はじめに
Anthropicは2026年7月2日、世界で再公開されたClaude Fable 5について、サイバーセキュリティ領域の安全対策(セーフガード)の詳細と、AIのジェイルブレイク(安全対策の回避)の深刻度を評価する新フレームワークの草案を公表しました。本稿ではその内容を解説します。
参考記事
- タイトル: More details on Fable 5’s cyber safeguards and our jailbreak framework
- 発行元: Anthropic
- 発行日: 2026年7月2日
- URL: https://www.anthropic.com/news/fable-safeguards-jailbreak-framework
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要点
- Fable 5のサイバーセーフガードは、用途を「禁止」「高リスクのデュアルユース」「低リスクのデュアルユース」「良性利用」の4段階に分類し、分類器(クラシファイア)がそれぞれ異なる対応を取る設計である
- 低リスクのデュアルユース領域には「安全マージン」が設定されており、良性利用の一部も慎重を期してブロックされる場合がある
- 脆弱性発見については、他の広く利用可能なモデルでは発見できない水準のものを高リスクとして抑制し、公開済み・広く検出可能な脆弱性の発見は良性利用として扱う
- ジェイルブレイクの深刻度を測る新指標「Cyber Jailbreak Severity(CJS)」を提案し、能力向上・広がり・武器化の容易さ・発見しやすさの4軸からCJS-0(情報レベル)からCJS-4(重大)までの5段階で評価する枠組みを示した
- Anthropicはこのフレームワークについて、専用メールアドレスやHackerOneプログラムを通じたフィードバック・脆弱性報告を呼びかけている
詳細解説
Fable 5再公開の背景と今回の発表
Fable 5は先日、輸出規制の解除を受けて再び世界的に利用可能になりました。今回の発表は、その際に触れたサイバーセーフガードの内容をより詳しく説明するとともに、業界・学術界・政府をまたいだ議論を呼びかける新しいジェイルブレイク重大度フレームワークを紹介するものです。
サイバー領域における「デュアルユース」の難しさ
Anthropicによれば、サイバーセキュリティの分野では、多くの技術が防御目的にも攻撃目的にも使えるという「デュアルユース」の性質を持つため、安全対策の設計が特に難しいとされています。例えば、自社のコードベースの脆弱性を発見する機能は防御側にとって有用ですが、同じ機能が悪用されればサイバー攻撃の準備行為にもなり得ます。
こうした特性を踏まえ、Fable 5の分類器はすべてのサイバー関連の用途を一律にブロックするのではなく、用途を4つのカテゴリーに分けて判定する設計になっています。
4段階に分類されるサイバー用途
Anthropicの説明では、用途は「禁止(Prohibited use)」「高リスクのデュアルユース(High-risk dual use)」「低リスクのデュアルユース(Low-risk dual use)」「良性利用(Benign use)」の4段階に整理されています。禁止用途にはランサムウェアやワイパー、マルウェアの開発・配布、インターネット基幹インフラへの攻撃などが含まれ、分類器はこれらをすべてブロックするよう設計されています。
高リスクのデュアルユースには、ペネトレーションテストや権限昇格、エクスプロイト開発など、正規のセキュリティ評価でも実施される作業が含まれます。Anthropicは、これらの作業が正当かどうかは実施者と権限の有無によって左右されるとした上で、信頼できる利用者を見極める仕組みが現時点では十分でないため、基本的にブロックする方針だと説明しています。
低リスクのデュアルユースにはOSINT(オープンソース・インテリジェンス)調査や、他のツールでも発見可能な脆弱性の特定などが該当し、多くは許可されるものの、一部は「安全マージン」として慎重にブロックされます。良性利用にはセキュアコーディングやログ分析、インシデント対応、脆弱性のリバースエンジニアリングなどが含まれ、これらは基本的にブロック対象外とされています。
