はじめに
近年、人工知能(AI)技術は目覚ましい発展を遂げ、私たちの生活や仕事に急速に浸透しつつあります。その一方で、AIが社会に与える影響については、期待だけでなく多くの懸念も指摘されています。本稿では、ロイター社が2025年8月21日に報じた記事「Americans fear AI permanently displacing workers, Reuters/Ipsos poll finds」を基に、AIに対するアメリカ国民の意識調査の結果を詳しく解説していきます。
参考記事
- タイトル: Americans fear AI permanently displacing workers, Reuters/Ipsos poll finds
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年8月21日
- URL: https://www.reuters.com/world/us/americans-fear-ai-permanently-displacing-workers-reutersipsos-poll-finds-2025-08-19/
要点
- ロイター/イプソスが実施した世論調査により、アメリカ国民の多くがAIに対して強い懸念を抱いていることが明らかになった。
- 主な懸念点は、恒久的な失業、政治的混乱への悪用、軍事利用、そして大量の電力消費の4点である。
- 特に、回答者の7割以上が「恒久的な失業」と「政治的混乱への悪用」を懸念している。
- これらの懸念は、AI技術が仕事や産業、日常生活を大きく変えつつある現状を反映したものである。
詳細解説
調査の背景:ChatGPTの登場とAIの急速な普及
今回の調査で示された人々の懸念を理解するためには、近年のAI技術の動向を把握しておく必要があります。大きな転換点となったのは、2022年末にOpenAI社が対話型AI「ChatGPT」を公開したことです。人間のように自然な文章を生成する能力は世界中に衝撃を与え、AIは専門家だけのものではなく、一般の人々にとっても身近な技術となりました。
これをきっかけに、Meta社(旧Facebook)やGoogle社、Microsoft社といった巨大IT企業が次々と独自のAI製品を発表し、開発競争は激化しています。AIは今や、私たちの仕事や産業、そして日々の生活そのものを再構築し始めており、その中で人々の不安が高まっているのです。
最大の懸念「恒久的な失業」
今回の調査で最も大きな懸念として浮かび上がったのが、雇用に関する問題です。回答者の71%が「AIによって恒久的に多くの人々が職を失う」ことを懸念していると回答しました。
ここで重要なのは、「恒久的」という点です。これまでの技術革新、例えば産業革命やインターネットの登場の際も、一部の仕事が機械に置き換わることはありました。しかし、それと同時に新しい産業や職業が生まれ、労働者は新しいスキルを身につけることで対応してきました。
しかし、AIがもたらす変化は、そのスピードと範囲において過去の技術革新とは質が異なると考えられています。知的労働や創造的な業務さえも代替可能とされるAIの能力は、「新しい仕事が生まれるペースよりも、AIに仕事が奪われるペースの方が速いのではないか」「人間が就ける仕事そのものが無くなってしまうのではないか」という、より根源的な不安を生み出しているのです。記事によると、調査時点でのアメリカの失業率は4.2%と低い水準にありますが、多くの人々が現在の安定とは裏腹に、AIがもたらす未来の雇用環境に強い不安を感じていることがわかります。
社会への影響:政治的混乱と軍事利用への不安
AIへの懸念は、経済的な側面に留まりません。社会の安定を揺るがしかねないリスクについても、強い警戒感が示されています。
一つは、政治的な混乱への悪用で、実に77%もの人々が懸念を示しています。近年、「ディープフェイク」と呼ばれる、AIを用いて人物の映像や音声を本物そっくりに作り替える技術が問題視されています。このような技術が悪用されれば、特定の政治家が言ってもいないことを発言しているかのような偽の動画が作られ、選挙期間中に拡散されるといった事態が起こりかねません。これは民主主義の根幹を揺るがす深刻な脅威であり、多くの人々がその危険性を認識していることを調査結果は示しています。
また、軍事分野でのAI利用についても、48%が反対(賛成は24%)しており、慎重な意見が多数を占めました。現在、AIが自律的にターゲットを判断し攻撃を行う「自律型致死兵器システム(LAWS)」の開発が世界的に議論されています。人間の介在なしに、AIが生死の判断を下すことへの倫理的な抵抗感は非常に強く、軍事利用に対する人々の深い憂慮が表れています。
見過ごされがちな問題:AIと電力消費
さらに、本調査では61%の人がAIの運用に必要な電力の量に懸念を示していることも明らかになりました。これは、AIの社会的な影響だけでなく、環境への影響にも人々の関心が向いていることを示しています。
高性能なAIモデルの学習や運用には、膨大な計算能力を持つデータセンターが必要不可欠です。そして、そのデータセンターは莫大な電力を消費します。AI技術の利用が拡大すればするほど、世界の電力需要は増加し、気候変動対策やエネルギー安全保障の観点から大きな課題となる可能性があります。この問題はこれまであまり注目されてきませんでしたが、着実に人々の意識にのぼり始めているようです。
まとめ
本稿で紹介したロイター/イプソスの世論調査は、AI技術の発展を手放しで歓迎するのではなく、その負の側面を冷静に見つめるアメリカ国民の姿を浮き彫りにしました。恒久的な失業への不安、政治的・軍事的な悪用への警戒、そして環境への影響。これらは、AIという強力な技術と社会がどう向き合っていくべきかという、私たち全員に突きつけられた重要な問いです。
この調査結果はアメリカ国民を対象としたものですが、日本にとっても決して他人事ではありません。AIの導入を社会として進めていく上で、技術開発と並行して、雇用のセーフティネットの構築、偽情報対策、倫理的なガイドラインの策定といった社会的な議論を深めていくことが不可欠です。AIがもたらす未来をより良いものにするためには、私たち一人ひとりがその光と影の両面に関心を持ち、考えていく姿勢が求められています。