はじめに
本稿では、米国CNBCが2025年6月18日に公開した「AI & future of workforce: Andrew Yang on how the technology will impact jobs」というYouTube動画を基に、2020年の米国大統領選挙でユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)を提唱して注目を集めたアンドリュー・ヤン氏が、AIの発展に伴う雇用の未来について解説します。
引用元記事
- タイトル: AI & future of workforce: Andrew Yang on how the technology will impact jobs
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月18日
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=ypicIkaiViM



要点
- AIによる雇用の代替は、専門家の予測をはるかに超える速度で進行しており、これまで安泰とされてきたホワイトカラーの仕事も例外ではない。
- 今回の技術革新は、過去の産業革命のように失われた雇用を補う新たな雇用を十分に生まない、「今回は違う」という深刻な側面を持つ。
- AIがもたらす富は、一部の巨大テック企業に集中する傾向があり、社会全体に還元される仕組みがなければ、経済格差はさらに拡大する。
- この構造的な問題に対する最も有効な解決策として、すべての人々に定期的に現金を給付するユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)が考えられる。
- しかし、現状ではAI開発に対する有効な規制や政治的なリーダーシップが欠如しており、社会的な混乱を招く「無法地帯」化するリスクをはらんでいる。
詳細解説
予測を上回るAIの脅威 – ホワイトカラーも安泰ではない
「AIが仕事を奪う」という話は、以前から議論されてきました。しかし、その多くは工場の作業員やデータ入力といった定型的な業務が中心だと考えられていました。ところが、アンドリュー・ヤン氏は、その変化が私たちの想像をはるかに超える速度と規模で進んでいると警告します。
特に衝撃的なのは、これまで「AI時代に強い」とされてきた専門職、例えばコンピュータ科学を専攻したプログラマーでさえ、就職が困難になっているという現実です。これは、AIが単純作業だけでなく、創造性や専門知識が求められる知的労働の領域にまで進出していることを示しています。エントリーレベル、つまり若手のホワイトカラー職から仕事の機会が失われ始めており、若者がキャリアを築くための「はしご」そのものが取り払われかねない、とヤン氏は深い懸念を示しています。
「今回は違う」 – なぜAIは過去の技術革新と異なるのか
歴史を振り返ると、技術革新は常に一時的な失業を生み出してきました。19世紀の産業革命では、機械の登場に仕事を奪われることを恐れた職人たちが「ラッダイト運動」と呼ばれる機械打ちこわし運動を起こしました。しかし、結果として馬車が自動車に置き換わったように、技術革新は新たな産業と雇用を生み出し、社会全体を豊かにしてきました。
では、なぜヤン氏は「今回は違う」と主張するのでしょうか。それは、AIがこれまでの技術と根本的に異なる性質を持っているからです。AIは、人間の「認知能力」そのものを代替・超越する可能性を秘めています。
例えば、ヤン氏が指摘するアメリカで最も一般的な職業の一つであるトラック運転手は、自動運転技術の進化によって、今後数年でその多くが不要になると予測されています。さらに、AmazonのCEOであるアンディ・ジャシー氏が従業員に「より少ない、精鋭のチームでより多くのことを成し遂げる方法を考え出すべきだ」と語ったように、企業はAIを「人を増やす」のではなく「人を減らし、生産性を上げる」ためのツールとして捉えています。つまり、AIは失われた雇用を補うだけの新しい雇用を生まない可能性が高いのです。
解決策としてのUBIと、その実現への壁
もしAIが多くの仕事を代替し、その富が一部の企業や個人に集中するなら、社会は一体どうなるのでしょうか。この深刻な問いに対し、ヤン氏は明確な解決策を提示します。それがユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)です。
UBIとは、年齢、所得、就労状況にかかわらず、すべての国民に対して政府が定期的にお金を給付する制度です。AIによって生み出された莫大な富を原資とし、それを国民に再分配することで、人々は職を失っても最低限の生活を維持でき、格差の拡大を防ぐことができます。ヤン氏は、これがAI時代における最も現実的で効果的なセーフティネットだと考えています。
しかし、その実現には大きな壁が立ちはだかります。現状では、AIが生み出す利益は、開発元であるごく少数の巨大テック企業に独占されています。そしてヤン氏が指摘するように、政治家たちの多くはこの問題の深刻さを理解しておらず、具体的な議論はほとんど進んでいません。AIの恩恵を受ける企業と、職を失う労働者の間の溝を埋めるには、強力な政治のリーダーシップが不可欠なのです。
規制なき暴走? – AI開発の「無法地帯」化への懸念
技術が社会に与える影響をコントロールするためには、適切なルール、すなわち「規制」が必要です。しかし、AI開発の現場は、ヤン氏の言葉を借りれば「ワイルド・ウエスト(無法地帯)」のような様相を呈しています。
AI開発企業にとって、州ごとに異なる複雑な規制が作られることは悪夢です。そのため彼らは、連邦政府による統一された(そして、できるだけ緩やかな)規制を望むでしょう。しかし、政治家が巨大テック企業の影響力を前にして厳しい規制を導入することに及び腰になれば、事実上、何の歯止めもないまま開発競争だけが加速していくことになります。
興味深いのは、Anthropic社のCEOであるダリオ・アモデイ氏のような企業のトップ自身が「私たちは多くのエントリーレベルのホワイトカラー職を自動化するだろう」と公言し、「もしあなたが政府にいるなら、どうか何か対策をしてください」と発信している点です。これは、企業の責任はあくまで自社の成功であり、社会全体の安定ではないという彼らの立場を明確に示しています。彼らはアクセルを踏み続ける一方で、ブレーキをかける役割を政府や社会に委ねているのです。
まとめ
本稿では、アンドリュー・ヤン氏の警告を基に、AIがもたらす雇用の未来について考察しました。ヤン氏が描く未来は、決して遠いSFの話ではなく、すでに現実のものとなりつつあります。
重要なのは、AIという技術の進歩そのものを否定することではありません。AIがもたらす生産性の向上や豊かさを、いかにして社会全体で公平に分かち合うか。この問いこそが、私たちに突きつけられた本質的な課題です。
UBIのような大胆な社会システムの変革や、技術の暴走を防ぐための賢明なルール作りが、今まさに求められています。この問題を一部の専門家や政治家任せにするのではなく、私たち一人ひとりが当事者として関心を持ち、社会的な議論を深めていくことが、より良い未来を築くための第一歩となるでしょう。