[事例紹介]AIが変えるテニス観戦:全米オープンを支えるテクノロジーの裏側

目次

はじめに

 本稿では、世界最高峰のテニストーナメントの一つである「全米オープン」で、観客の体験をどのようにAIを筆頭とした先端テクノロジーが向上させているかについてIBMの記事をもとに解説します。

参考記事

要点

  • 全米オープンでは、IBMのAIプラットフォーム「watsonx」を活用し、ファンエンゲージメントを高めるための新しいデジタル機能が提供されている。主な機能は、対話型AI「Match Chat」、リアルタイムの勝率予測、AIによる記事要約機能などである。
  • これらの機能は、試合中にリアルタイムで生成される膨大なデータ(1ポイントあたり156データポイント)と、過去20年近くにわたる蓄積データを、大規模言語モデル(LLM)である「IBM Granite」を用いて処理することで実現されている。
  • システムの裏側では、ハイブリッドクラウド環境が採用されており、自動化ツール(Terraform)によって需要の増減に応じたリソースの最適化が行われている。また、コスト管理ツール(Apptio)監視ツール(Instana)を用いることで、安定したサービス提供とコスト効率の両立を実現している。

詳細解説

ファン体験を向上させる具体的なAI機能

 2025年の全米オープンでは、会場に訪れる100万人以上のファンと、アプリやウェブサイトを通じて観戦する1400万人のファンのために、IBMと全米テニス協会(USTA)が連携して開発した複数のAI機能が導入されました。

  • Match Chat(マッチ・チャット)
     これは、ファンが自然な言葉で試合に関する質問を投げかけると、AIが即座に回答してくれる対話型アシスタントです。「今の試合の状況を教えて?」「A選手のブレークポイント成功率は?」といった具体的な質問に対して、膨大なデータから適切な答えを導き出します。これにより、ファンはより深く試合を理解することができます。
  • Live Likelihood to Win(リアルタイム勝率予測)
     試合の進行状況、選手の統計データ、専門家の意見、試合の勢いなどをAIが分析し、リアルタイムで各選手の勝率を予測して表示する機能です。試合展開に応じて刻々と変化する勝率を見ることで、ファンは新たな視点で観戦を楽しむことができます。
  • Key Points(記事要約機能)
     IBMのwatsonxを用いて構築されたこの機能は、数百にのぼる大会関連の記事を、簡潔で分かりやすい3つの箇条書きに要約します。「時間がないけれど概要だけ知りたい」というファンのニーズに応え、より多くの情報に短時間で触れる機会を提供します。

すべてを支えるデータ基盤とAIモデル

 これらの先進的な機能は、膨大なデータの収集と処理なしには実現できません。

  • データ収集
     大会期間中、全17コートで行われるすべてのプレーから、1ポイントあたり156もの異なるデータポイント(ボールの速度、位置など)が収集されます。これに加えて、審判の判定、コートサイドの統計担当者による情報、レーダーデータ、さらには数千ものメディア記事といった、構造化・非構造化データがリアルタイムで集められます。
  • データ基盤「watsonx.data」
     収集された多様なデータは、「watsonx.data」 というハイブリッド・オープンデータレイクハウスに集約されます。これにより、異なる場所に保存されているデータであっても、AIモデルがアクセスしやすい形で一元管理することが可能になります。
  • AIモデル「IBM Granite」
     データ分析の中核を担うのが、IBMの大規模言語モデル(LLM)である「IBM Granite」です。このモデルが700万以上のデータポイントを処理し、Match Chatの回答生成や勝率予測といった高度な分析を実現しています。

Match Chatの舞台裏:連携するAIエージェント

 ユーザーがMatch Chatに質問をすると、その裏側では複数の専門的なAIエージェントが瞬時に連携して回答を生成しています。このプロセスは、わずかミリ秒単位で完了します。

  1. 初期化エージェント:ユーザーからの質問を受け取り、処理の準備を整えます。
  2. ツールエージェント:質問に関連する情報を、12種類のデータフィードから引き出します。
  3. 事実エージェント:集められたデータを、一貫性のある理解しやすい文章に統合します。
  4. 判定エージェント:生成された文章の事実関係、関連性、文体をチェックし、品質を評価します。
  5. 修正エージェント:判定エージェントの指摘に基づき、文章を修正・改善するための指示を生成します。このプロセスは、修正点がなくなるまで繰り返されます。
  6. 回答エージェント:完成した回答をユーザーに表示します。

 このように、複数のエージェントがそれぞれの役割を果たすことで、迅速かつ正確な回答を提供することが可能になっています。

見えないインフラの力:自動化とコスト最適化

 大会期間中、特に人気選手の試合では、アプリへのアクセスが急増します。このようなトラフィックの急激な変動に対応し、安定したサービスを提供するため、インフラの裏側では以下の技術が活用されています。

  • 自動化によるリソース管理(OpenShift と Terraform)
     アプリケーションの基盤には、コンテナ管理プラットフォームである「OpenShift」が使われています。そして、インフラ自動化ツール「Terraform」を組み合わせることで、アクセス数に応じて必要なコンピュータリソース(CPUやメモリ)を自動的に増減させる仕組みを構築しています。これにより、アクセスが少ない時間帯はリソースを縮小してコストを抑え、ピーク時にはリソースを拡大して快適な利用環境を維持することができます。記事の中では「誰もいない部屋の電気を消す」と表現されており、効率的な運用に不可欠な技術です。
  • コスト監視(Apptio)とパフォーマンス監視(Instana)
     「Apptio」は、クラウドの利用状況を分析し、無駄なコストが発生していないかを特定するツールです。また、「Instana」は、アプリケーションのパフォーマンスを1秒ごとに監視し、問題が発生する前にその兆候を検知してくれます。これらのツールを組み合わせることで、コストを最適化しつつ、ファンがストレスを感じることのないサービスレベルを維持しています。

まとめ

 本稿では、全米オープンで導入されているAIとクラウド技術について解説しました。

 対話型AIやリアルタイム勝率予測といったファン向けの機能は、膨大なデータを処理する高度なAIモデルによって支えられています。そしてその裏側では、需要に応じてリソースを自動的に調整し、コストとパフォーマンスを最適化するインフラ技術が、安定したサービス提供を可能にしています。

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