向かないと考えられます。合成環境であれば、カレンダーの日付もシード用データも固定されるため、1回目でも1000回目でも同じ意味を持つタスクを提供できます。
「深さ」が性能を左右する
Echoverseが重視するのは環境の数ではなく、作業の因果構造をどれだけ忠実に再現できているかという「深さ」です。具体的には、操作や権限、エラーが実際の製品の挙動に従う 行動忠実性 、送信したメッセージが相手側にも反映されるといった 状態の一貫性 、初期の選択が後の展開を制約する ワークフローの深さ 、画面の見た目ではなくアプリの内部状態で判定する 検証の権威性 、そして取り組む価値のある ドメインの価値 という5つの基準が示されています。
この基準を検証する実験として、Allrecipes(料理サイト)とHugging Face(モデル共有サイト)という2つの実サイトで、浅い環境と深い環境それぞれで訓練したモデルを比較したところ、浅い環境で訓練したモデルはAllrecipesで性能が80.0%から75.0%に低下し、Hugging Faceでは48.0%のまま変化しませんでした。一方、深い環境で訓練したモデルはAllrecipesで85.0%、Hugging Faceで65.0%まで向上しています。同じ量のドメイン経験を与えても、タスクの構造が浅いか深いかによって結果が大きく異なることが示唆されており、訓練データの「量」よりも「構造の深さ」が重要だと考えられます。
日付選択やフィルタ操作に特化した訓練環境
Echoverseには、特定のUI操作だけに特化した「能力環境」も用意されています。日付選択とネストされたフィルタ・検索は、エージェントが繰り返しつまずきやすい操作として知られており、これらを多様な見た目・文脈で数百通りに再現することで、その操作方法自体を学習させる狙いがあります。
日付選択環境で訓練すると、既知のレイアウトでの評価が60.0%から82.6%に、未見のレイアウトでも34.0%から54.0%に向上しました。ネストフィルタ環境で訓練した場合も、未見のフィルタで62.8%から84.1%まで性能が伸びています。さらに、両方の能力を同時に訓練したモデルが各分野で最も高い性能を示しており、片方の訓練がもう片方の性能も高めるという相互強化の関係が見られました。訓練で身につけた日付選択の能力は、実際のウェブサイトを対象とするOnline-Mind2Webでも29.5%から34.3%へ効果が及んでおり、合成環境で得た能力が実環境にも一定程度転移すると考えられます。
モデルだけでなく環境自体も学習する「共進化」
Echoverseの特徴的な仕組みが、モデルの訓練と環境自体の改善を同時に進める「共進化」のループです。エージェントが失敗するたびに、その原因がデータベース・バックエンド・フロントエンド・タスク文・検証機構のいずれの層にあるかを特定し、該当する層だけを修正します。
この仕組みが効果を発揮した例として、旅行予約を模したEchoStay環境が挙げられています。宿泊人数を指定する機能に不具合があったため予約タスクが正しく完了できていなかったところ、この不具合を修正した結果、完了可能なタスクの割合が48%から78%まで上昇しました。同様の手法を2ラウンド適用したところ、EchoStay環境上でのモデルの性能は16.2%から38.5%まで、2倍以上に伸びています。モデルの性能だけを見ていては気づけない、環境側の欠陥を継続的に洗い出す仕組みだと言えます。
強化学習による性能向上
これまでの結果は、GPT-5.4が正解したデータを9Bモデルに模倣させる形の訓練で得られていますが、模倣だけでは失敗からの立て直し方や、いつ作業を止めるべきかまでは学習しにくいと考えられます。そこでMicrosoftは、Echoverseの各環境をリセット可能・並列実行可能・データベースに基づく報酬付きの強化学習環境として利用しました。
EchoBank、EchoForge、EchoForum、EchoStay、EchoTunesという5つの環境で強化学習を実施したところ、保留タスクでの評価スコアが58%から69%に上昇しました。実環境ではリセットができず信頼できる報酬も得られないため、強化学習の土台としては合成環境が適しているという判断だと考えられます。
公開内容と実環境への転移
Microsoftは、10のドメイン環境のうち2つ(EchoStay、EchoForge)と、2つの能力環境(日付選択・ネストフィルタ)について、コード・データ・検証機構をGitHubとHugging Faceで公開しています。実装や再現に興味のある開発者は、それぞれのリポジトリを参照するとよいと思います。
なお、Echoverseで訓練したモデルは、訓練に一度も使っていない実際のベンチマークWebVoyagerとOnline-Mind2Webでも、基礎モデルを上回る結果(66.5%→71.5%、40.5%→43.4%)を示しています。合成環境だけで訓練しても実際のウェブ上での操作にも一定の効果が及ぶという点は、実務での活用を検討する上でも参考になるのではないかと思います。
まとめ
Echoverseは、環境の数よりも既存環境をエージェントと一緒に深く進化させることに重点を置いた訓練基盤です。強化学習との組み合わせで9Bモデルが大規模モデルに迫った点は注目に値すると思います。エージェントの訓練手法については過去記事でも整理していますので、あわせてご覧いただければと思います。
