はじめに
Axiosが2025年12月20日に報じたところによると、AI生成のゴスペル歌手「Solomon Ray」が、Billboard gospelデジタルソング販売チャートとApple Music Christianソングリストで1位を獲得しました。本稿では、この出来事の詳細と、音楽業界で起きている本物性(authenticity)、人種、信仰、文化的盗用をめぐる議論について解説します。
参考記事
- タイトル: Synthetic soul: AI-generated gospel singer tops Christian chart
- 著者: Russell Contreras, Delano Massey
- 発行元: Axios
- 発行日: 2025年12月20日
- URL: https://www.axios.com/2025/12/20/synthetic-soul-ai-gospel-singer-solomon-ray
要点
- AI生成のゴスペル歌手Solomon RayがBillboard gospelデジタルソング販売チャートとApple Music Christianソングリストで1位を獲得した
- 制作者はミシシッピ在住のMAGAラッパーで保守派活動家のChristopher “Topher” Townsendであり、生成AIツールを使用して声、ペルソナ、歌詞、プロダクションを構築した
- Solomon Rayは各プラットフォームで700万ストリームを超え、YouTubeでは100万再生以上を記録している
- カントリー音楽でもAI生成アーティストBreaking RustとCain Walkerがチャート上位にランクインしている
- 専門家からは文化的盗用、本物性の欠如、デジタルブラックフェイスといった倫理的・文化的課題が指摘されている
詳細解説
Solomon Rayのチャート成功
Axiosによれば、Solomon Rayは先月、Billboard gospelデジタルソング販売チャートとApple Music Christianソングリストで1位を獲得しました。アーティストのInstagramアカウントによると、Solomon Rayは各種プラットフォームで700万ストリームを超えており、YouTubeアカウントでも100万再生以上を記録しています。
このチャート成功は、AI生成の黒人Christian音楽アーティストが主要なストリーミングチャートで成功を収めた初めてのケースの一つとされています。ストリーミングプラットフォームでの成功は、リスナーの実際の視聴行動を反映する指標であり、AI生成アーティストが単なる話題性を超えて、実際のリスナー層を獲得していることを示していると考えられます。
制作者Christopher Townsendの背景と意図
Axiosによれば、Solomon Rayの制作者は、ミシシッピ在住のMAGAラッパー、保守派活動家、元空軍暗号解析官のChristopher “Topher” Townsendです。Townsend自身も黒人であり、今年初めにSolomon Rayプロジェクトを立ち上げ、生成AIツールを使用して歌手の声、ペルソナ、歌詞、プロダクションを構築しました。
TownsendはSolomon RayのInstagramアカウントを通じてAxiosに対し、「リスナーから何千ものメッセージを受け取り、彼らは見られ、慰められ、精神的に高揚されたと感じている」と述べています。また、「私の意図は常に高揚させることであり、置き換えることではない。ゴスペル音楽の豊かさに加えることであり、その遺産から減らすことではない」とし、ゴスペル音楽は「それを崇拝し、尊重し、誠実にアプローチするすべての人のもの」であり、Solomon Rayは「音楽プロジェクトであり、政治的な操り人形ではない」と主張しています。
生成AIツールを使った音楽制作は、近年急速に進化しており、専門的な音楽制作スキルがなくても高品質な楽曲を生成できるようになっています。ただし、こうした技術的な容易さが、文化的・倫理的な課題を引き起こす可能性があることも、議論の中心となっています。
カントリー音楽でも進むAI生成アーティストの台頭
Solomon Rayのチャート成功は、カントリー音楽でも同様の現象が起きている中で発生しました。Axiosによれば、AI生成アーティストBreaking RustとCain Walkerもチャート上位にランクインしています。Breaking Rustは先月、シングル「Walk My Walk」でBillboard countryデジタルソング販売チャートで1位を獲得し、Cain Walkerの「Don’t Tread On Me」は同チャートで3位となりました。
この動きは、AI生成音楽が特定のジャンルに限定されず、複数の音楽ジャンルで商業的成功を収め始めていることを示しています。従来、ゴスペルやカントリー音楽は、アーティストの個人的な物語や真正性が重視されるジャンルとされてきましたが、AI生成アーティストの成功は、こうした前提に対する挑戦とも受け取られています。
技術的側面からの専門家の見解
Cornell Tech大学のデジタル・情報法教授であるJames GrimmelmannはAxiosに対し、「完全なバーチャルパフォーマーを持つことができます。ディープフェイク動画、AI音声。ゼロからアーティスト全体を構築できるため、不安を感じます」と述べています。また、「かつて何週間もの制作と何百万ドルもの費用を必要としたものが、今ではノートパソコンで生成でき、リアルタイムで更新できます」と指摘しています。
Grimmelmannは、AI音楽が、訓練データから疎外されたマイノリティグループに関する困難な文化的問題も提起していると述べています。AI音楽生成モデルの訓練データには、特定の文化的背景を持つ音楽が十分に含まれていない可能性があり、その結果、文化的な偏りや不正確な表現が生じるリスクがあると考えられます。
文化的・倫理的側面からの懸念
ボストンに拠点を置く教会コンサルティング会社Hope Groupの創設者であるChris Hope牧師はAxiosに対し、教会は音楽でシンセサイザーや電子機器を使用してきており、AIはその延長線上にあるとしながらも、「人間の物語や人間の精神を代替すべきではない。AIアーティストが存在することは気にしないが、その違いを忘れることが気になる」と述べています。
Hope牧師は、黒人ゴスペル音楽は実在の人々からの証言の伝統に根ざしていると指摘し、「一度も生まれたことがない場合、どうやって再び生まれることができるのか。本物の証人がいない場合、あなたは本当に何を聞いているのか」と問いかけています。この指摘は、ゴスペル音楽が単なる音楽形式ではなく、個人的な信仰体験の表現という側面を持つことを強調しています。
Baylor大学のジャーナリズム教授で、デジタルブラックフェイスに関する本を執筆中のMia Moody-RamirezはAxiosに対し、AI音楽は黒人を搾取し商品化し金銭を得るもう一つの方法であると述べています。デジタルブラックフェイスは、非黒人ユーザーがオンラインで黒人を搾取し、しばしばステレオタイプに依存する行為を指します。
Moody-Ramirezは、記録がなければ、大量の不適切なAI生成コンテンツが社会が完全に直面する前に消失する可能性があると警告しています。この懸念は、AI生成コンテンツの一時性と、文化的影響の長期的な記録の難しさを示唆していると思います。
まとめ
AI生成のゴスペル歌手Solomon RayのChristian音楽チャートでの成功は、AI音楽生成技術の進歩を示すと同時に、本物性、文化的盗用、デジタルブラックフェイスといった重要な倫理的・文化的課題を浮き彫りにしています。技術的には誰でも高品質な音楽を生成できる時代になりましたが、文化的遺産や信仰の真正性をどう守るかという問いは、今後も音楽業界と社会全体が向き合っていく必要があると考えられます。
