[ニュース解説]「砂糖まみれのパスタソースでクッキーを?」世界が呆れた広告から明らかになったAI提供企業と消費者側の感覚の溝

目次

はじめに

 ある大手企業のAI広告が多くの人々から批判を浴びました。そこから見えてくるのは、AIの驚くべき能力の裏に潜む「常識の欠如」という本質的な問題です。

 本稿では、英The Guardianに掲載されたコラム「The worst thing about AI? That stupid Samsung ad where the guy adds ‘way too much sugar’ to his pasta sauce」を基に、最近のAI技術が抱える課題と、私たちがAIとどう向き合うべきかについて解説します。

引用元記事

要点

  • サムスンのAIアシスタント(Google Gemini)を宣伝する広告は、料理に失敗した男性にAIが非現実的な解決策を提示する内容である。
  • この広告は、AIの提案が料理の文脈や人間の常識から著しく乖離しているため、多くの人々から「役に立たない」「不快だ」と批判を浴びている。
  • 記事の筆者は、このAIの提案が料理や食文化への冒涜であり、現在のAI技術が抱える限界を象徴していると指摘する。
  • この一件は、AIが膨大な情報に基づいた論理的な処理は得意でも、人間が持つ暗黙知や常識、文脈の理解にはまだ大きな課題があることを示している。
  • また広告を作成したSamsungと消費者側の間で、AIに期待していることの溝があることも明らかになっており、今後のAI活用に対して消費者側の期待を改めて認識する必要がある。

詳細解説

問題の広告、その内容とは?

 まず、記事が批判しているサムスンの広告がどのようなものかを見ていきましょう。

  1. 一人の若い男性がキッチンで「コチュジャンパスタソース」を作っています。
  2. 彼は誤って、そのソースに「あまりにも多くの砂糖」を入れてしまいます。
  3. 困った彼は、スマートフォンに搭載されたAIアシスタント(Google Gemini)に助けを求めます。
  4. するとAIは、その甘くなりすぎたソースを使って「おいしいクッキーを作りましょう」と提案します。
  5. 男性は「いいね!(Sweet!)」と喜び、AIの指示通りにソースにバターを加えて混ぜ、10分間焼きます。
  6. 出来上がったクッキーを片手に、彼は満足げにキッチンを去っていきます。

 一見すると、AIが機転を利かせて失敗を新しいアイデアに転換した、というポジティブなストーリーに見えるかもしれません。しかし、料理を少しでも知っている人なら、この提案がいかに突飛で非現実的であるかにすぐ気づくでしょう。

 AIのツッコミどころ満載の提案

 AIの提案があまりにも「的外れ」であるように感じ、多くの人が広告に対して疑問を呈しています。

  • 常識的な解決策の完全な無視:
    ソースに砂糖を入れすぎた場合、人間ならまず「砂糖をすくい取る」「水やトマト缶などを加えて薄める」「塩味や酸味を足してバランスを取る」といったことを考えるはずです。しかし、CMのAIはこれらの常識的な解決策をすべて無視し、全く別の料理であるクッキー作りを提案します。これは、夕食のパスタを作っていたはずの男性の目的や文脈を全く理解していないようにみえてしまいます。
  • レシピとして完全に破綻:
    甘いソースにバターを加えて焼くだけではクッキーにはなりません。クッキー作りには通常、小麦粉、卵、ベーキングパウダーなどの材料が必須です。このAIの指示は、料理の基本的なプロセスを理解していないようにみえてしまいます。
  • ありえない味の組み合わせ:
    コチュジャンパスタソースには、当然ながらコチュジャン(唐辛子味噌)、ニンニク、玉ねぎなどが入っていると考えられます。これらと砂糖、バターが混ざったクッキーが「おいしい」とは到底思えません。
  • 「曖昧さ」の壁:
    「『あまりにも多すぎる(way too much)』という曖昧な表現では、正確な計量が命であるお菓子作りは不可能だ」という指摘も挙げられています。

企業の提示する「AIの革新性」と消費者の「現実感」の大きな溝

 この一件で特に注目すべきは、Samsung側と一般消費者の間に横たわる深刻な認識の違いです。

 Samsung側の視点では、この広告は「AIが従来の枠組みを超えた革新的な解決策を提示する」というメッセージを伝えようとしていたはずです。「パスタソースからクッキーを作る」という発想の転換は、技術開発者の目には「クリエイティブで画期的なアイデア」として映ったのでしょう。AIが既存の常識にとらわれない「破壊的イノベーション」を生み出すという、テック企業が好む物語に合致していたのです。

 しかし、実際に毎日料理をする一般消費者にとって、この提案は「革新的」ではなく「非現実的」でした。料理という日常的で実用的な行為において、文脈を無視した突飛な提案は、むしろAIへの不信を募らせる結果となったのです。

 この溝が生まれる背景には、AIを開発・マーケティングする側が、実際の生活者の体験や常識から離れた場所で技術を語りがちであるという構造的な問題があります。シリコンバレー的な「既存の枠組みを破壊する」という価値観が、必ずしも日常生活の改善につながらないことを、この広告は図らずも証明してしまいました。

 消費者が求めているのは「革新的すぎる提案」ではなく、「実用的で信頼できるアシスタント」です。この認識のギャップこそが、AI技術の普及における最大の障壁の一つと言えるでしょう。

まとめ

 本稿で取り上げたサムスンの広告炎上事件は、AIが私たちの日常生活に浸透しつつある現在において、極めて重要な教訓を与えてくれます。

 まず、この事例はAI技術の根本的な限界を浮き彫りにしました。現在の生成AIは膨大なデータから統計的にもっともらしい回答を生成することは得意ですが、人間が当たり前に持っている常識や文脈理解、実用性の判断といった能力はまだ発展途上であることが明らかになりました。AIは「知っている」のではなく「予測している」に過ぎず、その予測が現実の制約や人間の感覚と大きく乖離する可能性があることを、この広告は象徴的に示しています。

 さらに深刻なのは、AI技術を提供する企業側と、それを実際に使用する消費者の間にある認識のギャップです。企業が「革新的で創造的」だと考える提案が、生活者にとっては「非実用的で信頼できない」ものとして受け取られる現実は、AI技術の社会実装における大きな課題を示唆しています。テック企業の「既存の枠組みを破壊する」という価値観が、必ずしも日常生活の改善や問題解決につながらないことを、私たちは改めて認識する必要があります。

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