はじめに
Pew Research Centerが2025年10月15日に発表した世界25カ国を対象とするAI意識調査と、POLITICOおよびThe Guardianが2026年2月に報じた国際論考を踏まえ、本稿では各国のAIへの感情、規制への信頼感、そして働く人々への影響を整理します。調査からは、日本が意外にも独自の位置づけにあることが見えてきます。
参考記事
メイン記事:
- タイトル: How People Around the World View AI
- 著者: Jacob Poushter, Moira Fagan, Manolo Corichi
- 発行元: Pew Research Center
- 発行日: 2025年10月15日
- URL: https://www.pewresearch.org/global/2025/10/15/how-people-around-the-world-view-ai/
関連情報:
- タイトル: The Country That’s Madly in Love With AI
- 著者: Catherine Kim
- 発行元: POLITICO
- 発行日: 2026年2月21日
- URL: https://www.politico.com/news/magazine/2026/02/21/south-korea-ai-popular-why-00789618
- タイトル: How the anxiety over AI could fuel a new workers’ movement
- 著者: Samantha Oltman
- 発行元: The Guardian
- 発行日: 2026年2月19日
- URL: https://www.theguardian.com/technology/2026/feb/16/reworked-a-guardian-series
要点
- 世界25カ国の調査で、AIの利用増加に「不安の方が大きい」と答えた人の中央値は34%、「同程度」が42%、「期待の方が大きい」はわずか16%であり、全体として不安が期待を上回る
- 日本はAI認知度が調査25カ国中最高の53%を記録しながら、懸念率は29%と世界中央値(34%)を下回り、比較的落ち着いた受け止め方をしている
- 韓国はAIへの懸念が最も少ない国(16%)であり、資源制約・少子高齢化という構造的課題がAI受容の背景にある
- 米国・イタリアはAIへの懸念が最も高い国(ともに50%)であり、労働者の間でAIが雇用・権力バランスを揺るがすとの懸念が強い
- AI規制への信頼度は「自国」が最も高く、次いでEU(中央値53%)、米国(37%)、中国(27%)の順
詳細解説
世界全体の傾向:期待より不安が優勢
Pew Research Centerによれば、2025年春に実施した世界25カ国の成人を対象とする調査で、AIについて「少しは聞いたことがある」以上と答えた人は全体の86%に達しました。一方で、AIの利用増加に対する感情を尋ねたところ、「不安の方が大きい」という回答の中央値が34%に上り、「期待の方が大きい」の16%を大きく上回りました。「どちらも同程度」と答えた人が42%と最多であることを踏まえると、積極的に期待を持つ層はまだ少数派と言えます。
認知度については、一人当たりGDPとの強い相関(相関係数0.81)が確認されており、高所得国ほどAIを「よく知っている」と答える割合が高い傾向があります。インドでは14%、ケニアでは12%にとどまっているのに対し、先進国では認知度が大幅に高くなっています。情報へのアクセス格差が、AIをめぐる議論の深さにも影響していると考えられます。
日本の位置づけ:認知度トップ、かつ比較的穏やかな受け止め
今回の調査で最も注目すべき日本に関する知見は、AIを「よく知っている」と答えた割合が53%と、調査25カ国中最高だったという点です。米国(47%)、ドイツ・フランス・カナダ(いずれも45〜52%台)を上回っており、日本社会におけるAIへの情報接触の高さがうかがえます。
一方で感情面を見ると、Pew Research Centerのデータでは日本の「不安の方が大きい」という割合は29%と、世界中央値の34%を下回っています。また「期待の方が大きい」は16%で、53%が「期待・不安ともに同程度」と回答しています。認知度は高いにもかかわらず強い懸念を持ちにくいという傾向は、慎重に状況を観察しながらも即座には反応しない日本社会の特性と関係しているかもしれません。
年齢による差も大きく、日本の18〜34歳でAIを「よく知っている」と答えた割合は77%に上る一方、50歳以上では39%にとどまります(38ポイント差)。不安についても同様で、50歳以上では42%が「不安の方が大きい」と答えているのに対し、18〜34歳ではわずか18%です。若い世代ほどAIに積極的に向き合っている構図が、日本でも明確に見られます。
