はじめに
Google Research Scienceチームが2026年4月29日、AIを活用した科学研究支援システム「Empirical Research Assistance(ERA)」の実用事例を公開しました。本稿では、疫学・宇宙論・CO2観測・神経科学の4分野にわたる具体的な成果と、ERAの仕組みについて解説します。
参考記事
メイン記事:
- タイトル: Four ways Google Research scientists have been using Empirical Research Assistance
- 著者: The Google Research Science team
- 発行元: Google Research Blog
- 発行日: 2026年4月29日
- URL: https://research.google/blog/four-ways-google-research-scientists-have-been-using-empirical-research-assistance/
関連情報:
- タイトル: Accelerating scientific discovery with AI-powered Empirical Software
- 著者: Lizzie Dorfman, Michael Brenner
- 発行元: Google Research Blog
- 発行日: 2025年9月9日(2026年4月29日更新)
- URL: https://research.google/blog/accelerating-scientific-discovery-with-ai-powered-empirical-software/
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要点
- ERA は Gemini を基盤とし、科学的仮説を検証するためのカスタムコードを自動生成・最適化するシステムである
- アルファゼロに着想を得たツリーサーチで数千のコード候補を探索し、探索にかかる時間を数か月から数時間〜数日に短縮する
- 公衆衛生分野では CDC 主催のインフルエンザおよび COVID-19 予測コンテストで上位に位置し、RSV 予測でも良好な結果を示した
- 宇宙論ではコズミックストリングの重力放射スペクトルに関する未解決問題に対し、Gemini Deep Think との組み合わせで 6 つの一般解を導出した
- 気象衛星データを活用することで、既存の専用観測衛星では不可能だった 10 分ごとの高時間解像度 CO2 推定が可能になった
詳細解説
ERAの仕組みと初期実績
ERAはGeminiを基盤として構築されたAIシステムで、「スコア可能なタスク」(問題の記述・評価指標・学習データが揃った課題)を入力として受け取り、コードを自動生成・実行・最適化するサイクルを繰り返します。Google Researchによれば、Googleが「AlphaZero(アルファゼロ)」と呼ぶ将棋・チェスAIのアイデアを応用したツリーサーチ(探索木)を用いており、数千のコード候補を系統的に探索できます。
この仕組みにより、通常は数か月を要する仮説検証の探索プロセスを数時間から数日に短縮できると説明されています。生成されたコードは検証可能・解釈可能・再現可能な形で出力されるため、科学的な信頼性も担保されます。
2025年9月の初期発表時点では、ゲノミクス・公衆衛生・地理空間解析・神経科学など6つのベンチマーク問題で専門家レベルの結果を示しています。ゲノミクス(一細胞RNA配列解析のバッチ統合)では既存の最良手法である「ComBat」を14%上回るスコアを記録し、COVID-19入院予測では CDC が「ゴールドスタンダード」と位置づけるアンサンブルモデルを上回る14のモデルを生成しています。
公衆衛生と宇宙論への応用
2025年秋以降、Google Researchは感染症の予測モデルを COVID-19 単独から インフルエンザ および RSV(呼吸器合胞体ウイルス) へと拡張し、米国全州を対象としたリアルタイム予測を週次で提出しています。マサチューセッツ大学アマースト校のNicholas Reich教授が管理する公開リーダーボードによれば、Googleはインフルエンザ・COVID-19の両部門で提出期間を通じて上位に位置していると報告されています。専用ツールを持たない疾患や地域でも同様の精度が期待できれば、計算モデリングへのアクセス民主化につながる可能性があると考えられます。
宇宙論の分野では、より理論的な挑戦に取り組んでいます。コズミックストリングとは、宇宙誕生初期に形成されたと考えられる時空の「欠陥」で、重力波を放射すると予測されています。しかしそのエネルギースペクトルを計算する方程式には「特異点」(値が無限大に発散する箇所)が含まれており、従来の数値計算では扱いにくい未解決問題でした。Google Researchはこの課題にERAと「Gemini Deep Think」を組み合わせて適用し、2026年3月に6つの一般解と漸近限界の簡潔な公式を導出したと発表しています。Google Researchによれば、OpenAIのGPT-5による先行研究では最も単純なケース(正方形ループ、角度α=π/2)についての部分解にとどまっており、GPT-5が科学研究を加速させた事例として知られている一方、今回ERAが示した解はより一般的かつ統一的なものだと説明されています。
気候観測と神経科学への応用
大気中のCO2濃度変化を地域ごとに追跡するには、空間的・時間的に密度の高い観測データが必要です。現行のNASA専用観測衛星(OCO-2等)は精度は高いものの、地球表面のごく一部しか観測できず、同一地点への再訪問は16日に1回です。一方、気象予報用の静止衛星「GOESイースト」は10分ごとに半球全体をスキャンできますが、CO2観測には設計されていません。
Google ResearchはERAを活用し、GOESイーストの16波長帯データに気象情報・太陽角度・日付を組み合わせた「物理ガイド型ニューラルネットワーク」を開発しました。このモデルはOCO-2の観測データで学習し、地球全域の任意地点について10分ごとにCO2濃度の推定値を出力できます。温室効果ガス観測に関する国際ワークショップでの発表によれば、独立したOCO-2データや地上観測ネットワークとの比較でも実際のCO2変動を正確に再現できることが確認されています。この成果は、既存の観測インフラから新たな価値を引き出すAIの可能性を示す事例だと思います。
神経科学では、ゼブラフィッシュ(脊椎動物の神経研究に広く使われるモデル生物)の神経回路を解析する研究が行われました。ゼブラフィッシュは水面の波紋が作り出す光の縞模様に反応して流れに逆らう本能的行動を持ちます。研究チームはERAにシミュレータの配線図(どの神経細胞間に接続があるかを示した情報)を与え、視覚刺激から神経活動・運動反応へとつながる回路を提案させました。その結果、単なる統計的なパターンマッチングにとどまらず、他の視覚刺激にも汎化できるメカニズム的に正確な解を発見できたと報告されています。構造情報を与えることで「解釈可能な解」を得られた点は、ブラックボックス的なモデリングを超えるという点で意義深いと考えられます。
科学研究へのAI活用という潮流
AlphaEvolveが数学的アルゴリズムの進化に取り組んできたのと同様、ERAは「スコア可能な課題」として定義できる科学・工学の問題全般に対応するシステムです。Googleはこのほかにも研究支援AIとして「co-scientist」や「PAT」を開発しており、複数のアプローチで科学発見の加速を目指していると説明されています。ERAについても、より広範な利用者への提供に向けて準備が進んでいるとのことです。
計算モデリングの専門知識がなくても高度な実験的ソフトウェアを利用できる環境が整えば、研究リソースの少ない分野や地域でも科学的な知見が生まれやすくなる可能性があります。ただし、今回示された成果の多くはGoogleの研究チームや学術コラボレーターによるものであり、外部研究者が実際にどの程度利用できるかは今後の展開次第だと思います。
まとめ
Google ResearchのERAは、疫学・宇宙論・気候観測・神経科学と幅広い分野でAIが専門家水準の成果を示すことを具体的な実績として示しました。「科学発見の民主化」が実現するかどうかは一般提供後の実態が問われますが、その方向性には注目が集まっています。AI と科学研究の関係についてさらに知りたい方は、AlphaGenomeの解説記事もあわせてご覧いただければと思います。
