はじめに
本稿では、英BBCが報じた「Xbox producer tells staff to use AI to ease job loss pain」という記事をもとに、大手IT企業で起きた一つの出来事から、人員削減という厳しい現実に対して人工知能(AI)の活用を提案したことが、なぜ大きな波紋を広げたのか、テクノロジーと人間の感情が交差する現代的な問題を解説します。
引用元記事
- タイトル: Xbox producer tells staff to use AI to ease job loss pain
- 著者: Charlotte Edwards
- 発行元: BBC News
- 発行日: 2025年7月7日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/ckglzxy389zo

要点
- Microsoft傘下のゲーム部門Xboxのプロデューサーが、同社の大規模な人員削減で解雇された従業員に対し、感情的・認知的な負荷を軽減するためにAIツールの利用を提案した。
- この提案には、キャリアプランニングの相談や感情の整理といった具体的なAIの活用法が含まれていたが、SNS上で「実に不快」「言葉を失う」などと強い反発を招き、投稿は削除されたことである。
- 背景には、Microsoft自身がAI分野へ巨額の投資を進める一方で、大規模な人員削減を行っているという、技術推進と雇用の喪失という矛盾した状況が存在することである。
- この出来事は、AIを社会、特に人間の感情や倫理が深く関わるデリケートな問題へ適用する際の難しさと、そのあり方が問われていることを示す象徴的な事例である。
詳細解説
何が起きたのか? – XboxプロデューサーによるAI活用提案
ことの発端は、Microsoftが最大9,000人の従業員を解雇するという大規模な人員削減計画を発表した直後のことでした。同社が所有するゲームブランドXboxのエグゼクティブプロデューサーであるマット・ターンブル氏が、ビジネス特化型SNSのLinkedInに、解雇された従業員に向けた投稿を行いました。
現在では削除されているその投稿で、同氏は「解雇という状況を乗り切ろうとしている、あるいはその準備をしているなら、あなたは一人ではありません」と前置きしつつ、ChatGPTやMicrosoft自身のCopilotといったAIツールを使って「失業に伴う感情的、認知的負荷を軽減する」ことを提案しました。
具体的には、以下のようなプロンプト(AIへの指示や質問)を例として挙げていたと報じられています。
- キャリアプランニングに関する相談
- 履歴書やLinkedInプロフィールの改善支援
- 感情を整理し、自信を取り戻すための対話
ターンブル氏は、AIツールが人々に強い感情を引き起こす可能性があることを認識しつつも、困難な状況下で「最善のアドバイス」を提供したいという善意からの行動だったと述べています。しかし、この提案はSNS上で瞬く間に拡散され、多くの批判を浴びることになりました。
なぜこれほど強く批判されたのか?
善意から発せられたかもしれないアドバイスが、なぜ「実に不快」とまで言われるほどの反発を招いたのでしょうか。その背景には、いくつかの複合的な要因が指摘されています。
- 共感の欠如と機械的なアプローチ
失業は、個人の生活や尊厳に深く関わる非常に感情的な出来事です。そのような痛みに対し、効率や論理を重視するAIという機械的な解決策を提示したことが、当事者の感情に寄り添っていない「冷たい」アプローチだと受け取られた可能性があります。人々が求めていたのは、効率的な解決策ではなく、人間的な共感や配慮だったのかもしれません。 - 責任の所在の曖昧化
人員削減は、企業側の経営判断によって引き起こされるものです。その結果生じた従業員の精神的な苦痛をケアする責任は、本来企業側にあると考えるのが一般的です。しかし今回の提案は、そのケアを「個人がAIを使って行う」ように促していると解釈されかねません。これは、企業が負うべき責任を個人とテクノロジーに転嫁している、という批判につながりました。 - 提案者の立場とタイミング
この提案を行ったのが、まさに人員削減を実施している当の企業に所属する管理職であったことも、反発を増幅させた大きな要因です。解雇する側の人間の口から、解雇される側の痛みをテクノロジーで乗り切れ、と言われることに、多くの人が矛盾や欺瞞を感じたのです。
AI推進と雇用のジレンマという大きな文脈
ターンブル氏が言及したように、LLMが感情のサポートに役立つ可能性は十分にあります。例えば、自分の気持ちを文章にしてAIに入力することで、思考が整理されたり、AIからの客観的な応答によって新たな視点を得られたりすることがあります。実際に、AIカウンセリングやコーチングといった分野の研究開発も進んでいます。
提案された内容自体が技術的に全くの見当違いだったわけではありませんが、問題は、その技術を「誰が」「どのような状況で」「どのように伝えたか」という、文脈やコミュニケーションの方法にあるといえます。
この出来事をより深く理解するためには、背景にあるMicrosoft、ひいては現代社会が抱える大きなジレンマに目を向ける必要があります。MicrosoftはAIモデルを訓練するためのデータセンターなどに800億ドル(約12兆円以上)もの巨額を投じています。
一方で、同社は数千人規模の人員削減を行っており、その中にはAIによって将来的に代替される可能性のある職務も含まれているかもしれません。つまり、AIという未来のテクノロジーに巨額を投資しながら、その過程で現在の従業員の雇用を削減しているという矛盾した状況が起きているのです。
このプロデューサーの提案は、まさにこのジレンマの渦中で起こった象徴的な出来事と言えるでしょう。AIがもたらす生産性向上への期待と、それに伴う雇用の喪失という痛みが、同じ一つの企業の中で同時に発生している現実を浮き彫りにしました。
まとめ
本稿で取り上げたXboxプロデューサーによるAI活用提案の騒動は、一個人の不適切な発言ではありますが、同時にAIをめぐる社会的な動揺が見えてきます。
皮肉なことに、LLMに代表されるAIツールを使いこなせるかどうかが、今後従業員として働く者にとって重要になることは間違いありません。
今後、従業員の解雇は多くの企業で行われることは避けられないことであると想定されます。AIツールを積極的に使いこなせるようにしていく必要があります。