はじめに
Harvard Business Review(HBR)が2026年6月1日に公開した調査レポートが、生成AI利用の最新動向を詳細に明らかにしました。Marc Zao-Sanders氏とSara Biuk氏による縦断研究「AI in the Wild」の第3弾として、1万2,637件の使用事例を分析。本稿ではその内容を解説します。
参考記事
- タイトル: How People Are Really Using AI in 2026
- 著者: Marc Zao-Sanders
- 発行元: Harvard Business Review(HBR)
- 発行日: 2026年6月1日
- URL: https://hbr.org/2026/06/how-people-are-really-using-ai-in-2026
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要点
- 本調査は1万2,637件のAI使用事例を分析した大規模縦断研究であり、データソースにLinkedIn・TikTok・YouTubeを新たに加えて収集規模が前年比で大幅に拡大した
- 「療法・感情的サポート」が利用ランキング1位となり、全データセットの11%(前年比5%→11%)を占め、AIへの感情依存が急速に拡大している
- AIに思考の一部を委ねる「Thinkslop(シンクスロップ)」と呼ばれる現象が上位利用事例の少なくとも4分の1に観察され、認知能力の外部化への懸念が高まっている
- 職場でのAI活用は業務効率化が中心であり、抜本的なプロセス変革はまだ少数派にとどまっている
- 会社のガバナンスや方針への懸念から「シャドーAI(隠れた個人利用)」が拡大しており、組織的な課題となりつつある
詳細解説
調査の概要と規模
HBRが毎年公開している「AI in the Wild」は、生成AI黎明期から人々の実際の使い方を追跡する縦断研究です。2024年版(約1,200件)、2025年版(同程度)と比べ、今回はLinkedIn・TikTok・YouTubeを新たにデータソースに加えたことで、収集規模が約50,000件(ほぼ10倍)へと拡大。そのなかから最終的に1万2,637件の使用事例を分析対象としています。
著者のZao-Sanders氏は調査過程における重要な観察として、「フロンティアモデルを使っても、テキストが真に価値ある使用事例かを判定するタスクはまだAIには難しく、人間の判断が不可欠だった」と述べており、AI評価の限界についても率直に言及しています。
「Thinkslop」——思考のアウトソーシング問題
今回の調査で新たに登場した概念が「Thinkslop(シンクスロップ)」です。これは、AIを使いすぎることで生じる「雑で惰性的な思考」を指します。「workslop(AI生成の無意味な業務アウトプット)」に続く造語で、上位100の利用事例のうち少なくとも4分の1(療法・感情サポート1位、関係相談7位、意思決定支援13位、生活整理14位など)がこのカテゴリに該当するとされています。
具体的には4つの問題が指摘されています。①意図の喪失——アイデア出しの段階で先にAIに頼ることで、本来自分が何をしたいのかを考え抜く前にAIの提案に引きずられてしまう問題。②思考の外部化——自分で問題を考える機会を失うことで、記憶や想像力の深いところにある独自のアイデアが育たなくなる「認知負債(cognitive debt)」の蓄積。③書くことの放棄——文章を書くことは思考そのものであり、AIに丸投げすることは思考プロセスを失うことに等しいという指摘。④知的厳密さの錯覚——AIが過剰に肯定的なフィードバックを返す「AI sycophancy(AI追従性)」により、完成度の低いままで満足してしまうリスク。
一方で、AIを「対話相手(sparring partner)」として活用し、自分の論証の弱点を突かせて思考を鍛えるという使い方も報告されており、利用の仕方次第で結果は大きく変わると考えられます。
感情サポートとしてのAI——急拡大する依存
2025年に続き、「療法・感情的サポート」が利用ランキングの1位を維持しました。HBRによれば、この使用事例は全データの11%を占め、前年の5%から倍増しています。関係相談(7位)、恋愛問題(17位)、個人的なトラブルの仲裁(26位)、故人との「対話」(86位)なども上位に並びます。
データには、AIに名前を付けて呼ぶ、性別を割り当てる、モデルの更新で「友人を失ったような喪失感を感じた」という報告も含まれています。ただし、研究者らは「AIを人間の代替として使っているのではなく、人間関係をよりよくするためのツールとして使っているケースも多い」という視点も示しています。元交際相手のメッセージの意味を読み解くためにAIに聞いたり、上司のメッセージをどう解釈すべきか感情的なサポートを求めたりといった事例がその典型です。
ロンドン王立大学の精神神経科の研究者Hamilton Morrin氏は、「精神医療へのアクセスが難しい国では、AIに感情的なサポートを求めるのは驚くことではない」としつつも、「一般用途のAIチャットボットは、訓練を受けたメンタルヘルスの専門家の代替にはならない」と警告しています。過去1年間にはAI利用が精神症状の悪化や自傷につながったとされる事例も報告されており、慎重な姿勢が求められる領域だと思います。
職場でのAI——効率化が中心、変革はまだ少数派
調査によれば、上位100の利用事例のうち63が業務関連または仕事・個人の両方に使われるものでした。業務補佐(8位)、意思決定支援(13位)、キャリアアドバイス(24位)などが並びます。
今回初めて上位入りした事例として注目されているのが、「自律型エージェント操作」(6位)と「バイブコーディング(vibe coding)」(21位)の2つです。エージェント操作は、AIが自律的に次の行動を決定・実行するワークフローで、音声メモの自動転記・分類やカレンダー登録といった事例が多く報告されています。バイブコーディングは、自然言語でプログラムを記述する手法で、コーディング未経験者にも広がりつつある一方、品質面への懸念も根強いとされています。
一方で、職場でのAI利用には「シャドーAI」という側面もあります。社内のITガバナンスや情報漏洩リスクへの懸念から、個人の端末で業務にAIを活用しながらも、それを組織に開示していないというケースが多数報告されています。「チケット処理が2倍速になり、評価でも褒められた。でも誰もAIを使っていると知らない」という声がその一例です。
先進企業のAI活用量は一般企業の3.5倍という調査結果もあるように、組織的な取り組みと個人の草の根的な活用の間には依然として大きなギャップがあると思います。効率化の事例は豊富ですが、ビジネスプロセスを抜本的に再設計したという事例は、調査全体を通じてまだ少数にとどまっています。
まとめ
HBRの1万2,637件の調査は、AI利用が「便利なツール」の段階から「感情・思考の代替」へと深化しつつある実態を浮き彫りにしています。職場では効率化の恩恵が広がる一方、「Thinkslop」や感情依存への懸念も高まっています。AIをどう使うかという選択が、個人の認知と組織の健全性の両方に影響を与える時代になっていると言えそうです。AIツールの使い分けについてより詳しく知りたい方は、過去記事でも整理していますので、あわせてご覧いただければと思います。
