はじめに
Googleが2025年12月10日、グローバル企業のAI変革に関する大規模調査レポート「Beyond AI Optimism」を公開しました。6カ国2,500人以上のビジネスリーダーと知識労働者を対象とした本調査では、AI導入における経営層の楽観と従業員の現実との間に大きなギャップがあることが明らかになりました。本稿では、この調査結果をもとに、真のAI変革を実現するための具体的な道筋を解説します。
参考記事
- タイトル: The AI disconnect: How leaders can translate optimism into measurable impact
- 著者: Derek Snyder
- 発行元: Google Workspace Blog
- 発行日: 2025年12月10日
- URL: https://workspace.google.com/blog/ai-and-machine-learning/research-ai-beyond-time-savings?hl=en
- タイトル: Beyond AI Optimism: Five ways to move your business from saving time to sparking innovation
- 発行元: Google Workspace
- 発行日: 2025年12月
- URL: https://workspace.google.com/learning/report/content/beyond-ai-optimism
要点
- 経営層はAIの影響を高く評価している一方、従業員の36%のみが大きな効果を実感しており、両者の間には17ポイントの認識ギャップが存在する
- AI変革の成熟度を5段階に分類すると、真に変革を遂げている企業はわずか3%で、72%の企業は初期段階にとどまっている
- 高度に変革した企業は、時間節約にとどまらず、イノベーション創出(+32ポイント)、創造性向上(+37ポイント)、競争優位性(+35ポイント)で顕著な成果を上げている
- AI変革に成功している企業には、明確な戦略とロードマップ、組織文化への統合、会社全体での提唱活動、適切なツールへの投資という5つの共通特徴がある
詳細解説
調査方法の概要
調査目的
この調査では、「AIによる仕事の変革」について以下を明らかにすることを目指しています:
- AIによる仕事変革の意味(アプリケーションとメリットの両面)
- 組織や役割におけるAI変革レベルの測定
- AI導入成功の指標(特性、ベストプラクティスなど)の特定
調査手法
専門家へのヒアリング
プロジェクトの主要段階で3人のAI専門家(Nirit Cohen、Henry Shevlin、Dr. Terri Horton)にコンサルティングを実施
定量調査
- 実施期間: 2025年7月18日〜8月11日
- 調査時間: 20分間のオンライン調査
- 対象者数: 2,643人
- 対象地域: 米国、英国、ブラジル、フランス、日本、インド
- 対象者条件:
- 従業員300人以上の組織でフルタイム勤務
- 勤続1年以上
- テクノロジー分野の意思決定者、または個人貢献者のナレッジワーカー
- 業務でAIを使用(正式導入またはシャドーAI)
- AIツール(Gemini、Copilot、Claude、ChatGPTなど)を認識
調査対象の内訳
- 市場別: 米国522人、英国418人、ブラジル440人、フランス423人、日本419人、インド421人
- サブグループ別: 中堅企業1,285人、大企業1,358人、意思決定者1,359人、ナレッジワーカー1,284人
- 業界別: テック334人、ヘルスケア227人、金融334人、小売542人、製造667人など
経営層の楽観と従業員の現実:17ポイントのギャップ
Googleの調査によれば、経営層の53%がAIが自社に大きな好影響を与えていると回答した一方、従業員では36%にとどまり、17ポイントの認識ギャップが存在します。また、AI導入に対する自信についても、経営層54%に対し従業員39%と15ポイントの差があります。

この認識のズレは、経営層が戦略レベルでAIの可能性を捉えている一方、現場の従業員は日々の業務での具体的な効果を基準に判断していることが一因と考えられます。
興味深いのは、従業員の84%が組織にもっとAIに注力してほしいと考えており、61%が毎日AIを使用している点です。つまり従業員はAIに前向きであるにもかかわらず、トップダウンの戦略、包括的なトレーニング、明確なロードマップの不足により、その潜在能力を十分に発揮できていない状況と言えます。
