はじめに
IBMのフェローでAI倫理のグローバルリーダーを務めるFrancesca Rossi氏が、2026年6月22日にIBM Thinkに掲載されたインタビューで、AIとの向き合い方を詳細に語りました。本稿では、AI倫理の専門家がどのようにAIを活用し、何を拒否しているのかを解説します。
参考記事
- タイトル: The ethicist’s rule: Never let the machine take the blame
- 著者: 記載なし
- 発行元: IBM Think
- 発行日: 2026年6月22日
- URL: https://www.ibm.com/think/news/ethicists-rule-never-let-machine-take-blame-francesca-rossi
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要点
- IBMのAI倫理リーダーFrancesca Rossi氏の核心的原則は「AIに説明責任を取らせない」であり、どれだけAIが作業を担っても、責任を負うのは常に人間である
- Rossi氏はChatGPT・Claude・Gammaを日常的に活用しながらも、「代わりに考えさせる」のではなく「よりよく考えるための支援ツール」として位置づけている
- ハルシネーション(AIが自信を持って誤情報を出力する現象)は既知の欠陥として計画的に対処し、AIが示した引用は必ず原典に当たって確認する
- チャットボットが示す「共感」は学習データに由来するものであり、AIが実際に感情を持つわけではない。この誤認が判断力を曇らせると警告する
- バイブコーディングやAIエージェントは、それを評価できる専門知識を持つ人間が使う場合に限り有効であり、能力のコストが下がっても判断力のコストは下がっていない
詳細解説
AI倫理の第一原則:説明責任は人間にある
Rossi氏はIBMフェローかつ IBM Global Leader for Responsible AI and AI Governance を務め、コロンビア大学でAI倫理コースを教えています。AIと人間の価値観の整合に30年以上向き合ってきた研究者であり、AI分野の主要学術団体AAAI(Association for the Advancement of Artificial Intelligence)の前会長でもあります。
IBM Thinkの発表によれば、彼女の活動の根底にある原則は明確です。「AIがどれだけ作業に関わっても、生成物に対して責任を負うのは人間のみ」というものであり、この原則に基づいて使うツールを選び、信頼する回答を判断し、使わない機能を決めているとのことです。
「AIをパートナーと呼ぶことはできます。ただし、パートナーとは同じ役割と責任を持つ2つの存在を意味するとすれば、AIは真のパートナーではなく協力者です。説明責任を持つのは人間だけであり、生成されたものに対して責任を負うのも人間だけです」とRossi氏はインタビューで語っています。
「思考の代替」ではなく「思考の強化」として使う
Rossi氏はChatGPT・Claude・Gammaなど複数のツールを用途に応じて使い分け、タスクごとに独立したスレッドで会話し、そのコンテキストを次のプロジェクトへと引き継ぐ運用を採っています。講義スライドの作成では、まず自分で内容を確定させてからAIにプロンプトを出し、プレゼンテーション生成ツールのGammaでスライドの初版を作り、その後手動で仕上げるといいます。
使い方の哲学として、「AIに私が考えていることをより深く反映させる——代わりに考えさせるのではなく、よりよく考えるための支援をさせています」と述べています。AIはあくまで思考を始めるエネルギーを下げてくれる道具であり、結論を出すのは人間だというのがRossi氏のスタンスです。
IBMの研究者がClaude・ChatGPT・Geminiの使い分け方について語った記事でも同様の思想が示されており、IBM内部では目的に応じてAIを選択的に活用する文化が根付いているようです。
既知の欠陥として向き合うハルシネーション
ハルシネーションとは、AIが誤った情報を確信を持って出力してしまう大規模言語モデル特有の信頼性の欠陥です。Rossi氏はこれを「想定外のショック」としてではなく、「計画的に対処すべき既知のリスク」として扱います。
論文を執筆する際、関連研究の探索をAIに依頼した後は、必ず引用された文献が実在するかどうか、そして記載された内容通りのことが書かれているかを手動で確認します。その上で実際に論文を読み、自分の研究との関係を確認するといいます。「AIの強みと限界を理解することは、この技術を責任ある形で使うために本当に重要です」とRossi氏は述べています。
なお、Rossi氏はどれほど厳密な事前レビューを行っても「完全に安全なモデル」を認定することはできないとも指摘します。IBMは自社AIモデルに関する多くの情報を公開しているとしながらも、「あらゆる言語モデルは悪意あるユーザーに使われる可能性があります」という認識のもと、汎用フロンティアモデルと、特定業務向けに構築されたエンタープライズモデルとを明確に区別して論じています。
「共感トラップ」——温かみの裏側にある危険
今日のチャットボットは流暢で人間的な文章を生成し、ときに共感さえ模倣します。Rossi氏はこれを「状況によっては心地よい」と認めながら、AIの本質をぼかしてしまう危険があると述べます。
彼女自身のエピソードが示唆に富んでいます。飼い猫が2度の手術を受けた困難な時期、AIに相談すると鋭い質問を提示してくれた一方で、「明日また教えてね」というような言葉も返してきたといいます。「もちろん、AIは私の猫のことなど気にしていません」とRossi氏はインタビューではっきりと語っています。
AIが共感的に書くのは、共感的な文章から学んだからであり、何かを経験したからではありません。Rossi氏はこの区別を鋭く保つことを重視します。チャットボットの過度な賛辞(「あなたは素晴らしい人です」「すごいアイデアです」)についても、「人間は同意しない他者との対話によって考えを深め、成長します。AIはそれができません」と述べており、AIへの感情的依存に警鐘を鳴らしています。
委ねてはいけない判断、使うべきでない機能
Rossi氏が明確に使わないものとして挙げるのはディープフェイクです。起きていないことを描写した合成画像・動画は、真実と虚偽を混乱させ、人間が情報に基づいて判断する能力(human agency)を損なわせると指摘します。この損害は個人にとどまらず、社会が議論・投票・意思決定を行うための共有基盤にも及ぶとしています。
道徳的判断をAIに委ねることにも反対します。価値観に関わる問いは生きた経験・身体・他者との生活の中にこそ根ざしており、それはいかなる学習データにも存在しないという立場です。
バイブコーディング(自然言語でソフトウェアを記述する手法)については、評価できる専門知識のある開発者が使う分には生産性向上につながる一方、プログラミングの知識を持たない人が使う場合はセキュリティ上の欠陥を見過ごすリスクがあると指摘します。AIエージェント(実際の環境でタスクを自律実行するシステム)についても、「能力のコストは急速に下がりましたが、それを扱う判断力のコストは下がっていません」と述べており、ガバナンスなき展開への懸念を示しています。
まとめ
Rossi氏の一貫した原則は「AIに責任を取らせない」という一点に集約されます。ツールを活用しながらも、検証・判断・説明責任は人間が担い、共感や道徳的判断はAIに委ねない。この姿勢が日々のAI活用を見直す軸になると思います。AIが「倫理的に見える」問題については過去記事でも整理しています。
