はじめに
本稿では、BBCに掲載された記事「Is Google about to destroy the web?」を基に、Googleが新たに導入したAI検索機能が、私たちが日常的に利用しているインターネットの生態系にどのような影響を与えるのかを解説していきます。
この新しい技術は、検索体験を便利にする一方で、ウェブサイトの運営方法や、私たちが情報に触れる方法そのものを根底から覆してしまう可能性を秘めています。これは、単なるITニュースではなく、インターネットを利用するすべての人に関わる重大な変化です。
引用元記事
- タイトル: Is Google about to destroy the web?
- 著者: Thomas Germain
- 発行元: BBC Future
- 発行日: 2025年6月11日
- URL: https://www.bbc.com/future/article/20250611-ai-mode-is-google-about-to-change-the-internet-forever
要点
- Googleの新しいAI検索機能「AI Overviews」および「AI Mode」は、検索結果ページ上で直接、AIが生成した回答を提示するものである。
- これにより、ユーザーが個別のウェブサイトをクリックして訪問する必要性が薄れ、多くのウェブサイトが広告収入の基盤であるトラフィック（アクセス数）を激減させるという深刻な事態が予測されている。
- 専門家の分析によれば、この変化によってウェブサイトへのクリック率は30%から70%も低下する可能性があり、これは多くのオンラインメディアや個人サイトにとって死活問題である。
- この動きは、人間ではなくAIがコンテンツを読み解き要約する「マシンウェブ」時代の到来を意味しており、情報の多様性や偶然の発見（セレンディピティ）が失われる危険性をはらんでいる。
- Googleは「ユーザー体験の向上」を主張する一方、コンテンツ制作者側は「コンテンツの盗用であり、ビジネスモデルの破壊だ」と強く反発しており、インターネットの未来を巡る両者の対立が先鋭化している。
詳細解説
これまでのインターネットとGoogleの「約束」
これまで、インターネットの世界は、ある種の「暗黙の約束」の上で成り立ってきました。それは、ウェブサイト（記事では「パブリッシャー」と呼ばれています）が有益な情報や面白いコンテンツを無料で提供し、その見返りとして、Googleのような検索エンジンが自らのサイトへユーザーを送り込んでくれる、という関係です。
ウェブサイトは、そのようにして集まったユーザー（トラフィック）に対して広告を表示することで収益を得て、新たなコンテンツ制作の資金としてきました。インターネット上の活動の約7割が検索エンジンから始まると言われる現代において、Googleはウェブサイトにとって太陽のような存在だったのです。しかし、この長年続いた共存関係が、今、AIによって崩壊の危機に瀕しています。
何が起きているのか？ – AI検索が引き起こす「ゼロクリック」の衝撃
問題の中心にあるのは、Googleが導入した「AI Overviews」と、さらにその進化版である「AI Mode」という新しい検索機能です。
これまでのGoogle検索は、ユーザーの質問に関連するウェブサイトの「リンク一覧」を表示するのが基本でした。私たちはその中から信頼できそうなサイトを選んでクリックし、答えを探していました。
しかし、AI検索は全く異なります。ユーザーが質問を入力すると、AIが複数のウェブサイトの内容を瞬時に読み解き、要約した「答えそのもの」を検索結果の最上部に表示するのです。例えば、「美味しいピザの作り方」と検索すれば、AIがレシピをまとめて提示してくれます。
これは一見すると非常に便利です。しかし、大きな問題が潜んでいます。答えがその場で得られるなら、ユーザーはわざわざリンクをクリックして元のウェブサイトを訪れる必要がなくなるのです。この記事では、これを「ゼロクリック検索」という言葉で説明しており、この現象がウェブサイトのビジネスモデルを根底から揺るがしています。
ウェブサイト運営者の悲鳴と「大量淘汰」の未来
元記事では、この変化に対するウェブサイト運営者や専門家の深刻な懸念が数多く紹介されています。あるSEO（検索エンジン最適化）の専門家は、「ウェブサイトの『絶滅』は言い過ぎかもしれないが、『大量淘汰（Decimation）』という言葉がぴったりだ」と語っています。
データもその懸念を裏付けています。ある分析によれば、AI Overviewsが表示されると、ウェブサイトへのクリック率が検索内容によっては30%から70%も減少するといいます。また、別の分析では、Google検索の約6割が、どのリンクもクリックされずに終わる「ゼロクリック検索」になっていると指摘されています。
Google側は「AI検索は、より質の高い、関心のあるユーザーをサイトに送る」と主張していますが、多くのウェブサイト運営者は「表示回数は増えてもクリックは減っている」と反論します。これはつまり、「GoogleのAIにコンテンツは利用されるが、サイトには誰も来てくれない」という状況です。広告収入が収益の柱である多くのサイトにとって、これはビジネスの終わりを意味しかねません。
「マシンウェブ」の到来 – 私たちが失うもの
この変化の先にある未来として、記事は「マシンウェブ（Machine Web）」という不気味な可能性を提示しています。これは、ウェブ上のコンテンツが、もはや人間が読むためではなく、AIに読み取らせることを主目的として作られるようになる世界です。
私たちはAIが要約した、効率的で無味乾燥な情報ばかりに触れるようになるかもしれません。インターネットの魅力の一つであった、リンクを次々と辿っていくうちに思いがけない情報や面白いサイトに出会う「セレンディピティ（偶然の発見）」の機会は失われていくでしょう。
さらに、AIが私たちの興味に合わせて情報を「解釈」して提示するため、自分の考えに近い情報ばかりに囲まれる「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」といった現象が加速する危険性も指摘されています。多様な視点に触れる機会が減り、社会の分断を助長する可能性すらあるのです。
激化する対立と、模索される新たな道
当然ながら、コンテンツ制作者たちは黙っていません。多くのメディアが加盟する業界団体「News/Media Alliance」の代表は、「これは盗みの定義そのものです。AIの回答は、私たちのオリジナル製品の代替品になっている」と述べ、Googleのやり方を激しく非難しています。
問題は、ウェブサイト側に対抗手段がほとんどないことです。Googleの検索結果に表示されるためには、AIにコンテンツを利用されることを自動的に許可しなければならない仕組みになっているのです。
こうした状況に対し、ウェブサイトを守るための動きも始まっています。インターネットインフラを支えるCloudflare社は、コンテンツ利用料を支払わない限り、AIによる情報収集（クローリング）を業界全体でブロックするという大胆な計画を提唱しています。これは、巨大テック企業に対して、データの価値を正当に評価するよう迫る試みです。
まとめ
本稿で解説したように、Googleの新しいAI検索機能は、単なるツールの進化にとどまらず、インターネットの根幹をなす情報の生産と消費の仕組みを劇的に変えようとしています。
ウェブサイト運営者にとっては、長年続いたビジネスモデルが崩壊する未曾有の危機です。そして私たちユーザーにとっても、情報の多様性や質、さらには「発見の喜び」が失われるかもしれない、大きな転換点です。
便利さの裏側で、ウェブの生態系が静かに、しかし急速に変化しています。この問題は、巨大なプラットフォーム企業と、コンテンツを生み出す無数の作り手との間のパワーバランスを問い直すものです。これから私たちがどのようなインターネットの世界を望むのか、一人ひとりがこの変化の当事者として考えていく必要があるでしょう。