わずか3%:真に変革を遂げた企業の実態
Googleは調査対象企業をAI活用の深さと広さに基づいて5段階に分類しました。その結果、「高度に変革した(Highly Transformed)」レベルに達している企業はわずか3%で、72%の企業が初期段階(Initial 27%、Exploring 45%)にあることが判明しています。

高度に変革した企業と初期段階の企業を比較すると、以下の点で大きな差が見られます:
- AI提唱活動の広がり: 65% vs 14%(+51ポイント)
- 複数の役割・部門での導入: 77% vs 24%(+53ポイント)
- ビジネス成長への貢献: 89% vs 18%(+71ポイント)
これらの数値は、AI変革が単なるツール導入ではなく、組織全体での取り組みが必要であることを示しています。
時間節約からイノベーション創出へ:変革の真の価値
Googleの調査では、AI導入による基本的な効果として、情報検索時間の40%削減、単調な作業時間の39%削減、タスク完了の38%高速化が報告されています。しかし、高度に変革した企業はこれらの時間節約を超えて、より戦略的な価値を実現しています。
初期段階の企業と比較した場合、高度に変革した企業では以下の成果が顕著です:
イノベーションと創造性
- イノベーションの増加: 57% vs 25%(+32ポイント)
- 創造性の向上: 65% vs 29%(+37ポイント)
ビジネス加速と有意義な業務
- 新製品・サービス開発の加速: 61% vs 27%(+34ポイント)
- 重要な業務に集中できる時間: 59% vs 30%(+29ポイント)
従業員のエンゲージメント
- アウトプットへの自信: 63% vs 27%(+36ポイント)
- キャリア開発機会: 61% vs 30%(+31ポイント)
- 従業員エンゲージメント: 54% vs 26%(+28ポイント)
- 従業員満足度: 57% vs 32%(+25ポイント)
ビジネス成果
- ROIの改善: 52% vs 27%(+25ポイント)
- 協力と協同の改善: 59% vs 28%(+31ポイント)
- 将来的な業務への優れた準備: 74% vs 28%(+46ポイント)
- 競争優位性: 61% vs 26%(+35ポイント)
調査に協力した未来の働き方戦略家Nirit Cohen氏によれば、「真の変革に達した組織では、以前は不可能だった領域で30-40%の改善が見られるべきだ」とのことです。これは単なる効率化ではなく、ビジネスモデル自体の進化を意味します。
AI変革を実現する5つのステップ
Googleの調査では、高度に変革した企業に共通する5つの特徴が明らかになっています。
1. 透明性のある「常時稼働」の戦略とロードマップ
高度に変革した企業は、AIをどのように組織目標に統合し、技術の進化に合わせてどう発展させるかを明確にしています。実際、これらの企業は初期段階の企業と比較して、以下の点で優れています:
- ワークフロー最適化のためのAI フレームワークの継続的な改善: 74% vs 35%(+39ポイント)
- 主要なギャップ、マイルストーン、タイムテーブルを含む変革ロードマップの定義: 52% vs 33%(+19ポイント)
- 新しいツールの導入以前の効果指標の定義: 59% vs 43%(+16ポイント)
ケンブリッジ大学のHenry Shevlin氏は、「優れた組織横断的なコミュニケーションが成功の鍵だ。AIユースケースを『独占』するのではなく、個人が『このプロセスをより効率的にできる、これが私のワークフローでの方法であり、他の人も同様にできる』と言える社内インセンティブを作ることが重要」と指摘しています。
2. 本物のAI文化の醸成
高度に変革した企業は、AIを企業文化に意図的に組み込み、従業員が自信を持ってAIを使用できるよう支援しています:
- 現代的で柔軟な職場環境の育成: 74% vs 28%(+46ポイント)
- 新ツール展開前のチームとエンドユーザーのニーズとのAI導入の整合: 72% vs 36%(+36ポイント)
- 企業カルチャーに根差したAI: 50% vs 31%(+19ポイント)
AI戦略コンサルタントのDr. Terri Horton氏は、「従業員が組織の包括的なAIビジョンと戦略を理解し、人間とAIの協働についてスキルアップし、実装と責任ある使用慣行に発言権を持つとき、AIを恐れる可能性は低くなる」と述べています。これは心理的安全性を生み出し、従業員が組織の未来において意味のある場所を持っていることを示すと考えられます。