少子高齢化と製造業・サービス業における自動化の歴史という点では、日本は後述の韓国と共通する構造的背景を持っています。認知度の高さと比較的落ち着いた感情的立場がどのような実践につながっていくかは、引き続き注目に値すると思います。
韓国が示す「AIと共存する社会」の一例
25カ国の中でAIへの懸念が最も低かったのは韓国で、Pew Research Centerによれば「不安の方が大きい」と答えた人はわずか16%でした。POLITICOの取材では、この背景として韓国が資源に乏しい国として技術革新を経済成長の核心に位置づけてきた歴史が挙げられています。半導体・自動車・造船といった産業を通じた経済的飛躍の経験が、「新技術への適応は生存の条件」という意識を社会全体に根付かせているとのことです。
実際、韓国の調査企業HRC Opinionによれば調査対象者の70%がAIは社会に良い影響をもたらすと回答し、韓国商工会議所の調査では職場でAIを活用していると答えた人が半数を超えています。スマートフォンユーザーの40%がChatGPTアプリを利用しているというデータもあります(市場調査企業Wiseapp·Retail調べ)。
もっとも、韓国が懸念と無縁なわけではありません。POLITICOによれば、別の調査では約半数の回答者が「AIに仕事を奪われるかもしれない」と感じており、現代自動車グループがAI搭載ヒューマノイドロボットの工場導入を計画した際には、強力な労働組合が反発し交渉が膠着状態となっています。「技術革新は善」という社会的な合意の下にも、具体的な雇用への影響に対する懸念は確実に存在しています。
少子高齢化が急速に進む韓国では、100年後に人口が現在の15%まで減少するという試算もあり、AI・ロボットが労働力不足への現実的な解決策として期待されています。同様の課題を抱える日本にとっても、参考になる視点だと思います。
規制への信頼:自国とEUが上位
Pew Research Centerによれば、AIを適切に規制できると信頼する主体として「自国政府」を挙げた人が最多で、EUが中央値53%、米国が37%、中国が27%と続きます。信頼度はその国・地域への全体的な評価と連動する傾向があり、中国への好感度が高いインドネシアや南アフリカでは、中国のAI規制への信頼が米国を上回っています。
規制アプローチの違いも顕著です。POLITICOの分析では、EUのAI法がリスク最小化と権利保護を重視した規制先行型であるのに対し、韓国のAI基本法はイノベーションのための制度的枠組みの構築を優先する姿勢をとっています。また米国では、現政権が大手テック企業のAI推進を後押しする一方で議会内の合意形成が難航しており、統一したメッセージを打ち出せていない状況とのことです。各国の規制スタンスの差は、AI開発の方向性だけでなく、国民のAI受容度にも影響を与えていると考えられます。
AIと労働:不安が新たな連帯を生む可能性
The Guardianによれば、2026年の労働現場では、AIへの不安が以前の労働運動の活力を押しつぶしつつある一方で、その不安が新たな連帯の契機になり得るとの見方もあります。UCバークレー労働センターの上席研究員Lisa Kresge氏は、「低賃金労働者には仕事をロボットに奪われることへの懸念があるが、同時に自分がロボットのように扱われることへの懸念もある」と述べています。
注目されるのは、ホワイトカラーとブルーカラーの境界が崩れてきているという指摘です。Ford財団の副代表Sarita Gupta氏は「シリコンバレーの若いエンジニアが、倉庫労働者と同じロジックで管理されていると気づいたとき、階級の壁が崩れ、より大きな労働者の尊厳を求める運動が可能になる」と語っています。The Guardianによれば、米国では2025年時点で労働組合員の割合が9.9%とほぼ40年ぶりの低水準にある一方、AIを契機とした労働者意識の再覚醒が起きつつあるとのことです。
AIが生産性の果実をどのように分配するかという問いは、国境を超えて共通の課題と言えます。技術そのものの善悪ではなく、誰がその設計・展開・統治に関わるかが問われているという視点は、日本でも重要な議論の出発点になると思います。
まとめ
世界25カ国の調査が示すのは、AIへの態度が一様ではないという現実です。認知度が最高水準にありながら比較的落ち着いた受け止め方をする日本、積極受容の韓国、不安が強い欧米、それぞれが異なる歴史・経済・人口構造を背景に持っています。少子高齢化と高い技術親和性を持つ日本が今後どのような立場を明確にしていくかが、これからの注目点になると思います。
