[ニュース解説]神話や哲学からAIを問い直す——IBM研究者が語る次世代コンピューティング構想

目次

はじめに

 IBM ResearchのフェローKush Varshney氏は、2026年夏の講義シリーズで、神話学や記号論理学などの知見を取り入れ、コンピューティングの基盤を見直すよう呼びかけました。IBM Thinkが2026年9月7日に報じた内容をもとに、本稿ではその発想の背景を解説します。

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要点

  • IBM ResearchフェローのKush Varshney氏は、2026年夏の講義シリーズで、神話学・記号論理学・メディア研究などの知見を踏まえたコンピューティングの再考を研究者に呼びかけた。
  • IBM Researchは「生成コンピューティング」の考え方を実装するソフトウェア開発キット「Mellea」を開発している。
  • Varshney氏は、LLMは物語理解や文脈把握、個人化に強い一方、ブール代数や可換的な推論には向いていないと述べた。
  • 講義に触発された研究者らは、量子コンピューティング向けの手話デモや、圏論を用いた量子回路構築の検討など複数の実験に着手した。
  • Varshney氏は、フォン・ノイマン以来続くコンピューティングの枠組みを、量子計算と生成コンピューティングの登場を機に見直す好機であると位置づけた。

詳細解説

神話や哲学から着想するコンピューティングの再考

 Varshney氏の講義は、情報理論の創始者クロード・シャノンの業績から、インドの聖典であるヴェーダ文献、さらにはシンシン刑務所でのジョーン・バエズの演奏まで、幅広い題材を扱っています。同氏は、これらの分野が、まだ想像されていない新しい形のコンピュータロジックへの着想源になると考えています。実際に、この講義に触発されたIBM Researchの研究者たちは、量子コンピューティング向けの手話を可視化する対話型デモや、圏論(category theory)という数学の言語を量子回路の構築に応用する検討を始めました。

 圏論は、異なる数学的構造の間の関係性を抽象的に扱う分野で、量子回路を単なる工学的な設計対象ではなく「言語」として捉え直す視点を提供します。専門分野の異なる知見を組み合わせることで、これまでの発想の枠を超えた技術が生まれる可能性がある、という点は、本稿としても興味深く受け止めています。

LLMの得意・不得意を見極める「生成コンピューティング」

 Varshney氏が関わるIBM Researchの「生成コンピューティング(generative computing)」は、LLMの登場によって既存のコンピュータサイエンスの知見を捨てる必要はなく、必要な場面でのみLLMを使い、それ以外は通常のコードを使うという考え方です。この発想を具体的なソフトウェア開発キットとして実装したのが「Mellea」です。同氏によれば、LLMが得意なのは物語の理解や文脈の把握、個人化であり、ブール代数のような論理演算や可換的な推論には向いていないといいます。神話や語りの構造、口承文化などを研究することで、どの処理を通常のプログラムに任せ、どこをLLMに委ねるべきかの判断材料になる、という捉え方です。

 この整理は、LLMを何にでも使う万能ツールとして扱うのではなく、適材適所で組み合わせる設計思想と言えます。IBM Researchの別のインタビューでは、生成AIの登場によって研究のスピード自体が変わったことも語られており、LLMをどう使い分けるかという課題は、IBM社内でも継続的なテーマになっていると考えられます。

信頼できるAIと、コンピューティングの次のパラダイム

 Varshney氏は近年、信頼できるAI(trustworthy AI)に関する自身の研究を通じて道徳哲学にも関心を広げ、外部の哲学者と共同で「尊厳」や「配慮」、「信頼」とは何かを議論してきたと述べています。同氏は、コンピューティングがジョン・フォン・ノイマンの考案したアーキテクチャから抜本的に見直されていないことを指摘し、量子コンピューティングと生成コンピューティングという2つの技術的な転換点が、今こそその再考を促す契機になっていると語っています。

 既存のビジネスの多くは、最初の世代のコンピューティングを前提に成立してきたため、パラダイム自体を問い直すという提案は、企業にとっても軽視できない論点だと受け止めています。判断は分かれるところだと思いますが、技術の土台そのものを見直す視点は、目先の実装だけでなく中長期の事業戦略を考える上でも参考になるのではないでしょうか。

まとめ

 本稿では、IBM ResearchのKush Varshney氏が提唱する、神話学や哲学を取り入れたコンピューティングの再考について紹介しました。LLMの得意・不得意を見極める「生成コンピューティング」という発想は、業務への組み込み方を考える上でも参考になると思います。信頼できるAIについては、IBMのAI倫理リーダーの内容も参考になります。

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