3. 速やかな成功事例の特定と優先順位付け
高度に変革した企業は、チームと役割全体で価値を示す明確に定義されたユースケースに焦点を当てています:
- 複数の役割と部門での幅広いAI導入: 72% vs 24%(+48ポイント)
- 多数かつ多様なタイプのタスクでのAI使用: 70% vs 24%(+46ポイント)
- 従業員間の継続的なAI学習と開発のサポート: 70% vs 33%(+37ポイント)
スペインの金融機関BBVAでは、パイロットプログラムでGmailやDrive、Meetで簡単にGeminiを使用できる速やかな成功事例を見出し、全面導入初日から有用になると確信したとのことです。
4. 提唱活動の民主化
高度に変革した企業では、変革の規模拡大は提唱活動がAIチームを超えて広がるときに実現されます:
- 会社全体でのAI提唱者: 65% vs 13%(+52ポイント)
- 経営層が最大の提唱者と見なされている: 77% vs 31%(+46ポイント)
- 従業員の間でAI利用が多い: 39% vs 31%(+8ポイント)
Googleの別のレポート「The ROI of AI」では、Cレベルのスポンサーシップがある組織の経営層の78%が、少なくとも1つの生成AIユースケースでROIを確認していると報告されています。
5. 新しい働き方とツールの採用
高度に変革した企業は、技術だけでなく、コミュニケーション、トレーニング、インセンティブへの投資が必要であることを認識しています:
- AI年間予算: 平均68.6万ドル vs 20.3万ドル(+48.3万ドル)
- 発売前後でのコミュニケーション、トレーニング、報酬への投資: 61% vs 36%(+25ポイント)
- AIが生産性・コラボレーションツールに統合されていることの重要性: 67% vs 49%(+18ポイント)
特に重要なのは、AIが生産性・コラボレーションツールに組み込まれている場合、業務品質の改善で+33ポイント、変革全体の加速で+27ポイントの差が見られる点です。高度に変革した組織の96%が、ツールの変更がAI変革の触媒になり得ると考えています。
米国の食品流通企業Gordon Food ServiceのCIO、Brendan Bonthuis氏は、「Google WorkspaceはAIを日々のワークフローに直接統合するため、一般従業員にとって画期的であり、プロセスを改善し、最高品質の製品とサービスで顧客により効果的に対応できるようにする」と述べています。
実際の導入事例
調査レポートでは、複数の企業の具体的な成果が紹介されています。
フィリピンの通信大手Globe TelecomのAIグループディレクターFrancis Pugeda氏によれば、「Geminiは従業員が様々なソースから情報を迅速に見つけて要約するのを支援し、チームがファイル検索により少ない時間を費やし、ビジネス成長により多くの時間を費やせるようにする。Globe TelecomではGeminiがイノベーションを刺激し、ユーザーの92%が新しく革新的な働き方を探求するインスピレーションを感じていると報告している」とのことです。
また、グローバル信用情報機関Equifaxでは、試用後にユーザーの90%が業務の質と量の増加を確認しました。デジタル従業員体験担当VP、JK Krug氏は、「ほぼすべての事業部門で1日あたり1時間以上節約され、従業員が他の重要な取り組みに取り組む時間を与えている」と語っています。
ブラジルの化粧品企業NaturaのCIO、Renata Marques氏は、「仕事の未来は、人々が単調で運用的なタスクを自動化し、情報の分析に集中することによって定義される。Google Workspace with Geminiにより、私たちはこの変化をリアルタイムで見ている」と述べています。
まとめ
Googleの調査は、AI変革における経営層の楽観と従業員の現実との間に大きなギャップがあることを明らかにしました。真の変革を遂げているのはわずか3%の企業ですが、明確な戦略、組織文化への統合、速やかな成功事例、全社的な提唱活動、適切なツールへの投資という5つの要素を実践することで、どの組織でも変革は可能と考えられます。時間節約を超えて、イノベーション創出と競争優位性の確立を目指すことが、AI時代における持続的な成長の鍵と言えます。
