はじめに
Google Researchは2026年7月9日、500万人分・1兆分間以上にわたるウェアラブルセンサーデータで事前学習した基盤モデル「SensorFM」を発表しました。本稿では、この発表内容をもとに、SensorFMの学習方法と35種類の健康予測タスクへの応用可能性について解説します。
参考記事
- タイトル: SensorFM: Towards a general intelligence and interface for wearable health data
- 著者: Xin Liu、Daniel McDuff
- 発行元: Google Research
- 発行日: 2026年7月9日
- URL: https://research.google/blog/sensorfm-towards-a-general-intelligence-and-interface-for-wearable-health-data/
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要点
- SensorFMは、500万人・1兆分以上のウェアラブルセンサーデータを用いて事前学習された基盤モデルであり、心臓血管、代謝、睡眠、メンタルヘルスなど35種類の健康予測タスクに転移できるものである
- Adaptive and Inherited Masking(AIM)という自己教師あり学習の枠組みを採用しており、センサーの電源オフや装着外れによって生じるデータ欠損を、そのまま学習に活用できる設計である
- モデルサイズとデータ量を同時に拡大するほど性能が向上する傾向が確認されており、最大規模のSensorFM-Bは35タスク中33タスクで他のモデル構成を上回る結果となった
- 複数のLLMエージェントが協調・競争しながらコードを自動生成する「classroom」的な仕組みにより、タスクごとの予測ヘッドを自動設計できる
- Personal Health Agentへの組み込み実験では、SensorFMの予測値をもとにした健康サマリーが、実測値を用いた場合と統計的に有意な差がない評価を得た
詳細解説
1兆分のセンサーデータから何を学ぶのか
SensorFMの事前学習データは、健康・ウェルネス研究への利用に同意した500万人から、2024年9月から2025年9月にかけて収集された非識別化データです。対象は100カ国以上、米国50州、20種類以上のFitbitおよびPixel Watchの機種にまたがり、一人あたり数週間分のデータから、合計20億時間、1兆分を超える分解能のセンサー信号が得られたとされています。入力される特徴量は、光電式容積脈波(PPG)、加速度、皮膚電気活動(EDA)、皮膚温度、高度計という5種類のセンサーから導かれる34種類の1分単位の集計値で、心拍数や心拍変動、血中酸素飽和度、睡眠段階、活動量、皮膚コンダクタンス、体温などを24時間分カバーしています。
学習方式には、ラベル付きデータに頼らない自己教師あり学習(教師データなしで、データ自体の構造からパターンを学ぶ手法)が採用されており、以前 このブログでも紹介した 「LSM-2」というモデルのAdaptive and Inherited Masking(AIM)という枠組みが土台になっています。ウェアラブル機器では、電源の間欠動作や装着外れなどによってデータが途切れることが日常的に起こりますが、AIMはこうした欠損を「学習を阻害するノイズ」としてではなく、通常発生するデータの一部として扱う点が特徴です。この設計により、欠損の多い実データからでも安定した表現を学べると考えられます。
モデルとデータを同時に大きくすると何が起きるか
研究チームは、事前学習データ量(約200万〜20億センサー時間)とモデルサイズ(10万〜1億パラメータ)の両方を4桁の幅で変化させる実験を行いました。Google Researchによれば、最大モデルであるSensorFM-Bは最小構成に比べて再構成損失を31%削減し、分類タスクでは平均9%(AUCという指標で測定)、回帰タスクでは平均21%(ピアソン相関係数で測定)の性能向上を達成したとのことです。
データとモデルサイズを比例させて同時に拡大した場合に最も大きな性能向上が見られ、35タスク中33タスクでSensorFM-Bが他の構成を上回ったと報告されています。この結果は、一般的な言語モデルで観測されるスケーリング則(モデルとデータを大きくするほど性能が予測可能に向上するという経験則)に近い傾向が、ウェアラブルセンサー分野でも成り立つ可能性を示していると考えられます。
35の健康タスクへの汎化性能
性能評価には、13,985人が参加した3つの独立した前向き研究(倫理審査委員会の承認を得たもの)のデータが使われ、心臓血管、代謝リスク、メンタルヘルス、睡眠、人口統計、生活習慣という6つのカテゴリーにまたがる35タスクが対象とされました。SensorFMのエンコーダーは固定したまま、その上に軽量な線形の予測層のみを学習させる「線形プロービング」という手法で評価したところ、35タスク中34タスクで、特徴量を人手で設計した従来型の教師あり手法を上回ったとされています。
特に、うつ症状や不安といった個人差が大きく、センサーデータには微弱な痕跡しか残らないとされる領域で、スケールの効果が顕著だったと報告されています。こうした結果は、大規模な事前学習によって、人による特徴量設計だけでは拾いきれない個人差のパターンまでモデルが学習している可能性を示唆していると考えられます。また、ラベル付きデータが少量でも、人口統計情報のみのベースラインや従来型手法をすぐに上回ったとのことで、医療分野で質の高いラベルが不足しがちな現実に対して、実用上の意味が大きいと言えそうです。
エージェントの「教室」が予測モデルを自動設計する
埋め込み表現(データを数値ベクトルに変換したもの)ができても、新しいタスクごとに特徴量設計やアーキテクチャ選定、ハイパーパラメータ調整を人手で行うのは負担が大きい作業です。そこで研究チームは、複数のLLMエージェントが協調・競争しながら予測ヘッド用のコードを反復的に生成・検証・改良する、いわば「教室」のような仕組みを構築し、3万件を超える候補解を探索したとしています。
その結果、エージェントが設計した予測ヘッドは、分類タスク20件中16件、回帰タスク15件中12件で単純な線形プロービングを上回ったとされ、探索を重ねるほど解の質が単調に向上する傾向や、より高性能なLLMを使うほど良い解が得られる傾向も確認されたとのことです。この仕組みは、モデル活用の裾野を広げる実務的な工夫だと考えられます。
Personal Health Agentとの統合実験
最後に、研究チームはSensorFMを 過去記事でも紹介した ようなPersonal Health Agent(個人向けのAI健康コーチ)に組み込み、31人分の実データをもとに、SensorFMの予測値・実測値・日次データのみという3条件で生成した健康サマリーを、盲検化した臨床医パネルが評価する実験を行いました。文脈、関連性、妥当性、パーソナライズ、有害性の少なさという5つの観点から40時間以上かけて1,860件の評価が集められ、SensorFMの予測値を加えた条件はベースラインをすべての観点で上回り、実測値を用いた条件との間に統計的に有意な差はなかったとされています。
この結果は、ラベル取得が難しい実運用の場面でも、SensorFMの推論値が実測値に近い水準でエージェントを支えられる可能性を示していると考えられます。ただし、評価対象は31人分と限定的であり、より幅広い集団での検証が今後の課題になりそうです。
まとめ
SensorFMは、1兆分を超えるラベルなしセンサーデータから、心臓血管・代謝・睡眠・メンタルヘルスにまたがる汎用的な健康表現を学習する基盤モデルです。ラベル効率の高さやPersonal Health Agentとの相性の良さは、今後の実用化に向けた注目点だと思います。ウェアラブル×AIの取り組みについては、Fitbitのパーソナルヘルスコーチに関する記事でも紹介していますので、あわせてご覧ください。