この4段階の切り分けは、防御に役立つ用途をできる限り残しつつ、悪用リスクの高い用途を抑えるための バランス調整 の試みだと考えられます。
脆弱性発見をめぐる線引き
脆弱性発見についても、Anthropicは考え方を詳しく説明しています。同社は「他の広く利用可能なモデルでは発見できない水準の脆弱性発見」を高リスクとして抑制する方針だと述べています。裏を返せば、多くのモデルで発見可能な脆弱性については、Fable 5がそれを見つけて修正すること自体は妨げないという考え方です。
Anthropicによれば、セキュリティコミュニティでは長年、脆弱性を発見し責任を持って開示することは、攻撃者が得る利益よりも防御側が得る利益の方が大きいという考え方が主流とされてきました。米政府も同様の立場を取ってきたとされ、Anthropicはこうした背景を踏まえて分類器の設計方針を説明しています。
ジェイルブレイクの重大度を測る新指標「CJS」
次にAnthropicは、AIのジェイルブレイクの深刻さを評価するための新しい指標を提案しています。ジェイルブレイクとは、AIモデルに通常とは異なる入力を与えることで、本来ブロックされているはずの危険な出力を引き出す手法を指します。同社によれば、ジェイルブレイクの影響度には大きな幅があり、軽微な問題しか引き出さないものもあれば、幅広い有害な出力を可能にしてしまうものもあるものの、これまで業界には深刻度を一貫して表現する共通の枠組みがなかったとされています。
Anthropicが提案する「Cyber Jailbreak Severity(CJS)」尺度は、CJS-0(情報レベル)からCJS-4(重大)までの5段階で構成されています。段階は直線的ではなく指数的な設計とされており、1段階上がるごとに深刻度が数倍になるように意図されているとのことです。
CJSを構成する4つの評価軸
CJSスコアは、以下の4つの軸のスコアを合計して算出されます。
- 能力向上(Capability gain): ジェイルブレイクが攻撃者に既存のツールを超える能力をどれだけ与えるか
- 能力向上の広がり(Breadth of capability gain): 同じ手法がどれだけ多くの攻撃タスクに応用できるか
- 武器化の容易さ(Ease of weaponization): 手法を実際の攻撃に転用するのにどれだけの労力・技術が必要か
- 発見しやすさ(Discoverability): その手法を攻撃者がどれだけ容易に入手できるか
各軸のスコアを合計した初期値は0から10の範囲を取り、0点はCJS-0(情報レベル)、1〜3.5点はCJS-1(低)、4〜6.5点はCJS-2(中)、7〜8.5点はCJS-3(高)、9〜10点はCJS-4(重大)に区分されるとしています。この初期スコアはあくまで「下限」として扱われ、実世界へのリスクが過小評価されていると判断される場合には、最終的な深刻度をより高く引き上げることもあるとAnthropicは説明しています。
この枠組みは、業界・学術界・市民社会・政府が同じ基準でジェイルブレイクのリスクを議論できるようにすることを目的としていると考えられます。Anthropicも今回の発表を「初期の草案」と位置づけており、フィードバックを募集している段階です。
具体例が示す評価の考え方
Anthropicは付録として、仮想および実際の事例をもとにしたCJSスコアの算出例を複数示しています。例えば、2021年に発覚した実在の脆弱性「Log4Shell」を題材にした例では、脆弱性が公表される前の時点でAIが独力でこれを発見した場合はCJS-4(重大)と評価される一方、脆弱性が広く知られ、あらゆるスキャナーで検出可能になった現在の時点で同じ発見を行っても能力向上のスコアはゼロとなり、CJS-0(情報レベル)に区分されるとしています。モデルの挙動自体は同じでも、評価時点の技術水準によって深刻度の判定が変わるという点は、実務的な示唆に富む例だと思います。
まとめ
Fable 5のサイバーセーフガードは、防御と攻撃の両面を持つ技術特性を踏まえ、4段階の分類で用途を判定する設計です。あわせて提案されたCJSフレームワークは、ジェイルブレイクの深刻度を業界横断で議論する土台になり得ると考えられます。ジェイルブレイク対策の技術背景は、過去記事でも整理していますので、あわせてご覧いただければと思います。
