はじめに
近年、AI(人工知能)の進化は目覚ましく、私たちの働き方に大きな変化をもたらす可能性が指摘されています。特に、AIが人間の仕事を奪うのではないかという懸念は、多くのビジネスパーソンにとって関心の高いテーマでしょう。
本稿では、Eコマースプラットフォーム大手のShopifyのCEO、Tobias Lutke氏が従業員に送ったメモが話題となったことをとりあげたFortune誌の記事「Shopify is saying the quiet part out loud: AI will replace new hiring—other CEOs just won’t admit it」から、AIが新規雇用に与える影響と、私たちがこれからどのように向き合っていくべきかについて解説します。
引用元:
- タイトル: Shopify is saying the quiet part out loud: AI will replace new hiring—other CEOs just won’t admit it
- 発行日: 2025年4月10
- URL: https://fortune.com/2025/04/10/shopify-ceo-ai-will-kill-jobs-other-ceos-just-wont-admit-it/
要点
- ShopifyのCEOは、新たな人員増強を要求する前に、AIで代替できない理由を説明するよう従業員に求めるメモを送りました。
- これはAIが新規雇用を代替し始める時代の到来を示唆しており、他のCEOが公言しない「暗黙の了解」をShopifyが口にしたものだと指摘しています。
- FiverrのCEOも同様に、AIによる効率化を優先し、安易な増員を避けるべきとの考えを示しています。
- 多くの知識労働者はまだAIツールを十分に活用しておらず、その変化への備えが社会全体で必要だと懸念が示されています。
- AIと人間が「平和的に共存する」だけではなく、企業が必要とする人間の数は減っていく可能性があり、この現実についてもっと議論する必要があると筆者は主張しています。
詳細解説
ShopifyのCEO、Tobias Lutke氏が8,000人以上の従業員に向けて送った内部メモが、SNS上で大きな話題となりました。そのメモの中心的な内容は、従業員に対してAIを効果的かつ頻繁に活用することを求めるものでしたが、特に注目を集めたのは「チームは、人員やリソースの増強を求める前に、なぜAIを使って目的を達成できないのかを証明しなければならない」という一文でした。
引用元の記事の筆者であるSharon Goldman氏は、この発言を重く受け止めています。今日のAIモデルやツールが、すぐに知識労働の仕事を完全に置き換えたり、短期から中期的に大量解雇を引き起こしたりするとは考えていないかもしれません。生成AIを、単に賢く信頼できるアシスタントと見なす人もいるでしょう。しかし筆者は、Shopifyの発言は「暗黙の了解(saying the quiet part out loud)」であり、私たちはAIファーストの時代に向かっており、新たに人間を採用する際には、デジタルな「従業員」(つまりAI)と比較してその価値を証明する必要が出てくるだろうと考えています。筆者は、知識産業においてAIがすでに新規採用を代替し始めていることは間違いないとしつつも、ほとんどのCEOがそれを公には認めようとしない現状を指摘します。
筆者は、CEOたちがこの現状について沈黙していることに強い懸念を示しています。従業員や一般市民が、急速に迫りくる変化に対して備えられていないのではないか、と。労働者がAIツールをまだ十分に、そして正しい方法で活用できておらず、自身の役割、部署、会社がどのように変わっていくのかを理解していないのではないか。さらに、社会全体として、適切なコミュニケーション、スキルアップ支援、そして経済的・精神的なサポート体制といった、変化がもたらす結果に対応する準備ができていないのではないかと危惧しています。
一方で、従業員も現状を理解していないわけではありません。例えば、イーロン・マスク氏がX社(旧Twitter)で効率化の名の下に数千人を解雇したことや、米国政府が生産性向上と連邦職員の規模縮小のためにAIを活用しようとしていることは周知の事実です。AIツールが人間の仕事をすべて完璧にこなせるわけではなく、間違いを犯すことがあったとしても、企業が「ジュニアレベルのチームメンバーを雇う必要性をなくすには十分だ」と判断する可能性は、多くの人が認識し始めています。CEOたちは取締役会、投資家、株主から成長と収益を達成するようプレッシャーを受けており、特にテクノロジー業界では、無駄がなくAIによって強化された組織を構築せざるを得なくなる可能性が高いのです。
フリーランスサービスのオンラインマーケットプレイスであるFiverrのCEO、Micha Kaufman氏も、同様のメッセージを従業員に送っています。彼は、新たな雇用やチーム拡大を期待するのではなく、AIを通じて効率を高めるよう促しました。彼の言葉はShopifyのCEOより少し穏やかですが、本質は同じです。「我々が持っているものでより多くをこなす方法を学ぶ前に、より多くの人を雇うことは理にかなっていない」と述べ、「AIはあなたの仕事を奪いに来ている。私の仕事もだ。これは警鐘だ」と、厳しい現実を率直に伝えました(Radical Candor:相手への配慮から、厳しいことも率直に伝えること)。Kaufman氏は、多くのCEOとの対話を通じて、これが共通認識になりつつあると感じており、テクノロジー業界での解雇の波と、既存の従業員に対するより高いパフォーマンスへの期待が訪れるだろうと考えています。
筆者自身もChatGPTなどのAIツールを日常的に利用しており、見出しの調整、ニュース記事の要約、類語辞典としての活用、リサーチなど、あらゆる場面で不可欠な存在になっていると述べています。こうした経験から、AIツールが企業の人的資源に与える影響は、まだ始まったばかりだと実感しているのです。
しかし、2024年10月に行われたPew Researchの調査によると、アメリカの労働者の55%がChatGPTのようなAIチャットボットを仕事でほとんど、あるいは全く使っていないと回答し、さらに29%はこれらのツールのことを聞いたこともないと答えています。この数字は過去半年で変化している可能性もありますが、知識労働者の間でもAIの活用はまだ限定的であることがうかがえます。
Workday社のCEO、Carl Eschenbach氏が最近語ったように、AIが人間と「平和的に共存する」未来だけを期待するのは楽観的すぎるかもしれません。筆者は、AIは一部の知識労働者と共存するかもしれないが、企業が現在と同じ数の人間を必要としなくなることは確かだと主張します。私たちは、次に何が起こるのかについて、もっとオープンに議論する必要があるのです。
まとめ
ShopifyのCEOの発言は、AIが単なる効率化ツールに留まらず、新規雇用の方針そのものを変えうるという、多くの企業が内心では認識しつつも公言してこなかった現実を浮き彫りにしました。AI技術の進化は、特に知識労働の分野において、人間の採用基準や組織のあり方に大きな影響を与え始めています。 AIが既存の従業員をすぐに置き換えるわけではないかもしれませんが、企業が新たな人材を採用する際に「まずAIで代替できないか」を検討するのが当たり前になる時代は、すぐそこまで来ているのかもしれません。私たち一人ひとりがAIの能力と限界を正しく理解し、自身のスキルを見直し、変化に対応していく準備を進めることが、これまで以上に重要になっています。また、社会全体としても、この変化に伴う課題について、オープンな議論と具体的な対策を進めていく必要があります。
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