はじめに
MicrosoftのPartner Research ManagerであるSujata Banerjee氏が2026年5月5日に公開したブログで、同社がNSDI 2026(USENIX Symposium on Networked Systems Design and Implementation)に採択された11本の論文を紹介しました。本稿では、AIシステムからクラウドインフラまで幅広い研究成果の概要を解説します。
参考記事
- タイトル: Microsoft at NSDI 2026: Advances in large-scale networked systems
- 著者: Sujata Banerjee
- 発行元: Microsoft Research Blog
- 発行日: 2026年5月5日
- URL: https://www.microsoft.com/en-us/research/blog/microsoft-at-nsdi-2026-advances-in-large-scale-networked-systems/
関連記事


要点
- MicrosoftはNSDI 2026においてデータセンターネットワーク、AIシステム、クラウドインフラにまたがる11本の論文を発表した
- DroidSpeakは、同じアーキテクチャを持つファインチューニング済みモデル間でKVキャッシュを共有することで、最大4倍のスループット向上を実現した
- EywaはLLMを用いてネットワークプロトコルのモデルベーステストを自動化し、33件のバグ(うち16件は未知)を発見した
- SONiC DASH SmartSwitchはAzureに本番規模で展開済みであり、電力・スペース効率の大幅な改善を達成した
- HarvestContainersは予備のCPUコアを動的に活用することで、最大75%の遊休CPU利用率を達成しつつ、レイテンシ敏感なコンテナへの影響を4%以内に抑えた
詳細解説
LLM推論効率を高める研究
今回のNSDI 2026でMicrosoftが最も注目を集めそうな発表の一つが DroidSpeak です。シカゴ大学とMicrosoftの共同研究で、同一アーキテクチャを持つ異なるファインチューニング済みLLM間でKVキャッシュ(Key-Value Cache)を共有・部分的に再利用できる仕組みを提案しています。KVキャッシュとは、Transformerモデルが過去のトークンを処理する際に生成した中間表現を保存する領域であり、再利用することで計算コストを削減できます。Microsoftによれば、最大4倍の高スループットとレスポンス高速化を、出力品質への影響を最小限に抑えながら達成しているとのことです。
複数のファインチューニング済みモデルを同時に運用する本番環境では、モデルごとにKVキャッシュを独立して保持するのが一般的ですが、DroidSpeakのアプローチはその計算・メモリコストを大幅に削減できる可能性があります。
LLMを活用したネットワークテスト自動化
Eywa は、UCLA と Microsoft Research の共同研究で、LLMを用いてネットワークプロトコルの仕様書(自然言語)からテスト用のモデルを自動構築するシステムです。従来、ネットワークプロトコルのモデルベーステストには、専門家が手動でフォーマルモデルを作成する必要があり、工数が大きな課題でした。Eywaはこのプロセスを自動化し、広く使われているネットワークプロトコル実装において33件のバグを発見しました。そのうち16件は従来手法では見つかっていなかった未知のバグだったと報告されています。
映像解析:ビジョン言語モデルとエージェント型検索の組み合わせ
AVA(Towards Video Analytics with Vision Language Models)は、浙江大学と Microsoft Research の共同研究です。イベント知識グラフとビジョン言語モデル(VLM)によるエージェント型検索を組み合わせることで、オープンエンドな映像解析(「この映像にはどのような出来事が映っているか」といった自由形式の問いへの回答)を可能にするシステムです。
評価のために研究チームが新たに作成した AVA-100 ベンチマークは、1本あたり10時間超の映像8本と、手動でアノテーションされた120の多様な質問・回答ペアで構成されています。このベンチマークにおいてAVAは75.8%の正答率を達成したと報告されています。超長尺・オープンワールド映像解析という難しい設定での評価である点は、実用性を検討する際に考慮する必要があるだと思います。
メモリとストレージの最適化
Octopus はコロンビア大学とMicrosoft Azureの共同研究で、CXL(Compute Express Link)を用いたdisaggregated(分散型)メモリポッドのための新設計を提案します。スイッチを不要とする構成により、コスト削減とマルチラックへの拡張を両立させています。3台のサーバによるハードウェアプロトタイプでの評価では、OctopusのRPCはラック内RDMAより3.2倍、CXLスイッチより2.4倍高速だったと示されています。
Pyrocumulus はトロント大学とMicrosoft Research Asiaの共同研究で、ストレージ最適化VMのライブマイグレーション(稼働中のVMを別ホストへ移送する技術)を、FPGA SmartNICを活用してオーバーヘッドを低減しながら高速化する仕組みを提案しています。
ネットワーク効率とクラウド運用
HEDGE はコーネル大学・Microsoft・Metaの共同研究で、光ネットワークにおける波長固有の障害に対応するトラフィックエンジニアリング手法です。リンクレベルとネットワーク全体の両方での冗長性を組み合わせ、既存システムと同等のスループットを維持しながらネットワーク障害を削減するとされています。
ForestColl はワシントン大学とMicrosoft Researchの共同研究で、AI学習などで多用される集合通信(AllReduce等)を異種ネットワークファブリック上で理論的最適スループットで実現するアルゴリズムを提案しています。スケジュール生成が多項式時間で完了し、スイッチングファブリックとアクセラレータ直接接続の両方に対応する点が特長です。
HarvestContainers はジョージア工科大学とMicrosoftの共同研究で、レイテンシ敏感なコンテナが確保しているCPUコアの未使用分を動的に検出し、レイテンシ耐性のあるワークロードに割り当てるシステムです。最大75%の予備CPU活用率を達成しつつ、テールレイテンシへの影響をスタンドアロン性能比4%以内に抑えたと報告されています。アプリケーションやOSへの変更が不要な点も実用上の利点だと思います。
Community Award を受賞した SONiC DASH SmartSwitch は、Microsoftが主導するクラウドネットワークオフロードの再設計です。ハードウェアフレンドリーなパイプライン、統一スイッチアーキテクチャ、オープン開発モデルを採用し、Azureに本番規模で展開済みです。高スループット・高コネクション容量を維持しながら、電力とスペース効率を大幅に改善したと説明されています。SONiC(Software for Open Networking in the Cloud)はオープンソースのネットワークOSであり、MicrosoftがAzureのネットワークインフラに採用していることで知られています。
セキュリティとシステム解析
KRAKENGUARD はIIT Roorkee・Quantco・Microsoft・インペリアル・カレッジ・ロンドンの共同研究で、eBPF(カーネル内で安全にカスタムコードを実行できる技術)プログラムに対して、ロード時にシンボリック実行でポリシーベースの細粒度制御を行うシステムです。マルチテナント環境での悪意あるeBPFプログラムの実行防止や、脆弱性検出に対応します。
MetaEase はMIT・Microsoft Research・ライス大学の共同研究で、ソースコードからヒューリスティックを直接解析し、最悪ケースのパフォーマンスシナリオを特定するツールです。複雑なフォーマルモデルを必要とせず、実際のシステムで未知のパフォーマンスギャップを発見したと報告されています。
まとめ
Microsoftは今回のNSDI 2026において、LLM推論の効率化から光ネットワーク障害対応、クラウドCPU利用最適化まで、大規模ネットワーク・インフラ研究の幅広い成果を発表しました。AI基盤を支えるシステム層への研究投資が継続されており、DroidSpeakやSONiC DASHのように実用環境での検証まで進んでいる成果も見られます。Microsoft Researchが手がけるLLM関連研究については、過去記事でも整理していますので、あわせてご覧いただければと思います。
