はじめに
IBM Thinkが2026年2月20日に報じた記事では、AIへの投資が拡大する一方で、その効果測定に多くの企業が苦しんでいる実態が明らかになりました。Apptioが実施した大規模調査の結果をもとに、ROI計測を阻む要因と、専門家が提唱する打開策を本稿で解説します。
参考記事
- タイトル: What’s holding companies back from realizing the ROI of AI?
- 著者: Aili McConnon
- 発行元: IBM Think
- 発行日: 2026年2月20日
- URL: https://www.ibm.com/think/news/realizing-roi-ai-apptio-global-tech-investments
要点
- Apptioによる1,510名の技術リーダーを対象とした調査では、ITバジェットが増加していると答えた割合は74%に上る一方、AI投資のROIを測定できていないと答えた割合は90%に達した
- ROI計測を阻む主な要因として、データ品質の低さ、データサイロ、ガバナンスの欠如、AI関連コストの把握困難、プロジェクトの断片化が挙げられた
- OpenAIのチーフエコノミストは「ゴルディロックス型」の中規模プロジェクトを選ぶことがROI追跡の精度を高めると助言している
- IBMのコンサルティング担当SVPは、AI投資1ドルに対して最低2.5〜3ドルのリターンを目標とする「財務思考」を推奨している
- トークン課金からアウトカム(成果)課金へのビジネスモデル転換が、ROI問題を根本的に解決する可能性として示された
詳細解説
楽観と現実のギャップ:大規模調査が映し出すAI投資の実態
Apptioが世界1,510名の技術リーダーを対象に実施した最新調査によれば、ITバジェットが増加していると回答した割合は74%に達しています。しかし同時に、AI投資に対するROIの測定に苦労していると答えた割合は90%という高水準でした。調査レポートの共著者であるAjay Patel氏はIBM Thinkの取材に対し、「ROIを得ることが難しく、適切なツールを持っていない」と述べています。
この数字は、AIの実用化が「試験的な導入」から「組織全体への展開」へと移行しつつある現在の転換期を象徴していると言えます。投資意欲と成果可視化の能力の間に大きな乖離が生じており、多くの企業がその溝を埋められていない状況が浮き彫りになっています。
ROI計測を阻む4つの壁
IBMのエージェンティックAI担当ディスティングイッシュト・エンジニアであるMihai Criveti氏は、ROI計測を困難にしている要因を複数挙げています。Apptioの報告書が指摘する主な障壁は、データへの不信感とデータサイロです。異なる部門や系統でデータが分断されていると、AI活用の効果を横断的に評価することが難しくなります。データサイロとは、組織内の各部門がそれぞれ独立したデータ環境を持ち、相互に共有・連携されていない状態を指します。
さらにCriveti氏は、ガバナンスの欠如とAIコストの把握困難も大きな障壁だと指摘します。同氏がCTO・CIOといった経営幹部と日常的に面談する中で、過去半年間で会話のテーマが「どう使うか」から「どう実装して価値を得るか」へと変化してきたと述べています。そして価値を理解するためには、「組織内でAIを誰が責任を持って管理しているか」が重要だと強調します。
現実には、多くの企業でAIプロジェクトが断片化しており、Criveti氏によれば「少なくとも60件の無計画なAI施策を抱えていないクライアントはいない」とのことです。プロジェクトが分散すると、コストの追跡と管理がさらに難しくなるという悪循環が生じます。AI導入の効果を組織全体で評価するためには、まずプロジェクトの一元管理と責任体制の明確化が求められると言えます。
ROIの再定義:専門家が提唱する3つのアプローチ
では、技術リーダーはどのように対処すればよいのでしょうか。IBM Thinkの記事では、3つの具体的なアプローチが紹介されています。
1つ目は「ゴルディロックス型」プロジェクトの選定です。 OpenAIのチーフエコノミストであるAaron Chatterji氏は、ニューヨークで開催されたCharter Leading with AI Summitにおいて、OpenAIのクライアントに対して「ちょうどよい規模」のAIプロジェクトを選ぶよう助言していると述べました。具体的には、実現できるほど小さく、かつ真の価値を生み出せるほど大きい、中規模のプロジェクトが理想的だとしています。ゴルディロックスとは、童話「三匹のくま」に登場する少女の名前に由来し、「ちょうどよい」状態を意味するビジネス用語として使われています。
2つ目は「財務思考」によるROI目標の設定です。 IBMのコンサルティング担当シニア・バイスプレジデントであるNeil Dhar氏は、クライアントとの取り組みにおいて、「1ドルの投資に対して最低でも2.5〜3ドルのリターンを目指すべき」という基準を用いています。Dhar氏は生産性と革新の2軸をROIへの橋渡しと位置づけており、生産性はコスト削減に、革新は収益成長につながると整理しています。この考え方は、ビジネスリーダーにとって直感的に理解しやすい枠組みだと思います。
3つ目は「アウトカム課金」モデルへの転換という視点です。 IBMフェローのKush Varshney氏は、フロンティアAIラボのビジネスモデルを見直すことがROI問題の解決策になり得ると提案しています。現在主流のトークン課金(入出力されたテキスト量に応じた課金)ではなく、得られた成果に対して課金する方式への移行を提唱しています。「なぜトークンではなく、得られた価値に対して支払わないのか」というVarshney氏の問いかけに対し、Criveti氏は「アウトカム課金になれば、すべてが変わる」と応じています。ユーザー企業の立場からすると、成果に連動した課金体系は投資対効果の可視化を大幅に改善する可能性があると考えられます。
まとめ
AIへの投資が拡大する中、90%の技術リーダーがROI測定に課題を感じているという事実は、導入フェーズから活用フェーズへの移行が世界的に進んでいることを示しています。データ管理の整備、適切な規模のプロジェクト選定、そして成果に基づく評価軸の確立が、今後のAI活用の鍵になりそうです。
