近年、AI(人工知能)の進化は目覚ましく、特に文章や画像、そしてプログラムコードまで生成できる生成AIの登場により、「AIが人間の仕事を奪うのでは?」という議論が活発になっています。その中でも、「AIがプログラミングを自動化するから、もう人間が学ぶ必要はない」という声も聞かれるようになりました。
しかし、本当にそうでしょうか?AI研究の第一人者であり、教育プラットフォーム「DeepLearning.AI」の創設者でもあるアンドリュー・ン(Andrew Ng)氏は、自身の記事で「AIがプログラミングを不要にするという考えは、史上最悪のキャリアアドバイスになるだろう」と警鐘を鳴らしています。
本稿では、アンドリュー・ン氏の記事「Learn the Language of Software」を基に、なぜAI時代においてこそプログラミング、すなわちソフトウェアの「言葉」を学ぶことが重要なのかを、エンジニア以外の方にも分かりやすく解説していきます。
引用元情報:
- 記事タイトル: Learn the Language of Software
- 参照元URL: https://www.deeplearning.ai/the-batch/learn-the-language-of-software/
- 発行日: 2025年3月12日
要点
アンドリュー氏の最も重要なメッセージは、「プログラミングはAIによってなくなるどころか、むしろAIを活用するために、今こそ学ぶべきスキルである」ということです。主なポイントは以下の通りです。
- AIがプログラミングを自動化するという理由で学習を放棄するのは誤ったアドバイスである。
- 歴史的に見ても、プログラミングツールが進化し簡単になるたびに、プログラミングを行う人は増えてきた。
- AIを単に使うだけでなく、AI支援コーディングツールを効果的に使いこなし、より大きな成果(10倍のインパクト)を出すためには、コーディングの知識が役立つ。
- 将来最も重要なスキルの一つは、「コンピュータに自分が望むことを正確に伝え、実行させる能力」であり、コーディングはそのための最良の方法である。
- ソフトウェアの言語(コーディング)を理解することで、AIに対してより的確な指示を出すことができ、より良い結果を得られる。
詳細解説
AIによる自動化懸念への反論:歴史は繰り返す?
「AIがプログラマーの仕事を奪う」という議論は、実は新しいものではありません。記事では、1960年代にプログラミングがパンチカード(物理的なカードに穴を開けてコードを記述する方式)からキーボードとターミナル(画面表示装置)へと移行し、より簡単になった時代のエピソードが紹介されています。当時も、ノーベル賞受賞者であるハーバート・サイモン氏が「プログラミングという職業は絶滅する可能性が高い」と予測していました。しかし、実際にはどうだったでしょうか?プログラミングが容易になったことで、より多くの人々がプログラミングの世界に入ってきたのです。
アンドリュー・ン氏は、現代の「AIがプログラミングを自動化するから学ぶ必要はない」という主張は、この過去の予測と同じ誤りを繰り返している可能性があると指摘します。プログラミングは、アセンブリ言語(機械語に近い低水準言語)からC言語のような高水準言語へ、デスクトップからクラウドへ、そしてIDE(統合開発環境:コード作成を支援するツール)からAI支援コーディング(AIがコード生成を助けてくれるツール、時には生成されたコードをほとんど見なくても良い「vibe coding」と呼ばれる使い方もある)へと、段階的に簡単になってきました。そして、その進化のたびに、プログラミングを行う人口は増えてきたのです。
なぜ「ソフトウェアの言語」を知ることが重要なのか?
では、なぜAIがコードを書いてくれる時代に、人間がコーディング、すなわち「ソフトウェアの言語」を学ぶ必要があるのでしょうか?
アンドリュー氏は、AI時代に活躍する人材像として「10x プロフェッショナル」という概念を提唱しています。これは、自分の分野で平均的な人の10倍のインパクト(成果)を出せる人材のことです。そして、多くの人がこのレベルに到達するための最良の方法は、「AIアプリケーションの単なる消費者であるだけでなく、AI支援コーディングツールを効果的に使うために十分なコーディングを学ぶことだ」と述べています。
AIによる仕事の代替(ジョブ・ディスプレイスメント)を心配する人に対して、アンドリュー・ン氏が最もよくするアドバイスは、「AIについて学び、それをコントロールすること」です。なぜなら、将来最も重要なスキルの一つは、「コンピュータに自分が望むことを正確に伝え、実行させる能力」になるからです。そして、その能力を身につける最良の方法が、コーディング(あるいはAIにコーディングさせること)なのです。
アートの例えが用いられています。アンドリュー氏がオンラインコース用のAIアートワークを作成する際、美術史を学んだ協力者は、アートの専門用語(歴史的スタイル、パレット、画家のインスピレーションなど)を使って画像生成AI「Midjourney」に指示を出し、望む結果を得ることができました。一方で、その「言語」を知らないアンドリュー氏の試みでは、同等の効果的な結果は得られませんでした。
これと同様に、科学者、アナリスト、マーケター、リクルーターなど、様々な分野の専門家が、コーディングを通じてソフトウェアの言語を理解していれば、LLM(大規模言語モデル:ChatGPTなどの基盤技術)やAI対応のIDEに対して、より正確に自分が望むことを伝えることができ、はるかに良い結果を得られるようになります。
結論:今こそ学ぶべき理由
AIツールがコーディングをますます容易にしていく中で、それはプログラミング学習をやめる理由にはなりません。むしろ、ソフトウェアの言語を学び、コンピュータに自分の意図を正確に伝え、望む通りに動かす方法を学ぶには、今が最高のタイミングなのです。
まとめ
本稿では、アンドリュー・ン氏の記事を基に、AI時代におけるプログラミング学習の重要性について解説しました。
AIが進化し、コーディング作業の一部を自動化してくれるようになったとしても、コンピュータに何をさせたいのかを正確に指示する能力の価値は、むしろ高まっています。プログラミング、すなわち「ソフトウェアの言語」を学ぶことは、AIを効果的に活用し、自らの専門分野でより大きな成果を出すための鍵となります。
「AIがあるからプログラミングは不要」という考えに惑わされず、この変化の時代をチャンスと捉え、ソフトウェアの言語を学んでみてはいかがでしょうか。それは、AIという強力なツールを使いこなし、未来を切り拓くための重要な一歩となるはずです。
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