[ニュース解説]AI時代に価値が高まる仕事とは?米国事例に見るブルーカラーの逆襲

目次

はじめに

 本稿では、AI(人工知能)が社会に浸透する中で、私たちの仕事がどのように変化していくのか、というテーマについて考察します。「AIと雇用」というテーマでは、一般的に「AIに仕事が奪われる」という論調が目立ちますが、それは「ホワイトカラー」と呼ばれるデスクワークを中心とする職種に対するものです。物理的なスキルを要する「ブルーカラー」と呼ばれる職業の価値に関しては、むしろ高まっています。

参考記事

要点

  • AIは、多くのホワイトカラー(知的労働者)の業務を代替する可能性がある一方、物理的な作業を伴うブルーカラー(技能労働者)の需要を高めている。
  • AI技術の根幹を支えるデータセンターの建設やメンテナンスなど、AIの発展自体が、電気技師や配管工といった専門技能職を必要とする。
  • 米国では、すでに技能職の深刻な人手不足が発生しており、その結果として賃金が上昇し、魅力的なキャリアパスとなりつつある。
  • AIに代替されにくい仕事の本質は、物理的な世界での作業、予測不可能な状況への対応、そして複雑な手先の器用さにある。

詳細解説

AIと雇用のパラドックス:「奪う」のではなく「需要を生む」仕事

 「深夜2時にトイレが詰まったとき、あなたはChatGPTを呼びますか?」この一文は、現在のAI技術が持つ本質的な限界と、今後の雇用市場の変化を象徴しています。

 近年、大規模言語モデル(LLM)に代表される生成AIは、文章作成、翻訳、プログラミングといった、これまで人間が行ってきた知的労働(ホワイトカラーの仕事)を驚くべき速さで代替し始めています。企業はAI導入によるコスト削減を競い、多くのオフィスワーカーが自らの仕事の将来に不安を感じています。

 しかしその一方で、仕事が増えている職種もあります。AIを動かすためには、膨大な電力を消費するデータセンターが必要不可欠です。そのデータセンターを建設し、配線を敷設し、空調を管理し、建物の屋根を修理するのは誰でしょうか?それはAIではなく、高度なスキルを持つ技能労働者、つまりブルーカラーの専門家たちです。

 このように、AIの普及が、皮肉にもAIにはできない物理的な仕事の需要を喚起しているのです。これは、AI時代における雇用のパラドックスと言えるでしょう。

AIに「強い仕事」と「弱い仕事」

 参考記事では、Microsoftが行った分析を紹介しています。それによると、AIの台頭によって最も影響を受けやすい(脆弱な)仕事と、最も影響を受けにくい(安全な)仕事がリストアップされました。

  • 影響を受けやすい仕事の例: 翻訳家、歴史家、営業担当者、データ入力担当者など、主にコンピューターの前で行うオフィスワーク。
  • 影響を受けにくい仕事の例: 浚渫(しゅんせつ)作業員、屋根職人、配管工、溶接工、電気技師など、物理的な手作業を伴う技能職。

 なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。これは「モラベックのパラドックス」として知られる概念で説明できます。これは、「コンピューターにチェスの世界チャンピオンを打ち負かすような高度な推論をさせるのは比較的簡単だが、1歳児のような知覚や運動能力を持たせるのは難しい、あるいは不可能だ」という考え方です。

 つまり、AIは膨大なデータのパターンを学習して論理的なタスクを実行するのは得意ですが、現実世界で体を動かし、予期せぬトラブルに対応し、手先の器用さを駆使して作業することは非常に苦手なのです。そのため、物理的なスキルや現場での判断力が求められる技能職は、AIに代替されにくいと考えられています。

米国で起きている技能職の人手不足と価値の高まり

 米国では、この動向がすでに顕著に表れています。全米製造業者協会(NAM)によると、米国の工場では毎月約45万人もの労働力が不足しており、技能職の担い手不足が深刻な経済問題となっています。

 人手が足りないということは、その仕事の価値が上がることを意味します。技能職はもはや「3K(きつい、汚い、危険)」といった古いイメージの職業ではありません。参考記事によれば、ある技能訓練プログラムの卒業生は、卒業後5年以内に平均で年収95,000ドル(約1,400万円 ※1ドル=150円換算)を稼いでいるといいます。これは、多くのホワイトカラーの給与を上回る水準です。

 しかし、課題も残されています。それは、こうした技能職が、いかに高収入でやりがいのあるキャリアであるかという社会的な認識が追いついていないことです。多くの若者やその親が、依然として大学進学とホワイトカラーのキャリアを最良の道だと考えており、技能職への関心が低いのが現状です。

まとめ

 本稿では、Axiosの記事を基に、AIの普及がブルーカラー(技能職)の価値を高めているという、一見逆説的な現象について解説しました。AIが知的労働を代替していく一方で、物理的な世界で価値を生み出す技能職の重要性は、今後ますます増していくと考えられます。

 この動向は、労働力不足が深刻な日本にとっても、決して他人事ではありません。これからのキャリアを考える上で、「AIに仕事を奪われるかもしれない」と不安になるだけでなく、「AIには何ができないのか?」という視点を持つことが重要になります。

 物理的なスキル、現場での対応力、そして手先の器用さ。こうした人間ならではの能力が、AI時代において再評価され、新たな価値を生み出していくのかもしれません。次に配管工や電気技師に修理を依頼する機会があれば、彼らの仕事が未来の有望なキャリアであるという視点で、その仕事ぶりを眺めてみてはいかがでしょうか。

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