はじめに
Anthropicは2026年9月30日、自社の営業部門がClaude Managed Agentsで構築した「購買エージェント」の導入事例を公開しました。問い合わせへの対応から購入までを担い、営業担当に引き継いだ顧客は商談化率が2倍以上、成約までの期間も約5日短くなったといいます。本稿では、その仕組みと得られた教訓を整理します。
参考記事
- タイトル: How Anthropic’s sales team rebuilt inbound with Claude Managed Agents
- 著者: Carl Johnson(Anthropic 営業開発リーダー)
- 発行元: Anthropic(Claude Blog)
- 発行日: 2026年9月30日
- URL: https://claude.com/blog/how-anthropics-sales-team-rebuilt-inbound-with-claude-managed-agents
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要点
- Anthropicは、問い合わせから購入までを担う購買エージェントをClaude Managed Agents(ベータ版)で構築し、1日数千件の会話に対応している
- エージェントから営業担当に引き継がれた顧客は、従来の問い合わせフォーム経由に比べて商談化率が2倍以上で、成約も約5日早い
- 会話は「購入」「営業担当への引き継ぎ」「質問への回答」のいずれかで終わり、エージェントと担当者のどちらと話すかは顧客が最初に選べる
- 当初のエージェントはエンジニア1人が数週間で構築し、営業担当者もプロンプトを直接編集して改善に参加した
- 細かなルールより目標を伝える、顧客に合わない上位プランは勧めない、といった設計上の教訓が共有されている
詳細解説
従来の問い合わせ対応が限界を迎えた理由
Anthropicの営業開発リーダーCarl Johnson氏は、少し前まで、Claudeを自社に導入したい企業が必要な答えを十分に早く得られていなかったと率直に認めています。「営業への問い合わせ」フォームに記入した顧客は、返事を数日待つこともありました。質問の多くは、プランの料金、最低席数の有無、HIPAA(米国の医療情報保護法)の契約要件に対応できるか、といった単純なもので、答えはドキュメントやサポート記事に載っていましたが、顧客は誰かに素早く案内してほしいと考えていました。
従来の流れは、顧客がフォームに記入し、案件がBDR(見込み客の確度を見極める営業担当)に割り当てられ、確度を確認したうえでAE(商談を担当し成約まで導く営業担当)に引き継がれるというものでした。関心を持つすべての人とチームが話せる規模なら、この方法は今もうまく機能します。しかしAnthropicには毎月数万件の問い合わせがあり、BDRチームは追いつけませんでした。担当者はドキュメントにすでに書かれている質問への回答に一日を費やし、待ち行列にいるすべての顧客に効果的に連絡する手段もありませんでした。
そこで同社は、すべての顧客がいつでも、どの言語でも的確な答えを得られ、営業担当と話さずに買うことも含めて、好きな方法で購入できるようにすることを目指しました。営業担当には、結果の行方を左右できる会話に時間を使ってほしいという狙いもありました。
BDRとAEの分業は、日本で言えばインサイドセールスとフィールドセールスの分業に近い仕組みです。本稿としては、問い合わせの急増で前段の担当者が「調べれば分かる質問への回答」に追われるという課題は、規模の差はあっても、多くのBtoB企業に共通するものだと受け止めています。
購買エージェントの仕組み
Anthropicは、顧客がすでに質問をしている場所にエージェントを配置しました。営業問い合わせのページ、料金ページ、製品内、そしてメールです。Claude.aiの製品内からも見つけられ、どのプランが最適かを理解するための簡単なチャットとして使えます。顧客がチームの必要としていることを説明すると、エージェントはいくつか追加の質問をし、料金、セキュリティ、データに関する質問に答えたうえで、プランと席数を提案します。
各会話は、次の3つのいずれかで終わります。
- 購入: 顧客がそのまま決済に進む
- 引き継ぎ: 規模が大きい、または複雑な案件では、会話の詳細をすべて添えて営業担当に引き継ぐ
- 簡単な回答: 顧客が必要としているのは答えだけ、という場合もある
エージェントは、営業担当と同じ仕事の進め方、つまり顧客が解決したいことは何か、現在Claudeをどう使っているか、どう支援するのが最善かを理解するように作られています。また、この体験は意図的に任意(オプトイン)にしており、顧客は最初に、エージェントと話すか営業担当と話すかを好みに応じて選べます。
人と話したい顧客の選択肢を残している点は、AIによる対応を押しつけず、顧客の好みを尊重する設計だと思います。本稿としては、こうした選択肢があることが、AIの窓口に対する顧客の抵抗感を和らげる効果もあると考えています。
なぜClaude Managed Agentsを選んだのか
購買エージェントの中身は単純で、プロンプト、いくつかのツール、そしてClaudeを、Claude Managed Agentsの上で動かしています。ホスティング、セッション管理、ツールの連携を基盤側が担うため、エンジニアはインフラの構築ではなく、営業チームとともに購買体験の設計に時間を使えたといいます。採用の理由として、次の5点が挙げられています。
- 短期間で本番へ: 最初の購買エージェントは、エンジニア1人がわずか数週間で構築した
- 技術者以外も参加できる: コードはエンジニアが管理したが、営業とコンテンツの責任者がシステムプロンプトをコンソールで直接確認・編集した。変更はまずステージング(検証用)のエージェントに反映されるため、誰でも顧客に届く前に修正を試せた
- 土台ではなく業務に集中できる: エージェントのループ、セッション、ホスティングはManaged Agentsが担うため、営業に固有の3つの要素であるプロンプト、ツール、ナレッジベースに時間を使えた
