はじめに
CNBCが2025年11月19日に報じたところによれば、Meta(旧Facebook)のチーフAI科学者として知られるYann LeCunが同社を退社し、「世界モデル(world models)」に特化したスタートアップを設立することが明らかになりました。本稿では、この発表の背景にあるMeta AI部門の組織的変革と、LeCunが目指す新しいAI研究の方向性について解説します。
参考記事
- タイトル: Meta chief AI scientist Yann LeCun is leaving to create his own startup
- 著者: Jonathan Vanian
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年11月19日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/11/19/meta-chief-ai-scientist-yann-lecun-is-leaving-the-company-.html
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要点
- Yann LeCunは、物理世界を理解し推論できるAIシステム「世界モデル」に特化したスタートアップを設立する
- MetaのAI部門は、Llama 4の失望的な反応を受けて今年大規模な組織改革を経験した
- CEOのMark ZuckerbergはScale AIのCEO Alexandr Wangを145億ドルで招聘し、新しいチーフAIオフィサーに任命した
- LeCunは2013年からMetaに在籍し、FAIR(Facebook AI Research)の設立を主導してきた
- オープンソース重視のLeCunと、よりクローズドなアプローチを取る新体制との方向性の違いが退社の背景にある
詳細解説
Yann LeCunの経歴と功績
Yann LeCunは、現代AIの「ゴッドファーザー」の一人として知られる研究者です。CNBCによれば、彼は2013年にFacebook(現Meta)に入社し、AI研究部門であるFAIR(Facebook AI Research)のディレクターとして活動してきました。同時にニューヨーク大学(NYU)の教授職も維持していました。
LeCunは、Yoshua BengioやGeoffrey Hintonといった他のAI研究者とともに、ディープラーニング(deep learning)と呼ばれるAI技術の普及に貢献しました。ディープラーニングは、ニューラルネットワークと呼ばれる大規模なソフトウェアシステムを訓練し、膨大なデータからパターンを発見させる手法です。この功績により、2019年には計算機科学の最高峰とされるTuring Awardを受賞しています。
新スタートアップの方向性
LeCunは11月19日のLinkedIn投稿で、「世界モデル(world models)」に特化したスタートアップの設立を発表しました。CNBCの報道によれば、このアプローチは、Web上のデータを超えた情報を分析し、物理世界とその性質をより適切に表現することを目指すものです。
LeCunは投稿の中で、「物理世界を理解し、持続的な記憶を持ち、推論でき、複雑な行動シーケンスを計画できるシステム」の実現を目標として掲げています。Metaは新スタートアップのパートナーとなる予定とのことです。
現在のAI業界では、大規模言語モデル(LLM)を中心とした基盤モデル(foundation models)の開発に数十億ドル規模の投資が行われています。しかし、LeCunを含む一部の研究者は、これらのモデルが世界に対する理解に限界があると指摘しており、人間の能力に匹敵または超える人工汎用知能(AGI)を実現するには新しいコンピューティングアーキテクチャが必要であると主張しています。
Meta AI部門の大規模改革
CNBCの報道によれば、LeCunの退社は、MetaのAI部門が経験した混乱の時期と重なっています。同社が2025年にリリースしたオープンソースの大規模言語モデル「Llama 4」は、開発者から失望的な反応を受けました。
これを受けて、Mark Zuckerberg CEOはトップAI人材のリクルートに数十億ドルを投資しました。その中心となったのが、6月に発表された145億ドル規模の投資です。この投資により、Scale AIの28歳のCEO Alexandr WangがMetaの新しいチーフAIオフィサーとして招聘されました。
他にも、GitHubの元CEO Nat Friedmanがプロダクトチームを率いるポジションに、ChatGPTの共同開発者Shengjia Zhaoがチーフサイエンティストに就任するなど、著名な人材が続々と加わっています。
組織再編と方向性の転換
CNBCが関係者から得た情報によれば、10月にはMetaのSuperintelligence Labs部門から600人の従業員が解雇されました。この中には、LeCunが立ち上げに関わったFAIR部門のメンバーも含まれていたとのことです。
報道では、こうした組織再編と新しいリーダーシップチームの登場が、LeCunの退社決定に大きな役割を果たしたとされています。また、LeCunは新しいチーフAIオフィサーのWangや、多くの注目すべき新規採用者で構成されるTBD Labs部門とはほとんど交流がなかったとのことです。
方向性の違いも明らかになっています。LeCunは常にAI研究や関連技術をオープンソースコミュニティと共有することを支持してきました。一方、Wangと彼のチームは、OpenAIやGoogleとの激しい競争の中で、よりクローズドなアプローチを好むとされています。この哲学的な違いは、Metaの元々のLlamaモデルがFAIR内で開発されていた経緯を考えると、組織内での緊張を生んでいた可能性があります。
今後の展開
LeCunは投稿の中で、「AMI(Advanced Machine Intelligence)の目標を独立した組織で追求することは、その広範な影響を最大化する方法である」と述べています。新しいスタートアップの応用範囲は、Metaの商業的利益と重なる部分もあれば、そうでない分野も多く含まれると考えられます。
LeCunは「FAIR設立は私の最も誇りに思う非技術的な成果」と振り返り、Mark Zuckerberg、Andrew Bosworth、Chris Cox、Mike Schroepferらの支援に感謝の意を表明しました。Metaとの協力関係は継続されるとのことですが、具体的な形態については今後明らかになっていくものと思われます。
まとめ
現代AIの基礎を築いた研究者の一人であるYann LeCunのMeta退社は、AI業界における技術的方向性と組織戦略の転換点を象徴する出来事と言えるでしょう。大規模言語モデル中心の開発競争が激化する中、物理世界を理解する「世界モデル」という新しいアプローチがどのような成果を生むのか、今後の展開が注目されます。
