はじめに
IBMが2026年5月4〜5日にボストンで開催した年次カンファレンス「Think 2026」の内容をIBM Thinkが報じています。CEOアービンド・クリシュナ氏の基調講演をはじめ、エージェントAIのガバナンス設計、IBM Bobの実績、量子コンピューティングの最新動向まで、企業AI戦略の現在地を解説します。
参考記事
- タイトル: Live from Think 2026: Shaping the next era of agentic AI
- 著者: Aili McConnon, Amber Forrest, Euny Hong, Antonia Davison, Patrick Lucas Austin
- 発行元: IBM Think
- 発行日: 2026年4月29日(最終更新: 2026年5月5日)
- URL: https://www.ibm.com/think/news/live-from-think-2026
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要点
- IBMのクリシュナCEOは「AI革命の第0日(Day Zero)」という表現でAI時代の到来を宣言し、AI優先企業では生産性が70%向上、サイクルタイムが74%短縮されているというデータを示した
- 年内に企業が平均1,600以上のAIエージェントを導入すると予測される一方、経営幹部の7割が「現在のガバナンスは目的に合っていない」と回答しており、統制体制の整備が急務である
- エンタープライズ向けエージェントプラットフォーム「IBM Bob」はすでにIBM社内の8万人の開発者が活用しており、平均45%の生産性向上を記録している
- IBMはConfluentの買収完了によりリアルタイムデータ基盤を強化し、AIエージェントが必要な瞬間に必要なデータへアクセスできる環境の整備を推進している
- 量子コンピューティング分野では、クリーブランドクリニックおよび理化学研究所との共同研究で12,635原子タンパク質のシミュレーションに成功し、新薬開発への応用可能性が示された
詳細解説
「AI革命の第0日」——変革の窓は今、急速に閉じている
「我々はAI革命の第0日にいる」——Think 2026の基調講演でIBMのクリシュナCEOはそう宣言しました。「第0日とは、まだこれからという意味ではない。今、ここに到来しており、今すぐ活用しなければならないという意味だ」と補足します。
IBMの発表によれば、AI優先組織はそうでない企業と比べて70%高い生産性改善と74%速いサイクルタイムを実現しています。また、IBMが自社内でAIとハイブリッドクラウドを適用した結果、45億ドル超の生産性向上を記録したとのことです。それでも多くの企業は依然としてAIを周辺的な活用にとどめているのが実情です。「もはやパイロットの話でも、概念実証(PoC)の話でもない」とクリシュナは強調しており、なぜ企業AIがパイロット段階を超えられないのかを論じた過去記事とも重なるメッセージです。
クリシュナは今後の企業AI戦略を「AI優先企業」「ハイブリッドクラウドアーキテクチャ」「量子フロンティア」という3つの力の収束として整理しました。
「組み立てライン」思考——AIオペレーティングモデルとは何か
IBMのソフトウェア担当上席副社長ロブ・トーマス氏は、AI活用の成否を左右するのは「どのAIを選ぶか」ではなく「どう運用するか」だと指摘します。彼が提唱する「AIオペレーティングモデル」は、AIを組織全体のプロセスとして統合する考え方です。
トーマス氏は電力と電球の例えを用います。電球は工場を改善しましたが、本当の変革をもたらしたのは30年後の組み立てラインでした。「企業はAIを電球としてではなく、組み立てラインとして考えるべきだ」というわけです。この枠組みは、1つの部門やシステムに閉じたAI活用では限界があり、組織横断の運用設計こそが競合優位の源泉になるという考えに基づいています。
データストリーミング基盤Confluentの創業者で、IBMが2026年3月に買収を完了したジェイ・クレップス氏もこの視点を補強します。IBMの発表によれば、マリオット社はConfluentの技術を活用してリアルタイムデータと顧客情報を統合した結果、顧客パーソナライゼーション施策で2億5,000万ドルの増分収益を生み出したとされています。
