[技術紹介]AIが旅行計画のプロに? Google式「LLM+最適化」で賢い旅程を作る新技術

目次

はじめに

 本稿では、近年のAI技術の中核をなす大規模言語モデル(LLM)を旅行計画に活用する新しいアプローチについて、Google Researchが2025年6月6日に公開した「Optimizing LLM-based trip planning」という記事を基に解説していきます。

引用元記事

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要点

  • 旅行計画には、利用者の好みのような「定性的」な目標と、予算や時間のような「定量的」な制約が混在する。
  • 大規模言語モデル(LLM)は、豊富な知識から定性的な目標を解釈し、魅力的な提案をすることは得意だが、最新情報や複雑なスケジューリングといった定量的な制約を正確に扱うことは苦手である
  • この課題を解決するため、LLMが生成した初期計画案を、最適化アルゴリズムが現実世界の制約(営業時間、移動時間など)に基づいて検証・修正するハイブリッドシステムが提案された。
  • 最適化アルゴリズムは、まず1日単位で最も効率的なスケジュールを計算し(動的計画法)、次に旅行全体で各日の活動の組み合わせが最適になるように調整する(局所探索法)。
  • このアプローチにより、利用者の曖昧な要望に応えつつ、現実的で実行可能な旅行計画を自動で生成することが可能になり、LLMを実世界の問題解決に応用する上での重要な一歩となる。

詳細解説

LLMの得意なこと、苦手なこと

 まず前提として、本稿の主役であるLLM(大規模言語モデル)について簡単にご説明します。LLMは、膨大な量のテキストデータを学習することで、人間のように自然な文章を生成したり、文脈を理解したりする能力を持ったAIです。例えば、ユーザーが「にぎやかな場所は避けつつ、隠れ家的な美術館を巡るニューヨークの週末旅行」といった曖昧なリクエストを投げかけると、LLMはその意図を汲み取り、関連する知識(ニューヨークの地理、美術館の情報、一般的な旅行者の好みなど)を総動員して、もっともらしい旅行プランを提案してくれます。これはLLMの「定性的な目標」を解釈する能力が非常に高いことを示しています。

 しかし、LLMには弱点もあります。それは、情報の正確性や論理的な整合性を常に保証できないことです。例えば、提案してくれた美術館が最近閉館していたり、ある場所から次の場所への移動時間が物理的に不可能だったり、そもそも営業時間に間に合わないスケジュールを組んでしまったりすることがあります。このような「定量的」な制約、特に最新の情報や複数の条件が複雑に絡み合う問題を解くのは、LLMが本質的に苦手とするところです。

LLMの弱点を補うハイブリッドシステム

 そこでGoogle Researchが開発したのが、LLMの長所を活かしつつ、その弱点を専門家であるアルゴリズムで補うハイブリッドシステムです。このシステムの仕組みは、大きく3つのステップに分かれています。

  1. LLMによる初期計画の提案
     まず、ユーザーの要望(クエリ)をLLM(Googleの最新モデルであるGemini)に渡します。LLMは、その要望に沿った魅力的なアクティビティのリストを含む、初期の旅行計画案を作成します。この段階では、まだ非現実的な部分が含まれている可能性があります。
  2. 現実世界の情報との照合(グラウンディング)
     次に、LLMが提案した計画を現実的なものにするため、外部の信頼できる情報源と照合します。具体的には、Google検索のシステムなどを使い、提案された各アクティビティの最新の営業時間、場所、アクティビティ間の正確な移動時間といったデータを取得します。これを「グラウンディング」と呼び、AIの提案を現実世界にしっかりと根付かせる重要なプロセスです。同時に、もし計画の変更が必要になった場合に備えて、代わりとなる候補地もいくつか検索しておきます。
  3. 最適化アルゴリズムによる計画の修正
     最後に、LLMの初期計画案、グラウンディングされたデータ、そして代替候補地の情報をすべて「最適化アルゴリズム」に渡します。このアルゴリズムが、パズルのピースを組み合わせるようにして、「LLMの提案の良さ」を可能な限り維持しつつ、「時間や移動の制約をすべて満たす」という二つの目標を同時に達成する、最終的な実行可能プランを構築します。

技術の核心:2段階の最適化アルゴリズム

 このシステムの最も巧妙な部分は、ステップ3の最適化アルゴリズムにあります。このアルゴリズムは、複雑な問題を効率的に解くために、2つの段階に分けて処理を行います。

  • ステージ1:1日単位での最適なスケジューリング
     まず、旅行の「1日」という小さな単位に注目します。その日に訪れる可能性のあるアクティビティの組み合わせ(サブセット)をすべて考え、それぞれについて「どの順番で訪れれば移動時間が最も少なく、すべての営業時間に間に合うか」という最適なスケジュールを計算します。そして、そのスケジュールの質をスコア付けします。スコアは、主に「LLMの元の提案にどれだけ近いか」と「スケジュールの実現可能性」によって決まります。1日の活動数はそれほど多くないため、ここでは動的計画法というアルゴリズムを用いて、すべてのパターンを効率的に探索し、最適なスケジュールを見つけ出すことが可能です。
  • ステージ2:旅行全体での最適な旅程の編成
     次に、ステージ1で計算した各日のスコアを基に、旅行全体(例えば3日間)の計画を考えます。ここでは、「各日のスコアの合計が最大になるような、アクティビティの組み合わせ」を見つけ出すことが目標となります。これは計算機科学の世界で「重み付き集合パッキング問題」として知られる、非常に難しい問題(NP困難)の一種です。すべての組み合わせを試すのは、コンピュータにとっても時間がかかりすぎて事実上不可能です。
     しかし、このシステムでは局所探索法という賢いヒューリスティック(経験則に基づいた解法)を用いることで、この問題を解決します。これは、完璧な100点満点の答えを求めるのではなく、非常に質の高い「満足のいく答え」を効率的に見つけるアプローチです。具体的には、まずLLMが作った初期計画からスタートし、「2日目のこの活動と3日目のあの活動を入れ替えたら、全体のスコアが上がるかな?」といったように、計画を少しずつ手直し(局所的な調整)して、全体のスコアを改善していきます。この改善を繰り返すことで、最終的に質の高い、実行可能な計画へと収束させるのです。

実例

 記事で紹介されているサンフランシスコ旅行の例では、LLMが地理的に非効率な(市内を何度も横断するような)旅程を提案してしまいましたが、この最適化アルゴリズムが介入することで、アクティビティを地理的に近いもの同士でグループ化し直し、より自然で無理のない計画へと修正することに成功しています。

まとめ

 本稿では、Google Researchが開発した、LLMと最適化アルゴリズムを組み合わせた新しい旅行計画システムについて解説しました。このハイブリッドアプローチの重要な点は、AIの創造性や文脈理解能力と、アルゴリズムの論理的な正確性や制約処理能力という、両者の長所を見事に融合させているところにあります。

 これにより、ユーザー一人ひとりの曖昧で定性的な要望に応えながらも、移動時間や営業時間といった現実世界の厳しい定量的制約をクリアする、質の高い旅行計画の自動生成が可能になります。この技術は、単に旅行を便利にするだけでなく、LLMという強力なツールを、より信頼性が高く、実用的な形で社会に応用していくための重要な一歩と言えるでしょう。今後、イベントの企画や日々の雑多な用事のスケジューリングなど、様々な計画問題への応用が期待されます。

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