[ビジネスマン向け]AI投資ブームとFRBの限界——MIT専門家が語る投資家が知るべきリスク

目次

はじめに

 元SEC委員長のゲーリー・ゲンスラーMITスローン教授と、元ブラックロック幹部のピーター・フィッシャーMITゴラブセンター上席研究員が、2026年3月31日付のMIT Sloan Ideas Made to Matterに掲載された対談記事で、AI投資・FRB政策・政治的不確実性という三つのテーマについて率直な見解を示しました。本稿では、その内容を整理してお届けします。

参考記事

要点

  • すべての投資家はAIが生産性・労働市場・市場集中度にどう影響するかについて、自分なりのテーゼ(投資仮説)を持つ必要があるとゲンスラー教授は述べている
  • 2025年のAI関連設備投資は約4,000億ドルに達した一方、生成AI製品・サービスが生み出した収益は約500億ドルにとどまり、大きな乖離が生じている
  • 失業率と物価上昇率の関係を示す「フィリップス曲線」が機能不全に陥り、FRBが金融政策の根拠とする経済シグナルの信頼性が低下している
  • 市場はトランプ政権の「TACO(政策転換)パターン」に過度に安心しており、構造的なリスクが十分に織り込まれていない可能性がある
  • AIと国内製造業への資本集中が他セクターの投資を細らせ、今後3〜5年の生産性を押し下げるリスクがある

詳細解説

AI投資テーゼを持つことの重要性

 2026年3月のMITスローン投資カンファレンスで登壇したゲンスラー教授は、「AIテーゼなしに市場に参加しているなら、おそらく機会を逃す」と述べました。ここで言う「AIテーゼ」とは、AIが生産性・労働・市場集中度・ソフトウェアに与える影響についての自分なりの見立てを指します。投資判断の前提として、AIの影響を自分なりに整理しておくことが欠かせない時代になっていると言えます。

 一方で、現在の市場がブームかバブルかという問いには明言を避けつつも、支出と収益の乖離を具体的な数字で示しました。Goldman Sachsの試算によれば、AIインフラへの設備投資は2025年に約4,000億ドルに達し、2026年には5,000億〜6,000億ドルに達する見通しです。これに対し、生成AI製品・サービスが直接生み出した収益は昨年約500億ドルにとどまったとゲンスラー教授は推計しています。「この不均衡はどこかで解消されなければならない。過去のインターネットやコンピュータのブームと同様、最終的には統合・淘汰が起きる可能性が高い」と述べ、現在の投資熱には下方リスクが上方ポテンシャルを上回る面があると指摘しました。

 フィッシャー上席研究員も同方向の懸念を示しています。急速なスケールアップはすべて固定費の増大につながり、「それほど急拡大すれば、サプライチェーンの問題や品質管理の失敗が生じるリスクがある」と述べました。AI企業が短期間で投資を回収できるかどうかは、現時点では見通しが立てにくい状況と思います。

FRB新体制が直面する「経済シグナルの喪失」

 フィッシャー上席研究員は、FRB議長候補のケビン・ウォーシュ氏が経済の実態を正確に把握することは難しい局面にあると述べています。その理由として挙げたのが、金融政策の根幹をなしてきた「フィリップス曲線」の機能不全です。フィリップス曲線とは、失業率が低下するとインフレが上昇するという経験的な関係を示すモデルで、中央銀行が利上げ・利下げを判断する際の重要な指標でした。

 しかしフィッシャー上席研究員は「フィリップス曲線はすでに崩壊している」と述べ、「失業率の情報としての価値がかつてとは異なる。労働市場は多くの雇用を生み出しているようには見えない」と説明しました。インフレ側についても「所得格差・資産格差のために解読が極めて難しい」と指摘しています。消費全体の60%が上位20%の高所得者層に集中しており、その層は借入コストに縛られにくいため、利上げによる需要抑制効果が限定的になりやすい構造があります。

 ゲンスラー教授は長期金利の歪みという問題も提起しました。もともと長期金利は市場参加者の将来見通しを反映して決まるものでしたが、2008年以降の量的緩和(QE)によってFRBが国債や住宅ローン担保証券を大量購入し、長期金利の形成に深く関与するようになりました。ウォーシュ新議長がこの状況を正常化しようとすれば、依存構造から抜け出す過程で市場が動揺するリスクがあると考えられます。政策当局にとって二つの重要な判断材料が同時に信頼性を失っている状況は、金融政策の難易度を高めていると言えます。

「TACOトレード」の限界と構造的リスク

 ゲンスラー教授は、投資家が「TACOトレード」に慣れすぎていると警告しています。TACOとは「Trump Always Chickens Out(トランプ氏はいつも折れる)」の略で、関税などの強硬策が株式市場を揺さぶると政権が方針を転換するというパターンを指します。しかしゲンスラー教授は「市場は政策転換に少し過度に自信を持ちすぎている」と述べ、一部の不確実性は単なるノイズではなく方向性を持ったリスクだと指摘しました。

 具体的には以下の構造的な逆風を挙げています。過去80年間にわたって構築されてきた多国間貿易・安全保障秩序からの米国の撤退、連邦政府による研究開発投資の縮小、GDP成長を抑制するとされる移民の減少、そして連邦準備制度や司法省における機関の独立性の低下です。これらが重なれば、今後5〜10年の米国の成長見通しを押し下げる可能性があり、現在の株式バリュエーションにはまだ十分に織り込まれていないと考えられます。Morningstarによれば、ドルはすでに約10%下落しており、欧州や新興国市場の相対的な好調と合わせると、再評価が進んでいる初期サインと見ることもできます。

 フィッシャー上席研究員は資本配分の歪みという視点を加えました。政策の不確実性は単なるボラティリティを生むだけでなく、資本の流れ自体を歪めると述べています。現在、資金はトランプ政権が重視するAIと国内製造業に集中しており、他セクターへの投資が細っている状況です。「これは今後3〜5年の生産性を押し下げる」とフィッシャー上席研究員は述べており、セクター偏重の資本配分が中長期の経済にどう影響するかは注視が必要と思います。

まとめ

 元SEC委員長と元ブラックロック幹部という実務経験を持つ二人が示したのは、AI投資・FRB政策・政治的不確実性が複雑に絡み合う現在の投資環境でした。「AIテーゼを持つこと」「政策転換への過信を避けること」は、今の市場を考える上での重要な視点だと思います。変化が速い時期だからこそ、足元のリスクを冷静に点検する姿勢が求められます。

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