はじめに
本稿では、生成AIが労働市場に与える影響について、米国の金融大手ゴールドマン・サックスが発表した分析レポートを基に解説します。AIによる変化は未来の話ではなく、すでに米国のテクノロジー業界で働く若手従業員の雇用に具体的な形で現れ始めています。
参考記事
- タイトル: AI is already impacting the labor market, starting with young tech workers, Goldman economist says
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年8月5日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/08/05/ai-labor-market-young-tech-workers-goldman-economist.html
要点
- 生成AIは、すでに米国の労働市場、特にテクノロジーセクターに具体的な影響を及ぼし始めている。
- 最も大きな影響を受けているのは20代の若手技術者であり、この層の失業率は2025年初頭から3パーセントポイントという顕著な上昇を見せている。
- 多くのテクノロジー企業は、AIによる業務自動化を見越して、ジュニアレベル(若手・未経験者層)の採用を抑制する傾向にある。
- ゴールドマン・サックスの基本的な予測シナリオでは、将来的には全労働者の6%から7%がAIによる自動化によって職を失う可能性がある。
詳細解説
すでに始まっているAIによる雇用の変化
ゴールドマン・サックスのグローバル投資調査部門に所属するシニアエコノミスト、ジョセフ・ブリッグス氏は、生成AIがもたらす労働市場への変化は、すでに雇用関連のデータに明確な兆候として現れていると指摘します。
これまでテクノロジーセクターの雇用者数は、過去20年間にわたり、社会全体の雇用に占める割合をほぼ一貫して伸ばしてきました。しかし、ブリッグス氏によると、「過去3年間で、テクノロジー業界の採用活動に引き締めが見られ、その成長トレンドを下回る結果となっています」。これは、AIの能力が急速に向上する中で、企業側が人間の労働力に対する考え方を変え始めていることを示唆しています。
なぜ若手技術者がターゲットなのか?
今回の分析で特に注目すべきは、その影響が20代の若手技術者に集中している点です。ブリッグス氏の報告によると、20歳から30歳の技術系労働者の失業率は、2025年に入ってからわずか数ヶ月で3パーセントポイントも上昇しました。これは、他の年齢層や他の職種の若者と比較しても、著しく高い数値です。
この背景には、若手従業員が担当することの多い業務と、現在の生成AIの能力が密接に関係しています。例えば、コーディング、データ入力、文書作成といった定型的なタスクは、生成AIが最も得意とする分野の一部です。実際に、Alphabet(Googleの親会社)やMicrosoftといった大手企業は、一部のプロジェクトで生成されるコードの約30%をAIが担っていると報告しています。
企業の経営者から見れば、AIを導入することで、これまでジュニアレベルの従業員が担ってきた業務を効率化し、コストを削減できる可能性があります。そのため、AIの本格導入を見据え、先行して若手の新規採用を控える動きが広がっているのです。
将来の展望と日本への示唆
ブリッグス氏は、基本的なシナリオとして、AIによる自動化が進むことで、最終的に全労働者の約6%から7%が職を失う可能性があると予測しています。この変化は、彼が想定する約10年という期間よりも早く進む可能性も指摘されています。技術の進歩が加速したり、景気後退によって企業がコスト削減を急いだりした場合、労働市場への移行の痛みはさらに増すかもしれません。
この分析は米国のデータを基にしていますが、日本でもIT人材の不足が叫ばれる一方で、企業は生産性向上やコスト効率化のためにAI導入を積極的に進めています。米国で見られる「若手技術者の採用抑制」というトレンドは、近い将来、日本の労働市場でも起こりうる現象だと考えられます。これからIT業界を目指す学生や、キャリアの浅い若手エンジニアは、AIには代替されにくい、より高度な問題解決能力や創造性、コミュニケーション能力といったスキルを意識的に磨いていく必要性が高まっていると言えるでしょう。
まとめ
本稿では、ゴールドマン・サックスの分析に基づき、生成AIがすでに米国の労働市場、特に若手技術者の雇用に具体的な影響を与え始めている現状を解説しました。データは、AIによる雇用の変化が単なる未来の予測ではなく、すでに始まった現実であることを示しています。特に、これまで安定した成長を続けてきたテクノロジー業界において、若手の採用が抑制され、失業率が上昇しているという事実は重く受け止めるべきです。この動きは、AI時代における働き方やキャリア形成について、私たち一人ひとりが真剣に考えるべき課題を突きつけていると言えるでしょう。