はじめに
カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が2026年3月30日、州政府のAI調達プロセスを強化する大統領令に署名しました。連邦政府がAI関連の保護措置を縮小する動きを見せる中、カリフォルニア州は独自の審査基準でAIの責任ある調達・活用を推進する方針を打ち出しています。本稿では、この大統領令の内容と背景を解説します。
参考記事
- タイトル: As Trump rolls back protections, Governor Newsom signs first-of-its-kind executive order to strengthen AI protections and responsible use
- 著者: California Governor’s Office
- 発行元: California Governor’s Office(gov.ca.gov)
- 発行日: 2026年3月30日
- URL: https://www.gov.ca.gov/2026/03/30/as-trump-rolls-back-protections-governor-newsom-signs-first-of-its-kind-executive-order-to-strengthen-ai-protections-and-responsible-use/


要点
- ニューサム知事は2026年3月30日、州のAI調達基準を強化する大統領令(EO N-5-26)に署名した
- 新たな調達審査では、違法コンテンツへの対処、アルゴリズムの偏見防止、市民権・表現の自由の保護が企業に求められる
- AI生成画像や加工動画へのウォーターマーク付与に関するガイドライン策定を全米で初めて指示した
- デジタル民主主義プラットフォーム「Engaged California」を全州民対象に拡充し、AIの雇用影響に関する意見を集める
- カリフォルニア州は世界上位50社のAI企業のうち33社が拠点を置き、グローバルなAI特許・論文・企業の25%を占める
詳細解説
大統領令の概要と背景
ニューサム知事が署名した大統領令(Executive Order N-5-26)は、カリフォルニア州と取引するAI企業が満たすべき基準を整備し、利用者のプライバシーと安全を守ることを主な目的としています。大統領令では、Government Operations Agency(政府運営庁)が新たな州調達プロセスと審査基準の策定を担うと規定されています。
この動きの背景には、連邦政府レベルでのAI規制の後退があります。トランプ政権が連邦調達基準を緩和し、利用者保護に関わる施策を縮小する方向性を示している中、カリフォルニア州は対照的な立場を鮮明にしています。大統領令には、必要に応じて州の調達認可プロセスを連邦政府のプロセスから独立して運用できる枠組みを整備する内容も含まれており、政策的な自律性を確保する姿勢が示されています。
調達審査の具体的な基準
新たな調達審査で企業が説明・証明を求められる項目は、主に以下の3点です。
第一に、違法コンテンツの悪用や配布の防止です。AIシステムが違法なコンテンツ生成や流通に使われないよう、企業がどのような対策を講じているかが審査されます。第二に、アルゴリズムの偏見とその防止策です。AI出力における差別的な結果を抑制するための技術や方針が問われます。第三に、市民権と表現の自由の保護です。AIシステムが利用者の権利を侵害しないための仕組みが確認されます。
こうした基準を調達の入口段階で設けることは、AIシステムの安全性評価を購入後ではなく事前に行う「予防的ガバナンス」のアプローチと言えます。世界各地でAIの規制・基準化が議論される中、調達基準という実務的な手段での取り組みは、他州や他国にとっても参考になる可能性があると思います。
AI生成コンテンツへのウォーターマーク——全米初の取り組み
この大統領令で特に注目されるのが、AI生成画像や加工動画へのウォーターマーク付与に関する推奨事項の策定指示です。カリフォルニア州技術局(California Department of Technology)が担当し、州法に沿った形でガイドラインと最善事例を取りまとめます。ニューサム知事の発表によれば、この種の取り組みは全米で初めてとされています。
AI生成コンテンツの識別は、フェイク動画や誤情報拡散への対策として、多くの国や地域で課題として認識されています。カリフォルニア州はすでに、性的なディープフェイクへの規制やAIウォーターマークを義務付ける法律を制定しています。今回の大統領令はこれらの法律と整合する形でのガイドライン化を求めており、法的規制とソフトな基準整備を組み合わせる手法が取られています。
AIの雇用影響と市民参加の仕組み
大統領令はAI調達基準の強化にとどまらず、AIが雇用や社会に与える影響への対応策も含んでいます。ニューサム知事は、デジタル民主主義プラットフォーム「Engaged California」を全州民を対象に拡充し、AIと雇用に関する意見を集める取り組みを数か月以内に開始すると発表しました。
「Engaged California」は、ロサンゼルスの山火事からの復興施策や州職員を対象とした効率化への意見収集で実績を持つプラットフォームです。今回、これを州全体のAI政策議論に活用することで、市民が政策形成に関わる機会が広がります。テクノロジー政策においていわゆる「専門家主導」になりがちな議論に市民の声を反映しようとするアプローチは、民主的な政策立案という観点から意義があると考えられます。
また、ニューサム知事は、州民がライフイベント(起業、求職、育児など)に応じて利用できる行政サービスを案内するAIツールの導入も表明しており、政府サービスの利便性向上にAIを活用する方針も示されています。
カリフォルニア州のAI産業における存在感
カリフォルニア州がこうした政策を打ち出す背景には、同州がグローバルなAI産業の中核を担っているという実態があります。ニューサム知事の発表によれば、世界の主要AI企業上位50社のうち33社がカリフォルニア州に拠点を置き、グローバルなAI特許・論文・企業の25%を同州が占めています。
資金調達の面でも、2024年第3四半期から2025年第2四半期にかけて、ベイエリアは米国AIスタートアップ資金調達の51%を獲得しており、2位のニューヨーク州(11%)やボストン(5.5%)を大きく引き離しています。また、2025年スタンフォードAIインデックスによれば、2024年の米国AI求人掲載の15.7%がカリフォルニア州に集中しており、テキサス州(8.8%)やニューヨーク州(5.8%)を上回っています。
世界第4位の経済規模を持ち、AIエコシステムの中心に位置するカリフォルニア州が独自の調達基準を設けることは、同州と取引を求める企業に対して実質的な影響力を持つと考えられます。
まとめ
ニューサム知事が署名したAI調達強化の大統領令は、AI生成コンテンツのウォーターマーク指針の全米初策定、市民参加の仕組みの拡充、そして連邦政府から独立した調達基準の整備を組み合わせた包括的な取り組みです。世界最大級のAI産業を抱えるカリフォルニア州がどのような基準を確立するか、今後の具体化の過程に注目が集まります。
