はじめに
Harvard Business Review(HBR)が2026年3月19日に掲載した研究報告を紹介します。KPMGとテキサス大学オースティン校の研究者が共同で、2,500人の従業員による140万件以上のAIプロンプトを8ヶ月にわたって分析し、高度なAI活用者に共通する行動パターンを明らかにしました。
参考記事
- タイトル: What the Best AI Users Do Differently—and How to Level Up All of Your Employees
- 著者: Nick Hallman, Zach Kowaleski, Anu Puvvada, Jaime J. Schmidt
- 発行元: Harvard Business Review
- 発行日: 2026年3月19日
- URL: https://hbr.org/2026/03/what-the-best-ai-users-do-differently-and-how-to-level-up-all-of-your-employees
要点
- KPMGとテキサス大学の研究チームが、2,500人の従業員が8ヶ月間に生成した140万件超のAIプロンプトを分析した
- 高度な利用者はAIを一問一答ツールではなく「推論パートナー」として扱い、役割定義・反復改善・自己検証などの手法を駆使する
- AIを高度に活用できる従業員はKPMG全体の約5%にとどまり、ツールを提供するだけでは高度利用は自然に広がらない
- 従来の「若手の方がAIに慣れている」という認識とは異なり、マネージャー以上の層が高度な利用者に多い傾向があった
- 組織がとるべき次のステップは「導入推進」から「習慣の形成」への移行であるとされている
詳細解説
調査の背景——利用頻度だけでは測れない問題
多くの組織がAIツールを従業員に配備してきましたが、HBRの報告によれば、リーダーたちはその成果を適切に評価できていないケースが多いとされています。導入後の評価手段として、利用頻度やログイン時間、プロンプト数、自己申告のスキルレベルなどが代替指標として使われがちですが、これらは「活動量」を測るものであり、「活用の質や深度」を反映しているわけではありません。
この課題を受け、KPMGとテキサス大学オースティン校の研究チームが共同プロジェクトを立ち上げました。調査時点でKPMGでは約90%の従業員が定期的にAIを利用しており、ツール自体の浸透という点では成熟段階に達していましたが、「高度な利用とはどのような状態か」を定義・測定する枠組みが整っていませんでした。
分析には、OpenAIの思考型モデルであるChatGPT o1を活用して各会話を評価し、プロンプトエンジニアリングの手法、タスクの種類、行動パターンなど50以上の変数を抽出しました。大規模かつ長期にわたるデータセットであることで、単日のスナップショットではなく、従業員のAI活用パターンがどのように変化・分岐していくかを追跡できた点が特徴です。
高度なユーザーを特徴づける4つの行動パターン
分析の結果、高度な利用者には役職や経験年数を問わず、4つの共通する行動パターンが見られました。
第一に、野心的なアプローチです。 高度なユーザーは利用量だけが多いわけではなく、AIとのやり取りが長く双方向性が高い傾向がありました。初回プロンプトが丁寧で詳細であり、タスクや目的に応じてモデルを意図的に切り替えるといった行動も見られました。
第二に、AIを推論パートナーとして扱う姿勢です。 最初の出力をそのまま受け入れるのではなく、役割の定義、出力例の提示、反復的な改善、自己検証の促し、構造化された推論プロンプトなどの手法を組み合わせて使っていました。価値はより良い一問一答から生まれるのではなく、モデルの思考を時間をかけて誘導することで生まれる、という考え方が根底にあると言えます。
第三に、複雑なタスクを明確な目標とともに委任する能力です。 高度なユーザーは、制約条件や成功基準の指定、望む回答の構造の定義、明確な目標の提示といった形で、複数ステップにわたる複雑なタスクをAIに委任することが多くありました。プロンプトの長さだけでなく、委任するタスクの複雑さにも野心が表れていました。
第四に、AIを汎用の認知ツールとして活用することです。 アイデア出し、分析、技術的なガイダンス、ナレッジワーク、問題解決など幅広い用途でAIを使い、用途に応じてモデルを使い分けていました。また、カジュアルな言葉遣いやタイポ、会話的なトーンが高度な利用者に多く見られたことも報告されています。これは習熟度や流暢さの表れとして解釈されています。
この研究から浮かび上がるのは、高度なユーザーとはAIを特定用途の生産性ツールとしてではなく、動的なコラボレーターとして扱う、精神的なモデルの転換が起きている人々だという点です。
「若手の方が得意」という通念を覆す発見
研究では、予想外の傾向も明らかになりました。高度な利用者に多かったのは、若手社員ではなくマネージャー以上の層だったということです。「デジタルネイティブな若手の方がAIを自然に使いこなす」という認識は広く共有されていましたが、今回の調査結果はその通念とは異なる実態を示しています。
この背景には、「慣れ」と「高度さ」の違いがあると考えられます。若手社員はAIツールへの親しみやすさはあっても、複雑な業務課題を構造化してAIに委任するための業務経験や判断力が十分に備わっていない可能性があります。一方で、マネージャー以上の層は、リスクや制約を含む複雑な問題設定をAIとともに扱う機会も多く、それが高度な活用につながっていると思います。
また、若手社員はAIを業務外の個人的なタスクに利用する傾向がより強く見られたとも報告されており、利用頻度を業務生産性の指標として使うことの限界が示されています。
全体の約5%という現実——介入なしでは広がらない
KPMGでは約90%の従業員がAIを利用しているにもかかわらず、高度な利用者の定義に当てはまったのは全体のわずか約5%でした。この数字は、ツールの提供と普及率だけを目標にした取り組みには限界があることを示しています。高度な活用は、ツールへのアクセスが確保されたからといって自然に広がるものではなく、意図的な介入が必要だということです。
この知見を受け、KPMGは学習と人材開発の取り組みを見直しました。具体的には、実際の業務文脈に即したシナリオ型の研修を導入し、複雑なタスクのAI委任、モデルの推論誘導、出力の検証、アプローチの継続的改善といった行動に重点を置いています。また、高度な活用の「良い例」を可視化・共有するためのプレイブックやチャンピオンネットワークも整備されました。
組織として取り組むべき3つの方向性
研究チームはリーダーへの提言として、3つの方向性を示しています。
まず、AI優先のベストプラクティスを構築することです。研究から得られた具体的な行動指標を、日常業務で参照できるプレイブックや短い解説、ピアネットワークの形で組織内に展開することが求められます。「良い活用とはどういう状態か」という共通理解を組織全体に定着させることが目的です。
次に、スキルアップの設計を見直すことです。従来の研修は機能紹介や操作方法に偏りがちですが、KPMGが取り組んでいるのは、実際の業務の流れの中でAIとの協働能力を高める、応用型・実践型の学習です。
最後に、AI時代における成長と成果に関する期待値を明確にすることです。これは既存の人事管理システムを変えることではなく、AI活用が仕事の質や判断にどう貢献するかを、役職・部門・業務環境に応じて具体的に示すことを意味します。KPMGではAudit、Tax、Advisory、Business Processing Groupなど、それぞれの業務特性に応じた期待値を設定していると報告されています。
まとめ
今回の研究は、AI活用の成否を分けるのはツールへのアクセスや利用頻度ではなく、問題の枠組み方や推論の誘導、出力の批判的評価といった習慣の積み重ねであることを示しています。組織にとっては、「導入推進」から「習慣の形成」へと焦点を移すことが、次の課題と言えます。
