[レポート解説]AIは仕事を奪うのか?ゴールドマン・サックスのレポートから読み解く未来の雇用

目次

はじめに

 人工知能(AI)の進化に関するニュースを目にしない日はないほど、私たちの社会にAIは急速に浸透しつつあります。それに伴い、「AIに仕事を奪われるのではないか」という不安の声も多く聞かれます。果たして、AIは本当に人間の仕事を脅かす存在なのでしょうか。

 本稿では、世界的な金融機関であるゴールドマン・サックスが2025年8月13日に公開したレポート「How Will AI Affect the Global Workforce?」をもとに、AIが世界の労働力、特に雇用に与える影響について解説していきます。

参考記事

要点

  • AIによる雇用への影響は一時的であり、長期的な大規模失業には至らない
  • アメリカ労働力の6~7%がAI導入により影響を受けるが、失業率の上昇は0.5ポイント程度で2年後には解消される
  • 現在のAI導入率は低く(生産現場での利用は9.3%のみ)、実際の労働市場への影響は限定的
  • 20~30歳の若いテクノロジー労働者の失業率が3ポイント上昇しており、早期の影響が顕在化
  • コンピュータプログラマー、会計士、顧客サービス代表などが高リスク職種として特定される
  • 生産性向上効果により新たな雇用機会が創出されるため、雇用の純減少は避けられる見通し

詳細解説

AIが労働市場に与える影響のメカニズム

 ゴールドマン・サックスの研究では、AIが労働市場に与える影響について2つの主要なシナリオを検討しています。

 第一のシナリオは、AIの能力が向上し、多くの生産活動において人間の投入が不要になることで構造的失業が発生するというものです。しかし、研究チームはこの可能性を否定的に捉えています。理由として、技術変化は新たな職業への需要を押し上げる傾向があることを挙げています。実際、現在アメリカで働く人々の約60%は、1940年には存在しなかった職業に従事しており、この85%以上が技術主導の雇用創出によるものだとしています。

 第二のシナリオは、AI導入による一時的な摩擦的失業です。これは、AIに置き換えられた労働者が新しい仕事を探している期間中に発生する失業で、研究ではこちらがより現実的であると分析しています。

生産性向上と雇用への影響

 研究によると、生成AIが完全に導入された場合、アメリカなど先進国の労働生産性を約15%向上させると推定されています。この生産性向上により、AI移行期間中の失業率はトレンドを0.5ポイント上回る程度に留まると予測されています。

 重要なのは、この影響が一時的であることです。過去の技術革新の経験から、労働節約技術の導入による失業率の上昇は通常2年で消失することが分かっています。労働節約技術による生産性向上1ポイントあたり、失業率は0.3ポイント上昇しますが、これは短期間で解消される傾向にあります。

現在のAI導入状況と実際の影響

 最近の調査では、過去2週間に生産現場で生成AIを使用したと報告した企業はわずか9.3%に留まっており、AI導入はまだ初期段階にあります。特に中小企業での導入率は低く、これが全体的な労働市場への影響を限定的にしています。

 しかし、特定の業界では既に影響が現れています。マーケティングコンサルティング、グラフィックデザイン、オフィス管理、コールセンターなどの業界では、AI関連の効率化報告に伴い、雇用成長がトレンドを下回っています。

若いテクノロジー労働者への影響

 特に注目すべきは、20~30歳のテクノロジー労働者への影響です。2025年初めから約3ポイントの失業率上昇が観測されており、これは技術セクター全体や他の若年労働者と比較して著しく高い数値です。この現象は、生成AIが新卒者の技術分野での就職に影響を与えているという逸話的報告と一致しています。

 ゴールドマン・サックスの分析によると、企業はAIツール導入の初期段階で、ジュニアレベルの従業員の採用を控える傾向があります。これは、企業がAIを活用してより柔軟で適応性の高い組織を構築しようとする過程で、若手従業員が一時的に「犠牲」となっている状況を示しています。

高リスク職種と低リスク職種

 研究では、AI自動化のリスクが高い職種として以下を特定しています:

  • コンピュータプログラマー
  • 会計士・監査人
  • 法務・事務アシスタント
  • 顧客サービス代表
  • テレマーケター
  • 校正者・コピーエディター
  • 信用アナリスト

 一方、リスクが低い職種には:

  • 航空管制官
  • 企業経営者
  • 放射線技師
  • 薬剤師
  • 住宅アドバイザー
  • 写真家
  • 聖職者

が含まれています。

 これらの分類は、タスクの反復性、AIツールからのエラーの影響、タスク間の関連性、AI対象タスクの価値と賃金の関係などの要因に基づいて決定されています。

まとめ

 本稿では、ゴールドマン・サックスのレポートを基に、AIが雇用に与える影響について解説しました。レポートの分析から見えてくるのは、AIが一方的に人間の仕事を奪うという単純な未来ではなく、雇用のあり方や求められるスキルが大きく変化していくという、より複雑な未来像です。

 歴史が示すように、技術革新は挑戦であると同時に、新たな機会でもあります。AIによる変化を過度に恐れるのではなく、それがもたらす生産性の向上といった恩恵を理解し、変化に対応していく姿勢が重要です。私たち一人ひとりにとって、これからのキャリアを考える上で、継続的な学習や新しいスキルを習得する「リスキリング」が、これまで以上に重要な鍵となるでしょう。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次