- バージョン管理で試行錯誤のコストが下がる: エージェントへの変更はすべて個別のバージョンとして保存される。社内テストの1週間ほどでv7に達し、公開後も毎週プロンプトを更新した。必要なときは新しいセッションを以前のバージョンに戻せた
- 他の用途にも広げられる: 現在はWebサイトで顧客がエージェントを見つけるが、Managed Agentsは定期実行にも対応しており、他の形の顧客接点にも広げる道がある
営業担当が自らプロンプトを編集し、検証環境で試してから公開できる点は、業務を最もよく知る人が改善の主役になれる仕組みとして重要だと考えられます。Managed Agentsの活用例としては、50を超えるClaudeエージェントを全社で運用したABC Legalの事例もあり、短期間で業務に合わせたエージェントを立ち上げる基盤として使われている様子がうかがえます。
構築から得た5つの教訓
Johnson氏は、購買エージェントの構築で学んだこととして、次の5点を挙げています。
- ルールではなく目標を与える: 詳細な指示の一覧より、エージェントの目標を説明する方がうまくいった。たとえば「顧客の要件を理解し、見込み客を見極め、最適なプランを勧めることが目標」という簡単な一文の方が、見極めの条件をすべてフローチャートで列挙するより効果的だった
- 少ない方が良い: 長さや複雑さ、構造の異なるプロンプトを試した結果、「少ないほど良い」が最もうまくいった。現在のモデルは複雑で微妙な目標を理解し、そこから逆算して動ける。実際には、席単位の料金に何が含まれるか、請求サイクルがいつかといった、成功に必要な知識と文脈を与え、あとはClaudeの邪魔をしないことだった
- 専門家を開発の輪に入れる: エージェントによるコーディングで開発サイクルが速くなるほど、価値が高まる取り組みだという。Managed AgentsとClaude Codeで時間を節約できたことで、エンジニアは営業チームとより多くの時間を過ごし、顧客中心の体験を形づくれた。早い段階から頻繁にテストでき、改善を素早く重ねられた
- 顧客にとって正しいことに集中する: エージェントは小規模なチームに、EnterpriseではなくTeamプランを勧めることが多い。場合によってはそれが正しい答えだからで、同社はこれを「機能」と位置づけた。上位プランを売り込まれるのではなく、適切なプランにたどり着いた顧客の方が、利用を続け、良い体験を得やすいと考えている
- 引き継ぎをすべてフィードバックとして扱う: エージェントは顧客を営業担当に引き継ぐたびに、その理由を説明する。当初の理由の多くは、顧客がセルフサービスではまだできないことだった。それをもとに体験を改善した結果、成約に人の手助けが必要な会話の割合は約半分に下がった
「ルールより目標を、少ない指示で」という教訓は、OpenAIがGPT‑6向けにスキルとプロンプトの見直しを勧めた記事とも方向性が一致しています。モデルの理解力が上がった結果、細かすぎる指示がかえって足かせになるという認識は、提供元を問わず広がりつつあると考えられます。
また、上位プランを勧めない判断を「機能」と呼んでいる点は、AIに営業を任せる際の重要な論点だと思います。AIの窓口が売上の最大化だけを目指すと、顧客に合わない提案が大量に行われるおそれがあります。本稿としては、長期的な顧客との関係を優先する方針をエージェントの設計に明示的に組み込んでいる点が、この事例の大切なところだと受け止めています。
顧客にとっての変化
エージェントは現在、1日数千件の会話に昼夜を問わず対応しています。顧客は予定された電話を待ったり、何日もメールをやり取りしたりすることなく、すぐに答えを得られます。Johnson氏によれば、質問が浮かんだときに素早く的確に答えてもらえるため、人よりエージェントと話す方を好む顧客も多いといいます。セルフサービスで新たにEnterpriseプランを契約した顧客の多くは購入前に購買エージェントと話しており、事前にエージェントと話した顧客の方が、何を購入するのかをよく理解していたとしています。
営業組織にとっての変化
エージェントは、営業担当の一日の使い方も変えました。チームの時間と力の大半を、購買の早い段階での顧客への情報提供、顧客との直接の会話、イベントでの対面の交流に振り向けられるようになったといいます。
最も大きな変化は、営業担当がより情報を持った見込み客を受け取り、従来の問い合わせフォームより高い割合で商談に転換し、約5日早く成約できるようになったことです。担当者は、顧客が何を必要としているか、すでに何を説明されたか、どう支援するのが最善かを把握したうえで会話を始められます。
たとえば、インサイドセールス担当のOjas氏は、以前は1件の成約に約10通のメールをやり取りしていましたが、今は約6通で済んでいます。十分に理解し、購入の準備ができた顧客に集中し、最後の一押しを手伝うだけでよくなったことで、購買エージェントの導入以降、成約件数を2.5倍に伸ばしたといいます。
Johnson氏は、少し前まで問い合わせはチームが追いつけない待ち行列だったが、今ではどの顧客もいつでも始められる会話になり、営業担当はより効率的に時間を使えるようになったと振り返っています。購買エージェントは、顧客との関係全体にエージェントを広げていくための最初の一歩だと位置づけています。
なお、この事例はAnthropicが自社製品を使って自社の営業を改善したもので、自社製品の紹介という側面もあります。数値は同社の発表に基づくため割り引いて見る必要がありますが、AIエージェントを顧客対応に導入する際の進め方として、目標の与え方、人への引き継ぎの設計、改善の回し方が具体的に示されている点は、業種を問わず参考になると考えています。
まとめ
Anthropicの購買エージェントは、簡単な質問への即答と購入手続きをAIが担い、営業担当は準備のできた顧客との会話に集中するという分担を実現しました。顧客に合う提案を優先し、引き継ぎの理由から改善を重ねる姿勢も参考になると思います。
