はじめに
Google Researchは2026年6月16日、農地に点在する生垣(ヘッジロウ)や雑木林といった微細な植生をAIで検出し、ベクターデータとして公開したことを発表しました。本稿では、この取り組みの技術的な仕組みと、気候・生物多様性の両課題にどうアプローチしているかを解説します。
参考記事
- タイトル: From pixels to planning: Earth AI for nature restoration
- 著者: Michelangelo Conserva(Research Scientist)、Charlotte Stanton(Senior Program Manager)
- 発行元: Google Research Blog
- 発行日: 2026年6月16日
- URL: https://research.google/blog/from-pixels-to-planning-earth-ai-for-nature-restoration/
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要点
- 通常の衛星画像では検出が困難な生垣・石壁・雑木林などの微細な植生を高解像度ディープラーニングで検出し、ベクターデータとして公開した
- 事前学習済みの衛星画像向けVision Transformer(RSFバックボーン)を3億枚超の画像で事前学習させ、約247 km²のアノテーションデータで英国農地向けにファインチューニングした
- Polsby–Popperコンパクトネス・スコアという幾何学的指標を用いて、生垣・雑木・林地を自動分類する手法を開発した
- Google Earth Engineの並列処理により、イングランド全土(13万 km²超)を対象に数百万の植生ポリゴンを生成した
- 食料生産と競合せずに炭素固定・生物多様性の向上を図れる「作業農地での自然回復」の定量ツールとして位置づけられている
詳細解説
なぜ「農地の微細植生」が注目されるのか
気候変動対策として大規模な森林拡大が叫ばれる一方で、増加し続ける世界人口を養うためには農地の確保も不可欠です。大規模造林は農地と競合するだけでなく、保全した地域の外で別の環境破壊を引き起こす「リーケージ(漏出)」のリスクも伴います。
そこで注目されるのが、農地に古くから存在する生垣(ヘッジロウ)や防風林(シェルターベルト)といった微細な木本性植生です。これらは作物の生産面積を減らさずに炭素を貯留し、野生生物の移動回廊となる可能性を持ちます。しかし、その規模の小ささゆえに従来の衛星判読では検出が難しく、国家的な森林インベントリからも「見えない資産」として抜け落ちてきました。
Farmscapes 2020からベクターデータへ
Googleはかつて、イングランド全域の生垣・線状樹林を検出したラスター(ピクセル)形式のマップ「Farmscapes 2020」をオックスフォード大学レバーフルム自然回復センターとの協働で公開していました。しかし、実際の農地管理や炭素会計に使うには「この生垣は何メートルか」「石壁と重なっているか」のような形状情報が必要で、ピクセル形式では対応が難しい状況でした。
今回新たに公開されたのは、そのマップをベクター形式に変換したデータセットです。GIS(地理情報システム)でいう「ベクターデータ」とは、ポリゴンや線として地物の輪郭を記述したもので、面積や長さの計測、他データとの重ね合わせが容易になります。これにより、農地オーナーや保全団体が「どこに生垣があり、どのくらいの規模か」を具体的に把握できるようになりました。
技術的な3つの課題と解決策
ラスターからベクターへの変換には、空間トポロジー・意味論・計算スケールという3つの壁がありました。
空間トポロジーの課題については、農地では生垣と石壁が重なり合うように存在することが多く、単純な単層モデルでは分離が困難でした。そこで開発チームは、航空写真(サブメートル解像度)と1メートル解像度の LiDAR(レーザー光を用いて地形や樹高を計測するリモートセンシング技術)データを組み合わせたデュアルレイヤー・ラベリングを採用しました。「地表面の境界(農地・水面)」と「その上に存在する立体物(樹木・石壁)」を別レイヤーで認識させることで、重なり合う地物を区別できるようにしています。また、広域を格子状に分割するS2セルを用いた並列処理では境界部で形状が途切れる問題が生じましたが、セルをまたいでジオメトリを統合するアルゴリズムを開発することで対応しています。
意味論の課題では、AIが検出した「緑の塊」が「小さな雑木林」なのか「細長い生垣」なのかを自動判定する必要がありました。そのために用いたのが Polsby–Popperコンパクトネス・スコア という幾何学的指標です。この値は形状の「丸み」を0〜1で表し、真円に近いほど1に近づきます。チームはこれを活用し、直径30メートル以上の連続した樹冠を「林地」、小さな孤立木や雑木林を「木本パッチ」、コンパクトネス・スコア0.5未満の細長い形状を「線状木本植生(生垣・回廊)」として自動分類する仕組みを構築しました。
計算スケールの課題については、イングランド全土(13万 km²超)を対象とする処理量が従来のラスター・ベクター変換では限界を超えていました。Google Earth Engine のクラウド並列処理を活用し、数千のS2セルを同時処理することで、数百万の植生ポリゴンを現実的な時間で生成することを可能にしています。
AIモデルの基盤:3億枚の衛星画像で事前学習
検出モデルの核となるのは RSF(Remote Sensing Foundations)Vision Transformer(ViT)バックボーン です。これは Google Earth AI のコレクションに含まれる地球観測特化の基盤モデルで、世界中の衛星画像3億枚超で事前学習されています。英国農地向けのアノテーションデータは約247 km²と比較的小規模でしたが、広大な地理空間的テクスチャの知識を持つ基盤モデルを起点にファインチューニングすることで、少ないデータでも高い精度を実現しています。少ないデータで特定領域の認識精度を向上させるこの手法は、医療画像や工業検査など幅広い分野で活用されており、衛星画像解析でも有効であることが示された事例だと思います。
今後の展望
Google Researchは今回のデータ公開を一つの通過点と位置づけており、今後は シルボパスチャー(樹木と牧草地を組み合わせる農林牧複合システム)や アグリシルビカルチャー(農業と林業を組み合わせるアグロフォレストリーの一形態)への応用も検討しています。また、「リーケージ」の検出ツールとしての活用も視野に入れており、ある地域での保全活動が周辺の環境破壊を招いていないかを監視する用途も期待されています。
データはオープンに公開されており、農地所有者・研究者・政策立案者が微細植生の保護と拡充に活用できる状態になっています。
まとめ
GoogleのEarth AIが今回示したのは、「衛星では見えなかった農地の自然資産を定量化する」というアプローチです。食料安全保障と気候・生物多様性対策の両立は世界的な難題ですが、微細な植生を正確に把握する技術がその橋渡し役になり得ると思います。Googleの気候AIの取り組みについては、AIが気象予報の精度を大幅に向上させたWeatherNextの事例もあわせてご覧いただければと思います。
