はじめに
本稿では、開発の現場で直面するコンプライアンス対応のプロセスを、AIツールを用いてどのように効率化できるかについて、具体的な事例をもとに解説します。GitHubが2025年10月2日に公式ブログで報じた、GitHub Copilotを活用してアクセシビリティ準拠のための修正ワークフローをわずか5時間で自動化した事例を取り上げます。
参考記事
- 発行元: GitHub Blog
- 発行日: 2025年10月2日
- タイトル: How we automated accessibility compliance in five hours with GitHub Copilot
- URL: https://github.blog/ai-and-ml/github-copilot/how-we-automated-accessibility-compliance-in-five-hours-with-github-copilot/
要点
- GitHubは、ウェブアクセシビリティの評点が基準値を下回った際の修正プロセスを手動で行っており、対応の遅れや非効率性が課題であった。
- この手動プロセスを自動化するため、GitHub Copilotを活用し、わずか5時間でプロトタイプを開発した。
- 自動化されたワークフローは、評点低下の検知、GitHub Issueの自動作成・更新・クローズ、担当者の同期などを一貫して行う。
- 開発は、専門家が自然言語で要件を伝え、Copilotがコードを生成・修正するという反復的な対話形式で進められた。
- 結果として、修正対応の速度と可視性が向上し、ガバナンス担当やエンジニアはより価値の高い業務に集中できるようになった。
詳細解説
従来の課題:非効率な手動でのアクセシビリティ対応
GitHubでは、自社が提供する各サービスに対して、ウェブアクセシビリティの評価を週次で行っています。ウェブアクセシビリティとは、年齢や身体的な条件にかかわらず、誰もがウェブサイトやツールを問題なく利用できるようにするための品質基準のことです。
従来、この評価でサービスの評点が基準値を下回った場合、以下のプロセスはすべて手動で行われていました。
- 担当者がレポートを確認する。
- 該当するリポジトリに手動でGitHub Issue(課題管理チケット)を作成する。
- 適切な担当者を推測して割り当てる。
- 別の管理ツールで進捗を追い、経営層へ報告する。
このプロセスには、「対応の遅れ」「担当者の割り当てが不正確」「進捗追跡の負担が大きい」といった問題があり、スケールしないことが大きな課題でした。
解決策:GitHub Copilotによるワークフローの自動化
この課題を解決するために、GitHubはGitHub Copilotを用いて一連のワークフローを自動化するアプローチを選択しました。GitHub Copilotは、AIがコードの提案や生成を行う開発支援ツールです。
新たに構築されたワークフローは、以下のように動作します。
- Issueの自動作成・更新: サービスのアクセシビリティ評点が基準値を下回ると、自動でリポジトリにIssueを作成します。問題が継続している場合は、最新の評点データを既存のIssueに追記します。
- 情報の一元管理: 関連する顧客管理(CRM)ボードとIssueを相互にリンクさせ、情報を一元化します。
- Issueの自動クローズ: サービスの評点が基準値まで回復すれば、関連するIssueを自動でクローズします。
- 関係者への通知: 関係者へのメンションを自動で行い、透明性を確保します。
開発の舞台裏:Copilotとの「対話」による高速プロトタイピング
この自動化ツールの開発で特に注目すべきは、その開発プロセスです。従来であれば、要件定義、バックログへの追加、エンジニアのリソース確保、数回のスプリント開発といったステップを踏むため、完成までに数週間以上かかっていました。
しかし今回は、GitHub Copilotと対話するように、わずか5〜6時間でプロトタイプを完成させました。具体的な開発サイクルは以下の通りです。
- ルールの言語化: 「問題が継続している場合は、既存のIssueを更新する」といったルールを、まず平易な言葉で定義します。
- Copilotによるコード生成: そのルールをCopilotに伝え、コードの雛形作成や修正を依頼します。
- 小規模なテスト: 少量のテストデータを用いて、意図した通りにロジックが機能するかをローカル環境で確認します。
- 出力の確認と改善: 作成されたIssueのタイトルやラベルなどを確認し、Copilotへの指示(プロンプト)を修正して精度を高めます。
- 安全装置の追加: 同じIssueが重複して作成されるのを防ぐべき等性(idempotency)の確保や、評点のわずかな変動でIssueが閉じたり開いたりを繰り返さないための仕組みを追加します。
- 回帰テストと次のサイクルへ: 新たな修正が既存の動作を壊していないかを確認し、次のルールの実装に移ります。
この反復的な開発により、専門家が直接、迅速にツールを形にすることができました。特に「べき等性」のような専門的な概念も、ガードレールとして追加することで、ツールの安定性を高めています。これは、同じ操作を何度繰り返しても結果が常に一貫する性質を指し、自動化システムにおいて非常に重要な考え方です。
導入効果:プロセス自動化がもたらした2つのインパクト
この取り組みがもたらした効果は、単なる業務効率化に以上のものがあったと報告されています。
A) ワークフロー自体の改善
- 迅速な対応: 問題発生後、手動での triage を待つことなく即座にIssueが作成され、サービス担当者はすぐに対応に着手できます。
- 可視性の向上: 担当者や進捗状況がIssueに集約され、経営層も正確な状況をいつでも把握できるようになりました。
- ノイズの削減: 重複したIssueや古い通知がなくなり、チームは本質的な問題に集中できます。
- ガバナンスの強化: 担当者は単純な追跡作業から解放され、システム全体に見られるアクセシビリティの傾向分析といった、より価値の高い業務に時間を割けるようになりました。
B) 開発プロセスの変革
- 専門家によるプロトタイピング: アクセシビリティの専門家が自らプロトタイプを構築したことで、エンジニアは本来の重要な開発業務に集中できました。
- エンジニアの負担軽減: エンジニアの協力は、セキュリティや大規模展開への対応といった、より専門的な領域に限定され、開発全体の効率が向上しました。
- 再利用可能なパターンの確立: この成功事例は、他のコンプライアンスやガバナンス関連ツールを開発する際の、再現可能なモデルケースとなりました。
まとめ
本稿で紹介したGitHubの事例は、GitHub CopilotのようなAI開発支援ツールが、内部向けのコンプライアンス対応や業務プロセスの自動化において強力な手段となることを示しています。
最も重要な点は、AIとの対話的なアプローチを通じて、従来はエンジニアに依頼する必要があったツールのプロトタイプを、その業務を最もよく知る専門家自身がわずか数時間で構築できたという事実です。これは、今後の社内ツール開発や業務改善のあり方を大きく変える可能性を秘めています。また、その結果エンジニアはセキュリティや大規模展開などへ対応することができ、より製品の安全性も高まっています。
この事例は、適切にツールを用いることで、開発の速度と質の両方を向上できることを示す好例と言えるでしょう。