はじめに
Anthropicの最高経営責任者であるDario Amodeiが2026年2月26日、米国国防総省(米国戦争省:US Department of War)との協議に関する公式声明を発表しました。本稿では、この声明の内容をもとに、Anthropicが設けるAI利用の制限と、政府との対立の経緯を解説します。
参考記事
- タイトル: Statement from Dario Amodei on our discussions with the Department of War
- 著者: Dario Amodei
- 発行元: Anthropic
- 発行日: 2026年2月26日
- URL: https://www.anthropic.com/news/statement-department-of-war


要点
- AnthropicはClaudeを国防省・情報機関の機密ネットワークや国立研究所に展開した最初のフロンティアAI企業である
- 中国共産党に関連する企業へのClaudeの利用を遮断し、数億ドル規模の収益機会を放棄した
- 大量の国内監視と完全自律型兵器の2用途はいかなる契約にも含めないという方針を維持している
- 戦争省はAnthropicを「サプライチェーンリスク」に指定すると脅し、国防生産法の発動も示唆した
- Anthropicはこれらの脅しにかかわらず方針を変えないと明言した
詳細解説
AnthropicのAI軍事利用の実績
Anthropicによれば、ClaudeはすでにAIの軍事・安全保障分野において広く展開されています。同社は、フロンティアAI企業として初めて米国政府の機密ネットワークへのモデル展開を実現し、国立研究所への配備、および国家安全保障顧客向けのカスタムモデル提供においても先駆けとなりました。
現在、Claudeは米国国防総省(米国戦争省: US Department of War)をはじめとする安全保障機関にて、情報分析、モデリング・シミュレーション、作戦立案、サイバー作戦といったミッションクリティカルな用途で活用されているとのことです。
また、Anthropicは米国のAI優位性を守るため、自社の短期的な利益に反する行動も取ってきました。米国国防省から「中国軍事企業」に指定された企業を含む、中国共産党に関連する企業のClaudeへのアクセスを遮断し、その結果として数億ドル規模の収益を手放したと説明しています。さらに、中国共産党が支援するサイバー攻撃への対処や、民主主義陣営の優位を確保するための半導体輸出規制の推進にも積極的に関与してきたとしています。
2つの「禁止ライン」
一方で、Anthropicは「AIが民主的価値を守るのではなく、むしろ損なう可能性がある」と判断する限定的なケースについて、明確な立場を示しています。今回の声明で具体的に言及されたのは、以下の2用途です。
大量の国内監視については、合法的な外国諜報活動や防諜活動へのAI活用は支持するとしつつも、国内の大規模監視への適用は民主的価値と相容れないと主張しています。Anthropicの声明では、現行法のもとでも政府は令状なしに国民の移動履歴・ウェブ閲覧・交友関係といった詳細な記録を公開情報から入手できることを指摘しています。強力なAIはこの分散した情報を自動的かつ大規模に統合し、個人の生活の全体像を描き出すことが可能になるため、従来の法的枠組みが対応しきれていないという問題意識が背景にあります。
完全自律型兵器については、ウクライナなどで活用されている部分的な自律兵器は民主主義の防衛に不可欠だとしながらも、人間を意思決定から完全に排除した兵器システムへの対応はフロンティアAIの現在の信頼性水準では不十分だと説明しています。Anthropicは米国国防省に対しシステムの信頼性向上に向けた共同研究を提案しましたが、受け入れられなかったとのことです。現時点では適切な安全管理の枠組みが存在せず、高度な訓練を受けた兵士が日々発揮する高度な判断力を完全自律システムには期待できないと考えられます。
政府の圧力と対立の構図
Anthropicによれば、米国国防省は「いかなる合法的用途も受け入れる」という条件でのみAI企業と契約するとし、上記のセーフガードを撤廃しない場合はシステムからの排除を通告したとしています。さらに、米国の敵対国に対して用いられる「サプライチェーンリスク」という指定の適用を示唆し、国防生産法の発動によるセーフガード強制撤廃も脅しとして言及されたとのことです。
この点についてAnthropicは、「一方でセキュリティリスクと位置付けながら、他方でClaudeを安全保障上の必須インフラと見なすのは本質的に矛盾している」と指摘しています。こうした圧力は、AIを安全保障インフラとして利用しながらもその開発企業には強い制約をかけようとする構造的な問題を浮き彫りにしていると思います。
同社は、これらの脅しがあっても方針を変えることはできないと明言しつつも、もし米国国防省がAnthropicを排除する選択をした場合には、別のプロバイダーへの円滑な移行を支援し、進行中のミッションへの影響を最小限に抑える姿勢を示しています。
まとめ
Anthropicは国家安全保障分野への貢献を続けながらも、大量の国内監視と完全自律型兵器という2点については、民主的価値と現行技術の信頼性を理由に提供を拒む立場を維持しています。AIと政府・軍の関係をどのように設計するかという問いは、今後さらに重要になると考えられます。
