はじめに
本稿では、米CNBCが報じた「Microsoft poaches more Google DeepMind AI talent as it beefs up Copilot」という記事を基に、マイクロソフトが競合であるGoogleのAI研究開発部門から大規模な人材引き抜きを行っている現状について、その背景と意味を詳しく解説します。
参考記事
- タイトル: Microsoft poaches more Google DeepMind AI talent as it beefs up Copilot
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年7月22日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/07/22/microsoft-google-deepmind-ai-talent.html


要点
- マイクロソフトは、GoogleのAI研究部門「DeepMind」から、ここ数ヶ月で約24人の従業員を採用した。
- 移籍者には、GoogleのAIアシスタント「Gemini」開発の元幹部など、重要な人物が含まれている。
- この動きは、マイクロソフトの消費者向けAI「Copilot」の機能強化を目的としている。
- 背景には、トップレベルのAI専門家を巡る巨大IT企業間の激しい獲得競争が存在する。
詳細解説
誰が、どこからどこへ?- 具体的な移籍の動き
今回のニュースで最も注目すべきは、移籍した人材の質です。CNBCの報道によると、マイクロソフトはここ数ヶ月で、GoogleのAI研究を牽引する「Google DeepMind」から約24人もの従業員を獲得しました。
その中には、Googleに16年間勤務し、AIアシスタント「Gemini」開発の技術担当副社長だったアマール・サブラマニヤ(Amar Subramanya)氏や、18年近く在籍した著名なソフトウェアエンジニアであるアダム・サドフスキー(Adam Sadovsky)氏といった、まさにGoogleのAI戦略の中核を担ってきた人物が含まれています。
彼らは、マイクロソフトの消費者向けAI部門に合流します。この部門は、WindowsやOffice製品に統合されているAIアシスタント「Copilot」や、検索エンジン「Bing」の開発を担当しており、今回の人材獲得がCopilotの機能強化に直結するものであることがわかります。
なぜ今、人材獲得が激化しているのか? – AI開発競争の最前線
現在、生成AIの分野では、企業の競争力が優秀な研究者やエンジニアの数と質に大きく依存しています。より高性能なAIモデルを開発し、革新的なサービスを生み出すためには、トップレベルの専門家の知識と経験が不可欠だからです。
そのため、マイクロソフトやGoogle、Meta(旧Facebook)といった巨大IT企業は、破格の条件を提示してAI専門家の獲得に乗り出しています。記事によると、OpenAIのサム・アルトマンCEOは、Metaが自社の従業員に1億ドル(約140億円以上)もの契約金を提示した例を明かしています。これは、AI人材が現代における最も価値ある資源の一つであることを示しています。
移籍を主導する人物とDeepMindの因縁
今回のマイクロソフトによる一連の人材引き抜きを主導しているのは、同社のAI部門CEOであるムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman)氏です。特筆すべきは、彼が何を隠そうGoogle DeepMindの共同創業者の一人であるという点です。
スレイマン氏は2014年に自身の会社DeepMindをGoogleに売却した後も同社に留まりましたが、2022年にGoogleを離れ、昨年マイクロソフトの幹部に就任しました。つまり、かつての仲間や部下を、古巣であるGoogleから引き抜いている形になります。これは単なる人材獲得に留まらず、AI業界の勢力図を塗り替えようとするマイクロソフトの強い意志の表れと見ることができます。
Copilot vs Gemini – 消費者向けAIの覇権争い
この人材の動きが直接影響を与えるのが、マイクロソフトの「Copilot」とGoogleの「Gemini」の競争です。両者は、ユーザーの質問に答えたり、文章を作成したり、様々なタスクを補助したりするAIアシスタントであり、今後のITサービスの中心となることが期待されています。
Gemini開発の中核を担っていた人物がCopilot側に移るということは、Geminiの開発ノウハウや戦略が競合に渡ることを意味します。これにより、Copilotの開発が加速し、Geminiに対する競争力が一層高まる可能性があります。
光と影 – 企業の「選択と集中」戦略
興味深いことに、マイクロソフトはAI分野で積極的な投資を行う一方で、全社的には大規模な人員削減を進めています。記事が報じる少し前、同社は全世界で約9,000人の従業員を解雇すると発表しました。
これは、企業が将来の成長に不可欠と判断したAI分野にリソースを集中させ、それ以外の部門を整理する「選択と集中」の戦略を明確に示しています。AI開発競争に勝利するためには、全社的な痛みを伴ってでも、最高の頭脳を集める必要があるという厳しい経営判断が背景にあります。
まとめ
本稿で解説したマイクロソフトによるGoogle DeepMindからの大規模な人材引き抜きは、単なる企業の移籍ニュースではありません。これは、生成AIの覇権を巡る巨大IT企業間の競争が、技術開発だけでなく、最高の頭脳を奪い合う「人材戦争」の様相を呈していることを示す象徴的な出来事です。
Gemini開発のキーパーソンがCopilot陣営に加わったことで、私たちが日常的に利用するAIアシスタントの性能や機能が今後どのように変化していくのか、その動向が注目されます。技術の進化の裏側で繰り広げられる熾烈な人材獲得競争が、未来のAIサービスを形作っているのです。