[ニュース解説]生成AIの学習データは誰のもの? Getty Images vs Stability AI、著作権の未来を占う裁判

目次

はじめに

 本稿では、AP通信が報じた「Getty Images and Stability AI face off in British copyright trial that will test AI industry」という記事を基に、現在世界が注目する、生成AIと著作権をめぐる世界最大級の写真提供サービスGetty Images(ゲッティイメージズ)と、人気の画像生成AI「Stable Diffusion」を開発したStability AI(スタビリティAI)との法廷闘争について、その背景や争点を詳しく解説します。

引用元記事

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要点

  • ストックフォト大手Getty Imagesが、画像生成AI「Stable Diffusion」の開発元Stability AIを著作権侵害で提訴した英国での裁判が開始された。
  • Getty Imagesは、Stability AIが許可なく自社の膨大な写真コレクションをAIのトレーニングに使用したことは「厚かましい権利侵害」であり、ライセンス契約を結ぶべきであると主張している。
  • Stability AIは、AIモデルのトレーニングは英国内で行われていないこと、また生成される画像がGettyの作品に類似するケースはごく稀であることを主張し、反論している。
  • 本件は、AI開発における著作物の利用が、著作権法の例外規定(フェアユース/フェアディーリング)に当たるかどうかが問われる、生成AI業界の未来を占う試金石となる裁判である。

詳細解説

そもそも何が争われているのか?

 今回の裁判の核心を理解するために、まず「画像生成AIの仕組み」と「著作権」について簡単におさらいしましょう。

 画像生成AIは、人間が描いた絵や撮影した写真など、天文学的な数の画像データを学習することで、特定のスタイルや対象物を描き出す能力を獲得します。例えば、「猫の絵を描いて」と指示されたときに、AIがさまざまな猫の画像を生成できるのは、事前にありとあらゆる猫の画像を「見て」学習しているからです。

 問題は、この学習データにあります。AI開発企業は、インターネット上から自動的に大量のデータを収集しますが、その中には当然、Getty Imagesが権利を持つような、著作権で保護された作品が大量に含まれています。

 Getty Images側は、「我々が権利を持つ画像を、許可なく、対価も支払わずに自社のAIのトレーニングに利用したのは、著作権の侵害だ」と主張しています。これは、自分たちの資産を勝手に使われて商売をされた、という主張です。

両者の主張と背景

Getty Images(原告)の主張

 Getty Imagesは、プロのフォトグラファーが撮影した高品質な写真を、使用料(ライセンス料)を受け取ることで企業や個人に提供するビジネスを展開しています。彼らにとって、自社の写真が無断でAIの学習データとして使われることは、ビジネスモデルそのものを脅かす重大な問題です。

 彼らの主張は、「AIを開発すること自体は否定しないが、そのためにクリエイターの作品を利用するなら、正当な許可を得て、対価を支払うべきだ」というものです。記事の中で、Gettyの弁護士は、Stability AIの行いを「知的財産権を踏みにじるもの」と厳しく非難しています。

Stability AI(被告)の主張

 一方、Stability AIは、画像生成AI「Stable Diffusion」をオープンソース(無償で公開)で提供し、世界的な生成AIブームの火付け役となった企業です。彼らのようなテクノロジー企業は、著作物の利用が一定の条件下で認められる「フェアユース」(米国法)や「フェアディーリング」(英国法)といった法理を盾に、AIの学習は合法であると主張してきました。

 今回の裁判で、Stability AIは主に以下の2点で反論しています。

  1. 裁判の管轄権の問題: AIモデルの学習は、米国のAmazon社が運営するコンピューター上で行われたものであり、そもそも英国の法律で裁かれるべきではない。
  2. 実害の僅少性: AIが生成する画像のうち、Getty Imagesの作品に「少しでも似ている」ものは、ごくごく一部に過ぎない。

 つまり、技術的な観点と法的な解釈の両面から、著作権侵害には当たらないと主張しているのです。

なぜこの裁判が「重要」なのか?

 この裁判は、単なる二つの企業の争いではありません。その判決は、生成AIという新しい技術と、既存の著作権というルールの関係性を決定づける、非常に重要な意味を持っています。

  • Getty Imagesが勝訴した場合:
    AI開発企業は、学習データとして使用するコンテンツに対して、ライセンス料を支払う必要が出てくる可能性が高まります。これにより、AI開発のコストが上昇し、一部の巨大企業しかAI開発ができない状況になるかもしれません。一方で、クリエイターの権利はより強く保護されることになります。
  • Stability AIが勝訴した場合:
    AI開発におけるデータ利用の自由度が追認され、技術革新はさらに加速するでしょう。しかし、クリエイター側から見れば、自分の作品がいつの間にかAIの学習に使われ、自分の作風に似た作品がAIによって大量に生み出されるという事態を、甘んじて受け入れざるを得なくなるかもしれません。

 このように、判決は今後のテクノロジーとクリエイティブ業界の力関係を大きく左右する可能性があるのです。

まとめ

 本稿では、AP通信の報道を基に、Getty ImagesとStability AIの間で争われている著作権裁判について解説しました。

 この裁判は、高品質なストックフォトという「人間の創造物」を扱う企業と、その創造物を学習して新たな画像を生成する「AI」を開発する企業との、まさに現代を象徴する対立です。

 争点となっているのは、AIが学習のために著作物を利用することが、イノベーションのために許される「フェアユース/フェアディーリング」の範囲内なのか、それともクリエイターの権利を侵害する「不正利用」なのか、という点です。 英国の裁判所が下す判断は、同様の問題を抱える米国や、AIと著作権の議論が活発化している日本を含む世界中の国々のルール作りに大きな影響を与えることは間違いありません。新しいテクノロジーと社会がどのように共存していくべきか。この裁判は、私たちにその根本的な問いを投げかけています。今後の判決の行方を、注意深く見守っていく必要があるでしょう。

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