はじめに
近年、様々な分野で活用が進む人工知能(AI)ですが、その導入が思わぬ波紋を呼ぶこともあります。本稿では、アメリカ・カリフォルニア州で実施された司法試験において、AIが問題作成に関与していたことが明らかになり、技術的な問題と共に議論を呼んでいる事例について、詳しく解説します。専門家でない方にも分かりやすく、かつ技術的なポイントも押さえながらご紹介します。
引用元記事
- タイトル: California Bar discloses AI was used to develop some questions in problem-plagued February exam
- 発行元: The Associated Press (via NBC News)
- 発行日: 2025年4月24日
- URL: https://www.nbcnews.com/news/us-news/california-bar-discloses-ai-used-develop-questions-problem-exam-rcna202713
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要点
- 2025年2月に実施されたカリフォルニア州の司法試験で、オンラインテストのプラットフォームが繰り返しクラッシュするなど、多くの受験者が試験を完了できない技術的問題が発生しました。
- その後、カリフォルニア州弁護士会は、この試験の多肢選択問題の一部(採点対象171問中23問)がAIの支援を受けて作成されていたことを明らかにしました。
- AIによる問題作成は、弁護士会が契約した心理測定業者(ACS Ventures)によって、弁護士ではない担当者が行ったと報じられており、法曹界の専門家から強い懸念と批判の声が上がっています。
- 特に、問題を作成した会社が、その問題の妥当性を評価・承認する役割も担っていた点について、利益相反の可能性が指摘されています。
詳細解説
試験当日の混乱とAI利用の発覚
まず前提として、司法試験(Bar Exam)は、弁護士として活動するために合格が必要な資格試験であり、非常に重要なものです。カリフォルニア州の司法試験は、アメリカ国内でも特に難関として知られています。
2025年2月に行われた試験では、多くの受験者が深刻な技術的問題に見舞われました。記事によると、オンラインで使用されたテスト用プラットフォームが試験開始前から繰り返しクラッシュしたり、試験中にエッセイ(小論文)の保存ができない、画面が遅延する、エラーメッセージが表示される、テキストのコピー&ペーストが機能しないといったトラブルが多発し、試験を正常に完了できなかった受験者が多数いたとのことです。
こうした混乱のさなか、カリフォルニア州弁護士会は月曜日のニュースリリースで、問題の一部がAIの支援を受けて開発されたものであることを公表しました。具体的には、採点対象となった171問の多肢選択問題のうち、100問はKaplan Exam Services社が、48問は法学部の1年生向け試験から流用され、残りの23問が、弁護士会の心理測定専門家であるACS Ventures社によってAIを用いて開発されたものでした。
AIによる問題作成への懸念と批判
この事実は、法曹界に衝撃を与えました。カリフォルニア大学アーバイン校ロースクールのアシスタントディーンであるメアリー・ベイシック氏は、「想像以上にひどい失態だ」「弁護士ではない人間がAIを使って問題を作成したとは、信じがたい」と述べています。
ここで言うAIとは、おそらく文章やアイデアを生成できる「生成AI」のような技術を指していると考えられます。司法試験の問題は、法律に関する深い知識と理解、そして判例や法解釈に基づいた複雑な思考力を問うものです。それを法律の専門家ではない人物がAIを使って作成したこと、さらにそのAIがどのようなデータで学習し、どのように問題生成のプロセスを支援したのかが不透明である点に、専門家は強い懸念を示しています。
サンフランシスコ大学ロースクールのケイティ・モラン准教授は、さらに重要な点を指摘しています。それは、AI支援で問題を作成したACS Ventures社が、自ら作成したものを含む試験問題全体の妥当性を評価し、最終的に承認する役割も担っていたという点です。これは利益相反にあたる可能性があり、試験の公平性や客観性に対する疑念を生じさせています。
一方で、州弁護士会の事務局長リア・ウィルソン氏は、「多肢選択問題が受験者の法的能力を正確かつ公正に評価するものであるという妥当性には自信を持っている」との声明を発表しています。しかし、試験の技術的問題とAI利用の発覚という二重の問題に直面し、州弁護士会はカリフォルニア州最高裁判所に対し、影響を受けた受験者のスコア調整を要請する方針を示しています。
なぜAI活用が問題視されるのか?
AI技術の進歩は目覚ましいですが、司法試験のような高度な専門性と公平性が求められる領域での利用には、慎重な議論が必要です。今回のケースでは、以下の点が特に問題視されています。
- 専門知識の欠如: 法律の専門家ではない担当者がAIを用いて問題を作成したこと。
- プロセスの不透明性: AIがどのように問題作成に関与したのか、その詳細が不明であること。
- 利益相反の可能性: 問題作成者と評価者が同一の業者であったこと。
- 技術的問題との複合: 試験自体の技術的な欠陥と重なり、受験者の不信感を増大させたこと。
AIを試験問題作成に活用すること自体が全面的に否定されるべきではありませんが、その利用方法、透明性の確保、専門家による監修、そして公平性の担保が不可欠であると言えます。
まとめ
本稿では、カリフォルニア州司法試験で発生した技術的問題と、その背景で明らかになったAIによる問題作成の事実、そしてそれに伴う法曹界からの批判について解説しました。AIという新しい技術を、司法試験のような重要な公的資格試験に導入する際には、その有効性だけでなく、倫理的な側面、公平性、透明性について、より慎重な検討と厳格な管理体制が必要であることを、今回の事例は示唆しています。州弁護士会はスコア調整を検討していますが、AI利用の是非や今後の試験運営のあり方について、さらなる議論が求められるでしょう。
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