はじめに
本稿では、エンターテイメント業界の巨人であるディズニーとユニバーサルが、人気の画像生成AI「Midjourney」を著作権侵害で提訴したというニュースについて、BBC Newsの「Disney and Universal sue AI firm Midjourney over images」という記事を基に解説します。
引用元記事
- タイトル: Disney and Universal sue AI firm Midjourney over images
- 発行元: BBC News
- 発行日: 2024年6月12日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/cg5vjqdm1ypo




要点
- ディズニーとユニバーサル・スタジオは、画像生成AI企業Midjourneyを著作権侵害で提訴した。
- 訴訟の理由は、Midjourneyが『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーや『アナと雪の女王』のエルサといった、自社が著作権を持つ有名キャラクターの画像を無断で複製し、利益を得ていることである。
- 本件の最大の争点は、AIによる画像生成が、著作権法で保護されるべき創造的な変容を伴う「フェアユース(公正な利用)」に該当するかどうかである。
- この訴訟は、AI技術の活用を目指すエンタメ業界が直面する、知的財産の保護という大きな課題を浮き彫りにしている。
詳細解説
誰が、なぜ?訴訟の概要
今回、訴訟を起こしたのは、世界中の誰もが知るキャラクターを多数抱えるディズニーとユニバーサル・スタジオです。そして訴えられたのは、簡単な文章(プロンプト)を入力するだけで、プロ並みの高品質な画像を生成できるAIサービス「Midjourney」です。
ディズニー側の主張は非常に明確です。MidjourneyのAIは、ディズニーやユニバーサルが著作権を持つキャラクターたちを「数え切れないほど」コピーしており、その行為は「盗作の底なし沼」であると厳しく非難しています。実際に訴状では、Midjourneyが生成したヨーダやスパイダーマン、ハルクといったキャラクターの画像が証拠として提出されています。
ディズニーは、AIが創造性を促進するツールになり得ることには肯定的です。しかし、ディズニーの最高法務責任者が語るように、「海賊版は海賊版であり、AI企業が行ったからといって侵害でなくなるわけではない」というのが彼らの一貫した立場です。
争点は何か? – AI時代の著作権と「フェアユース」
この訴訟を理解するためには、まず「画像生成AIの仕組み」と「著作権」、そしてアメリカの法律における「フェアユース」という考え方を知る必要があります。
画像生成AIはどのように絵を描くのか?
Midjourneyのような画像生成AIは、インターネット上にある膨大な数の画像と、それに関連するテキスト情報を「学習」します。この学習データの中には、当然ながらディズニーキャラクターのような著作権で保護された画像も含まれていると考えられています。
AIは、この学習データを基に、特定の画風やキャラクターの特徴を統計的に理解します。そして、ユーザーが「ダース・ベイダーが東京の街を歩いている」といったプロンプトを入力すると、学習した特徴を組み合わせて、全く新しい画像を生成するのです。問題は、この生成された画像が元のキャラクターに酷似している場合、法的に「複製」と見なされるかどうかです。
技術的な論点:それは「模倣」か「創造」か
AIが画像を生成するプロセスは、人間が絵を描くプロセスとは全く異なります。例えば「拡散モデル(Diffusion Model)」と呼ばれる主流の技術では、まずランダムなノイズ画像を用意し、そこから学習したデータに基づいて徐々にノイズを取り除き、意味のある画像へと変化させていきます。
AI擁護派は、このプロセスを「膨大なデータから着想を得て新しいものを生み出す、人間と似た創造的行為だ」と主張します。一方で、今回のディズニーのように権利を主張する側は、「結局は元となる著作物を無断で利用した電子的なコラージュに過ぎない」と反論するわけです。
最大の争点:「フェアユース(公正な利用)」は認められるか?
今回の訴訟で、おそらくMidjourney側が主張の核に据えるのが、アメリカの著作権法における「フェアユース」という概念です。これは、特定の目的(批評、報道、研究、教育など)のためであれば、著作権者の許可なく著作物を利用できるという例外規定です。
フェアユースが認められるかどうかは、主に以下の4つの要素を総合的に判断して決まります。
- 利用の目的と性格(商業的か、非営利的か、元の作品を新しい意味やメッセージを持つものに変容させているか)
- 著作物の性質(事実に基づくものか、創造性の高いものか)
- 利用された部分の量と実質性(作品全体に対して利用した部分の割合)
- 利用が著作物の潜在的市場や価値に与える影響
ディズニー側は、Midjourneyが年間3億ドルもの収益を上げる商業サービスであり、生成される画像も元キャラクターの魅力をそのまま利用しているだけで「変容的」ではないと主張するでしょう。さらに、公式のグッズやアートの市場を奪う可能性があるため、市場への悪影響も大きいと訴えるはずです。
一方でMidjourney側は、ユーザーのプロンプトによって全く新しい文脈や表現が生み出されており、これは創造的な「変容的利用」にあたると反論することが予想されます。今後の裁判では、このフェアユースを巡る解釈が最大の焦点となります。
ハリウッドのジレンマ – AIは敵か、味方か
本件が興味深いのは、訴訟を起こしたハリウッド自身が、AI技術の活用に非常に積極的であるという点です。記事でも触れられているように、つい2年前には俳優や脚本家がAIから仕事を奪われないための保護を求めて大規模なストライキを行いました。
しかしその一方で、映画製作の現場では、AIによる音声の変更や、俳優を若返らせる「デエイジング」技術などがすでに広く使われています。つまり、エンタメ業界にとってAIは、コスト削減や新たな表現を可能にする「味方」であると同時に、自らの知的財産を脅かす「敵」にもなり得る、諸刃の剣なのです。
だからこそ今回の訴訟は、単なる一企業間の争いではなく、クリエイティブ産業全体がAIという強力なテクノロジーとどのように共存していくべきか、そのルール作りを司法に問う重要な一歩と言えるでしょう。
まとめ
本稿では、ディズニーとユニバーサルが画像生成AIのMidjourneyを提訴した件について、その背景と法的な争点を解説しました。この訴訟は、AIが生成したコンテンツの著作権上の扱いという、現代社会が直面する新しい課題を象徴しています。 AIが学習データとして著作物を利用することは許されるのか。そして、AIが生み出したものは「創造」なのか、それとも「盗作」なのか。最大の争点である「フェアユース」を巡る司法の判断は、今後のAI技術の発展とクリエイターの権利保護のバランスを占う、極めて重要な試金石となります。この問題は、もちろん日本のコンテンツ産業やクリエイターにとっても決して他人事ではありません。今後の動向を注意深く見守る必要があるでしょう。