はじめに
BBC Verifyが2026年3月7日に公開した調査報道をもとに、米国・イスラエルとイランの軍事衝突に関連するAI生成フェイク動画・偽衛星画像の急増と、それを収益化するオンラインクリエイターの実態、および各プラットフォームの対応状況について解説します。
参考記事
- タイトル: AI-generated Iran war videos surge as creators use new tech to cash in
- 著者: Thomas Copeland
- 発行元: BBC Verify
- 発行日: 2026年3月7日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/ckg8wvz427vo
要点
- 米国・イスラエルとイランの軍事衝突を巡り、AI生成の偽動画・偽衛星画像が急増し、合計数億回の閲覧数を記録している
- Xは、ラベルなしでAI生成の武力衝突動画を投稿したクリエイターをクリエイター収益共有プログラムから一時停止すると発表した
- XのプロダクトトップはAI生成動画を拡散するアカウントの「99%」が収益化目的だと述べており、専門家は「バイラルなAI生成コンテンツが実質的な収益生成装置と化している」と指摘した
- イランの国家系メディアが拡散した偽の衛星画像は、Googleの透かし検出ツール「SynthID」によってGoogle製AIツールで生成または編集されたと示された
- 専門家は「エンゲージメント重視の収益化と正確な情報提供は本質的に相反しており、プラットフォームはその緊張を完全に解消できていない」と述べている
詳細解説
AIフェイク動画が急増した背景
BBC Verifyの調査によれば、米国とイスラエルが2026年2月28日にイランへの攻撃を開始して以降、AI生成の偽動画・偽画像が急速に拡散しました。BBC Verifyの分析では、こうしたコンテンツの閲覧数は合計で数億回に達しているとのことです。クイーンズランド工科大学のデジタルメディア専門家Timothy Grahamは「その規模は真に憂慮すべき水準であり、今回の戦争でもはや無視できないレベルになった」と述べています。
拡散の背景には、生成AIツールのアクセスしやすさが大きく関係しています。Grahamは「かつてはプロのビデオ制作が必要だったものが、AIツールを使えば数分で作れるようになった。説得力のある合成戦闘映像を作るための障壁は事実上崩壊した」と指摘しています。生成AI専門家のHenry Ajderも「これほど多様なリアルな映像を作れるツールが、これほど手軽かつ安価に利用できる状況はかつてなかった」と述べています。テクノロジー政策非営利団体What To FixのVictoire Rioは、ソーシャルメディアへのコンテンツ流通パイプラインが「ほぼ完全に自動化できるようになった」ことが急増につながっていると説明しています。現在、GoogleのVeo、OpenAIのSora、中国製AIアプリSeedance、XのGrokなど、高品質な動画・画像を生成できるツールは増加の一途をたどっており、そのアクセシビリティが偽コンテンツの量産を容易にしていると考えられます。
確認された偽コンテンツの事例
BBC Verifyが追跡した典型的な事例として、イスラエルのテルアビブにミサイルが着弾する様子を映したように見えるAI生成動画があります。この動画は300件以上の投稿に使われ、ソーシャルメディア全体で数万回以上シェアされました。XユーザーがAIチャットボット「Grok」を使って動画の真偽を確認しようとした事例も確認されていますが、BBC Verifyが確認した多くのケースでは、GrokがAI生成の偽動画を本物だと誤って断言していました。
また、ドバイのブルジュ・ハリファが炎上しているように見える偽動画は数千万回閲覧されており、同市へのドローン・ミサイル攻撃への懸念が高まっていた時期に大きく拡散しました。オックスフォード・インターネット研究所のMahsa Alimardaniは「こうした偽動画はオンライン上の検証済み情報への信頼を損ない、実際の証拠を記録することをはるかに困難にする」と警告しています。
今回の紛争で特に新たな問題として浮上したのが、AI生成の偽衛星画像です。BBC Verifyは、バーレーンにある米海軍第5艦隊司令部へのイランのドローン・ミサイル攻撃を映した本物の動画を複数確認しています。一方、翌日にはイランの国家系メディア「テヘラン・タイムズ」がXで偽の衛星画像を拡散し、米軍基地に大きな被害が出たように見える内容として広まりました。Googleの透かし検出ツール「SynthID」による分析では、この偽画像がGoogleのAIツールで生成または編集されたことが示されています。さらに、偽画像と2025年2月に撮影された実際の衛星画像を比較すると、基地外に駐車された3台の車両がまったく同じ位置に写っており、1年以上隔てた別の写真だという主張の信憑性を否定する証拠にもなっています。
Xの対応と収益化プログラムの問題
こうした状況を受け、Xは今週、ラベルを付けずにAI生成の武力衝突動画を投稿したクリエイターをクリエイター収益共有プログラムから一時停止すると発表しました。同プログラムは、投稿が多くのビュー・いいね・シェア・コメントを集めた場合にプラットフォームから報酬が支払われる仕組みです。Alimardaniは「プラットフォームがこれを重大な問題として認識しているというシグナルとして注目に値する」と評価しています。BBC VerifyはTikTokとMetaにも同様の対応を取る意向があるか確認を求めましたが、両社は回答しませんでした。
Xのプロダクト責任者は、AI生成動画を拡散するアカウントの「99%」がアプリ内の収益プログラムを通じた支払いを得るために大量のエンゲージメントを生み出すことを目的としていると述べています。Grahamの試算によれば、Xは100万件の認証ユーザーインプレッションあたり8〜12ドル程度を支払うとされています。収益化の資格を得るには3カ月間で500万オーガニックインプレッションを達成し、Xプレミアム購読を保持する必要があるとのことです。Grahamは「資格を得てしまえば、バイラルなAI生成コンテンツは基本的に収益生成装置と化す。究極の誤情報エンタープライズが構築された」と述べています。
根本的な課題としてGrahamは「エンゲージメント重視の収益化と正確な情報提供は本質的に相反しており、どのプラットフォームもその緊張を完全には解消できていないし、おそらく将来的にも解消できないかもしれない」と指摘しています。多くのSNS企業がモデレーションや検出システムの改善に取り組んでいると表明していますが、シンプルな解決策は存在しないというのが専門家たちの見方です。
まとめ
今回の紛争は、生成AIツールの普及と収益化プログラムが組み合わさることで、フェイクコンテンツの量産・収益化が構造的に成立してしまうという問題を浮き彫りにしました。Xが一定の対応を示した一方、エンゲージメント優先のビジネスモデルとの根本的な矛盾は残ったままです。今後の各プラットフォームの取り組みに引き続き注目が必要と思います。
