はじめに
Googleのグローバル担当社長、ケント・ウォーカー氏が2026年2月17日、第62回ミュンヘン安全保障会議(MSC 2026)への参加を振り返る形でブログを公開しました。本稿では、その内容をもとに、AIを活用したサイバー脅威の現状と、Googleが提唱する「フルスタック・アプローチ」によるセキュリティ強化の取り組みを紹介します。
参考記事
- タイトル: Resilience in the AI era: Google at MSC 2026
- 著者: Kent Walker(President of Global Affairs, Google & Alphabet)
- 発行元: Google ブログ
- 発行日: 2026年2月17日
- URL: https://blog.google/innovation-and-ai/technology/safety-security/resilience-in-the-ai-era-google-at-msc-2026/
要点
- AIを悪用した攻撃者は、偵察活動から高精度なフィッシングまでを自動化しており、Google Threat Intelligence(GTI)の報告でも脅威の高度化が確認されている
- 量子コンピュータの実用化が近づいており、現在の暗号化技術が通用しなくなるリスクへの早急な対応が求められている
- ウクライナのスタートアップ「LetsData」はAIを活用し、数百万件の媒体・SNS投稿から情報操作(InfoOps)の初期兆候を低コストで検出することに成功している
- GoogleはNATO、米国防総省、ドイツ連邦軍、英国・オーストラリア国防省などと連携し、機密性の高い政府機関向けクラウド基盤「Google Distributed Cloud(GDC)Air-Gapped」を提供している
- Googleはサイバーセキュリティ分野の次世代ディフェンダーを支援するため、「Google for Startups Gemini Startup Forum: Cybersecurity」の応募受付を開始した
詳細解説
多前線化する脅威と「縦割り防御」の限界
第62回ミュンヘン安全保障会議は、「多方面からの脅威が同時に押し寄せる時代に、縦割りの防御では対応できない」という現実を正面から議論する場となりました。Googleのブログによれば、病院ネットワークへの侵入や選挙妨害を目的としたサイバー攻撃が相次いでおり、EU サイバーセキュリティ機関(ENISA)のエグゼクティブ・ディレクター、ユハン・レパサール氏は「アップグレードではなく、根本的な発想の転換が必要だ」と述べています。
サイバー防衛の分野では、かつてはそれぞれのツール・政策・対応が独立して運用される傾向がありました。しかし攻撃者がAIを活用して組織化・高速化していく中では、防衛側も統合的なアプローチへの移行が求められると考えられます。
AIを悪用した攻撃と、GTIの警告
GTIの最新「AI Threat Tracker」レポートによれば、悪意のある行為者はすでにAIツールを使って、偵察活動から超精巧なフィッシング攻撃まで自動化しています。特に、欧州が国防・航空宇宙分野への再投資を進める中、防衛産業基盤への脅威が高まっていることも指摘されています。
フィッシング攻撃のAI化は、メール文面の自然さや個人情報への適応精度が大幅に向上することを意味します。従来の「不自然な文面を見抜く」という対策だけでは不十分になりつつある状況と言えます。
量子コンピュータがもたらす新たなリスク
Googleのブログでは、量子コンピュータ時代の到来が想定よりも早い可能性があることにも言及しています。薬物発見・材料科学・エネルギーといった分野での応用が期待される一方で、「暗号学的に意味のある量子コンピュータ(Cryptographically Relevant Quantum Computer)」が実現した場合、現在の多くのデジタル暗号が解読されうるというリスクが浮上しています。
現在広く使われているRSA暗号やECC(楕円曲線暗号)は、量子コンピュータの特性によって理論上解読可能とされており、各国の政府機関や標準化団体はすでに「耐量子暗号(Post-Quantum Cryptography)」への移行準備を進めています。Googleもこの課題に早期から取り組んでいる企業の一つです。
AIがディフェンダーにもたらす優位性:LetsDataの事例
会議では、攻撃側だけでなく防衛側もAIの恩恵を受けている事例が紹介されました。ウクライナのスタートアップ「LetsData」の共同創業者、クセニア・イリウク氏は、かつては言語・コンテンツ・プラットフォームごとに個別のモデルを訓練する必要があったと述べています。しかし現在はAIの活用により、数百万件にのぼるメディア・SNS投稿の中から情報操作(InfoOps)の初期シグナルを、大幅に低いコストと時間で検出できるようになったといいます。
情報操作の早期発見は、民主主義的な制度の安定に直結するテーマです。こうした技術の活用が、個々のスタートアップの取り組みから生まれているという点は、AIの社会的意義を考える上で示唆的と思います。
防衛・安全保障機関との連携と「GDC Air-Gapped」
Googleによれば、NATOの統合分析・訓練・教育センター(JATEC)、米国防総省、ドイツ連邦軍、英国国防省、オーストラリア国防省などがすでにGoogleのクラウドソリューションを活用しています。その中心となるのが「Google Distributed Cloud(GDC)Air-Gapped」で、外部インターネットから完全に切り離された環境でも、Googleのインフラ・アーキテクチャ・モデル・アプリを利用できる点が特徴です。
「エアギャップ(Air-Gapped)」とは、ネットワークから物理的・論理的に隔離された環境を指す用語で、機密性の高い政府・軍事システムで従来から採用されてきた手法です。これをクラウド技術と組み合わせることで、利便性とセキュリティを両立させる設計と考えられます。
次世代ディフェンダー育成と「フルスタック・アプローチ」
Googleは、サイバーセキュリティ分野のスタートアップを支援するプログラム「Google for Startups Gemini Startup Forum: Cybersecurity」の応募受付を開始しました。このプログラムでは、Googleの最新AI技術やセキュリティの専門チームとサイバーセキュリティ系の創業者をつなぐことを目的としています。
ケント・ウォーカー氏はミュンヘンでの政策立案者との会合を踏まえ、「脅威の構造化・組織化が進む中、縦割りの解消・調達プロセスの近代化・技術的卓越性を通じた集団的レジリエンスの構築が必要」と訴えています。先週公開したレポートでもこの方向性が示されており、国境を越えた協調的な「フルスタック・アプローチ」の実践が急務とされています。
まとめ
Googleがミュンヘン安全保障会議で提起したのは、AIと量子コンピュータという二つの潮流が、セキュリティの前提を変えつつあるという問題意識です。攻撃者のAI活用が進む一方で、LetsDataのような事例が示すように、防衛側にもAIは新たな可能性をもたらしています。国・企業・スタートアップが協調する「フルスタック」な取り組みがどこまで実現できるか、今後の動向が注目されます。