エージェントAIのガバナンス——第二の労働力をどう統制するか
IBMのアンディ・ボールドウィン上席副社長は、AIエージェントが「企業の第二の労働力」として台頭していると語ります。IBMの発表では、年内に企業が平均1,600以上のAIエージェントを導入すると予測されており、このデジタル労働力が毎日数千の判断を下す時代が迫っています。
一方でIBMの調査では、経営幹部の7割が「現在のAIガバナンスは目的に合っていない」と回答しており、企業リスクの高まりを懸念しているとされています。ガバナンスの枠組みなしにエージェントが増殖すれば、統制が及ばない意思決定が積み重なる恐れがあります。
この課題に対してIBMが提示するのが、watsonx Orchestrate(ワトソンエックス・オーケストレート)を核としたエージェント管理基盤です。ステージ上のデモでは、IBM Bobがガバナンスルールに従いながら複数エージェントを統括し、架空企業の製品回収問題を処理する様子が披露されました。「Bobは私たちと同じハンドブックを読んでいる。それがエンタープライズ規模でAIを機能させる方法だ」と、IBM Softwareのサミヤ・カシフ氏はステージで述べています。
BNP ParibasのCTO、ジャン=ミシェル・ガルシア氏は特定ベンダーに依存しないハイブリッドモデルへの移行を語り、「AIがあれば、社員は想像し、構築し、設計し、考えることに時間を使えるようになる。AIがあることで、会社の中でより人間らしくいられる」と述べています。
IBM Bob——開発チームの「一員」として機能するエージェント
Think 2026でとりわけ注目を集めたのが「IBM Bob」の存在感です。Bobは単なるコーディング支援ツールではなく、計画段階から出荷まで一貫して関わるエージェント型開発プラットフォームとして位置づけられています。IBMの発表によれば、社内の8万人の開発者がすでに利用しており、平均45%の生産性向上を実現しているとのことです。
また、IBM Sovereign Coreはポリシーをランタイムレベルに組み込むことで規制変更に即時対応し、IBM Concertはシステム障害を検知するだけでなく対処まで担うエージェントベースのプラットフォームとして紹介されました。こうした製品群は、ガバナンスを後付けではなく、AIシステムの設計段階から組み込むという思想に基づいています。
量子コンピューティングの「エンジニアリング問題化」
クリシュナは「量子は20年先でも10年先でもない。今年中に実現する」と述べ、懐疑論者に正面から答えました。IBMとクリーブランドクリニック、理化学研究所は共同で、12,635原子のタンパク質を量子コンピューターでシミュレーションすることに成功したと発表しました。クリーブランドクリニックのエルズルム博士は「これは療法だ。生命に違いをもたらしうる」と述べ、新薬開発への道筋を示しました。
量子が純粋な科学の問題からエンジニアリングの問題へと移行したというのがクリシュナの見立てです。産業応用が現実のものになるまでの時間軸が想定より短い可能性があると考えられます。
パートナーエコシステムの乗数効果
Think 2026に先立ち開催されたPartner Plus Dayでは、IBMのパートナーエコシステム強化策が発表されました。Kareem Yusuf上席副社長はパートナーを「販売(sell)」「構築(build)」「サービス(service)」の3軸で定義し、それぞれに特化した新機能を紹介。TD SYNNEXは更新見積もりの85%を「タッチレス(自動化)」に移行したと報告し、AIによる業務効率化の具体的な成果を示しました。
クリシュナは「AI活用の本当の優位性は、エンドツーエンドで考え、どれだけタッチレスにできるかを問い直せること。エージェントは縦割りの壁を超えて動ける」と述べており、組織の「1940年代的な縦割り構造」をAIで再設計する可能性を示唆しました。
まとめ
Think 2026は「エージェントAI元年」を印象づけるカンファレンスとなりました。クリシュナCEOの「第0日」という言葉が示すように、変革のタイミングはすでに到来しています。ガバナンスを後回しにせず、組織横断のオペレーティングモデルとして構築することが企業AIの成否を分けると思います。ガバナンス設計の具体的な考え方については過去記事でも整理していますので、あわせてご覧いただければと思います。
