はじめに
Googleの革新的なプロジェクトを手がける「Google X」で最高事業責任者を務めたモ・ガウダット(Mo Gawdat)氏が「AIが新しい仕事を生み出すという考えは100%くだらない」と断言し、専門職や経営層であるCEOさえも例外ではないと警告しています。
彼の発言の真意はどこにあるのでしょうか。本稿では、人工知能(AI)が私たちの仕事に与える影響について、また、私たちはこの技術の進歩とどう向き合っていくべきなのか、について解説します。
参考記事
- タイトル: Ex-Google exec: The idea that AI will create new jobs is ’100% crap’—even CEOs are at risk of displacement
- 著者: Ashton Jackson
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年8月5日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/08/05/ex-google-exec-the-idea-that-ai-will-create-new-jobs-is-100percent-crap.html
要点
- 元Google X最高事業責任者のモ・ガウダット氏は、AIが新しい雇用を創出するという楽観論は誤りであると主張する。
- AIは単純作業だけでなく、動画編集者、ポッドキャスター、さらには経営幹部(CEO)のような高度な知的労働や専門職さえも代替する可能性がある。
- 同氏が関わるAIスタートアップでは、かつて350人の開発者を要したプロジェクトを、AIの支援によりわずか3人で実現しており、これがAIによる省人化の現実的な証拠である。
- 将来的に、人間より優れた判断を下す汎用人工知能(AGI)が登場すれば、多くのCEOもその職をAIに譲ることになる。
- AIによる大規模な失業時代に備え、政府がすべての国民に定期的に現金を給付するユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)のような新しい社会保障制度が必要になる可能性がある。
- AI技術の発展は、倫理的な利用と規制が伴わなければ、権力欲やエゴによって悪用される危険性をはらんでいる。
詳細解説
「AIが仕事を生む」はなぜ「くだらない」のか?
モ・ガウダット氏の主張は、自身の経験に裏打ちされています。彼が例に挙げた自身のAIスタートアップでは、AIを共同開発者として活用することで、かつては350人規模の開発チームが必要だったアプリ開発を、たった3人の専門家で成し遂げました。
これは、AIが単に既存の作業を効率化するだけでなく、これまで多くの人手を要した知的で創造的なプロセスそのものを代替し始めていることを示しています。産業革命以降、技術革新は古い仕事を奪う一方で新しい仕事を生み出してきましたが、AI、特に生成AI(文章、画像、コードなどを生成するAI)は、これまで人間が担ってきた「考える」領域にまで踏み込んでいます。そのため、過去の技術革新とは異なり、代替される仕事の範囲が広く、新たな雇用の創出が追いつかないのではないか、というのが彼の主張の核心です。
CEOさえも代替される未来―「AGI」の存在
ガウダット氏は、動画編集者やポッドキャスターといったクリエイティブ職だけでなく、企業のトップであるCEOさえもAIに取って代わられると予測しています。この予測の背景には、汎用人工知能(AGI – Artificial General Intelligence)という概念があります。
現在私たちが利用しているAIの多くは、特定のタスクに特化した「特化型AI」です。一方でAGIは、人間のように様々な分野の知識を学習し、未知の問題に対して自ら考えて解決策を導き出すことができる、より汎用的な知能を持つAIを指します。ガウダット氏は、このAGIが実現すれば、データに基づいた客観的で合理的な意思決定において、人間のCEOを凌駕する時が来ると考えているのです。「無能なCEOの多くが取って代わられるだろう」という彼の言葉は、感情や偏見に左右されないAGIの能力を高く評価していることの裏返しと言えます。
悲観論だけではない―AIを「使いこなす」視点
一方で、すべてのリーダーが悲観的な見方をしているわけではありません。億万長者のマーク・キューバン氏や、AIチップの巨人であるNVIDIAのCEO、ジェンセン・フアン氏などは、AIスキルを習得し、ソフトスキル(コミュニケーション能力など)を磨くことが、これからの労働市場で競争優位性を持つ鍵になると主張しています。
実際に、世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート」によると、多くの企業がAI導入による人員削減を計画する一方で、既存の従業員を再教育し、AIと協働できる人材へと育成することにも力を入れています。これは、AIを単なる脅威と捉えるのではなく、生産性を向上させるための強力な「ツール」として活用しようとする動きが広がっていることを示しています。
AIがもたらす社会変革と「ユニバーサル・ベーシック・インカム」
ガウダット氏は、AIによって多くの人々が仕事から解放された社会は、必ずしも暗いものではないとも語っています。彼は、現代人が「人生の目的=仕事」と捉えていることを「資本主義の嘘」と表現し、AI時代には、人々が家族との時間を大切にしたり、趣味や慈善活動に時間を費やしたりと、より人間らしい生き方を取り戻すきっかけになるかもしれないと考えています。
ただし、そのためには、人々が所得を失っても生活できる社会基盤が必要です。そこで彼が提唱するのが、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)です。これは、政府がすべての国民に対し、生活に最低限必要なお金を無条件で定期的に支給する制度です。AIによる生産性の向上で得られた富を社会全体で再分配し、人々の生活を支えるという考え方であり、AI時代における新たなセーフティネットとして議論が活発化しています。
まとめ
本稿では、元Google幹部のモ・ガウダット氏の警告を基に、AIが雇用に与える影響と、それに伴う社会の変化について解説しました。
彼の「AIが仕事を生むは嘘」という言葉は衝撃的ですが、その真意は、私たちがAIという技術の持つ変革の力を正しく理解し、未来に備える必要性を訴えることにあります。AIによって多くの仕事が変化し、一部は消滅する可能性は否定できません。しかし、それは同時に、私たちが「働くこと」の意味を再定義し、より良い社会を構想する機会でもあります。
AIを単なる脅威として恐れるのか、それとも社会を豊かにするツールとして賢く活用するのか。その未来は、技術そのものではなく、私たち人間の選択にかかっています。本稿が、その未来を考える一助となれば幸いです。