はじめに
本稿では、米Axiosが発行した「AI is turning Apple into a market “loser”」という記事をもとに、現代のテクノロジー業界における最重要テーマである人工知能(AI)の開発競争で、Appleが直面している厳しい現状について解説します。
引用元記事
- タイトル: AI is turning Apple into a market “loser”
- 著者: Madison Mills
- 発行元: Axios
- 発行日: 2025年7月10日
- URL: https://www.axios.com/2025/07/10/ai-apple-stock-market



要点
- Appleは、NvidiaなどAI分野で先行する他の巨大IT企業に比べ開発で遅れをとっており、その結果、株価が年初から15%下落するなど、市場から「AI競争の敗者」と見なされている。
- 市場が最も評価する「AIに関する将来性のある物語」をAppleが提示できていないことが、投資家の失望を招いている。特に、先日の世界開発者会議(WWDC)で発表された「Apple Intelligence」は、期待を大きく下回るものと受け止められた。
- アナリストからは、自社単独での開発はもはや手遅れであり、状況を打開するためにはAI検索エンジン「Perplexity」のような先進的な企業を大規模な買収によって獲得する必要があるとの見方が出ている。
- 一方で、Appleには好調なサービス事業、約800億ドル(約12兆円)にのぼる潤沢な手元資金、そして強固な顧客基盤という揺るぎない強みがある。これらがセーフティーネットとなり、戦略を立て直すための時間的猶予(専門家によれば24〜36ヶ月)はまだ残されている。
詳細解説
なぜAppleは「AI敗者」と見なされるのか?
現在、株式市場はAI技術を制する企業に巨額の資金を投じています。その象徴が、AIの計算に不可欠なGPU(画像処理半導体)で市場を独占するNvidiaです。同社の株価が史上最高値を更新し続ける一方で、Appleの株価は年初から15%も下落するという対照的な状況になっています。
市場関係者が問題視しているのは、AppleがAIという「第4次産業革命」とも呼ばれる巨大な技術革新の波に乗り遅れているように見える点です。ウォール街で著名なアナリスト、ダン・アイブス氏は「Appleは、時速100マイルで走り去る革命のレースを、高速道路の休憩所のベンチに座って眺めているようなものだ」と手厳しい言葉で現状を表現しています。
Appleはこれまで、iPodからiPhoneへの移行のように、時間をかけて市場を再定義することに成功してきました。しかし、変化のスピードが極めて速いAIの分野では、その慎重な姿勢が「遅れ」と見なされ、投資家の不安を煽っているのです。
技術的な課題と「買収」という解決策
Appleが直面する最大の課題は、AIモデルの開発と実装における技術的な遅れです。先日のWWDCで発表されたパーソナルAI「Apple Intelligence」も、その内容は競合他社がすでに提供しているサービスの域を出ておらず、市場に衝撃を与えるには至りませんでした。
この状況を打開するための最も現実的なシナリオとして、アナリストが指摘するのが外部企業の買収です。特に名前が挙がっているのが、対話型AI検索エンジンを開発する「Perplexity AI」です。Perplexityは、従来のキーワード検索とは異なり、ユーザーの質問に対してAIが情報を要約し、自然な文章で回答を生成するサービスで高く評価されています。
記事によれば、Appleがこの企業を買収するには約300億ドル(約4.5兆円)が必要とされていますが、アナリストは「AIによって将来得られる収益化の機会を考えれば、バケツの一滴にすぎない」と述べ、積極的な投資を促しています。自社開発に固執するのではなく、外部の先進技術を取り込むことで、一気に劣勢を挽回できる可能性があるのです。
残された時間とAppleの「強み」
では、Appleはもはや打つ手がないのでしょうか。Appleには、他の企業にはない圧倒的な強みが3つあると指摘されています。
- 好調なサービス事業: App Store、Apple Music、iCloudといったサービス部門は急成長を続けており、今や会社全体の収益の4分の1近くを占める安定した収益源です。
- 潤沢な手元資金: 約800億ドルという莫大なキャッシュは、大規模な買収や研究開発投資を可能にし、厳しい時期を乗り越えるための体力を与えてくれます。
- 強固な顧客ロイヤルティ: 世界中に存在する熱心なAppleユーザーは、エコシステムに深く根付いており、多少の遅れでは他社に乗り換えにくいという強力な顧客基盤を形成しています。
専門家は、これらの強みを背景に、Appleが「AOLの瞬間」を迎えるまでには24〜36ヶ月の猶予があると見ています。「AOLの瞬間」とは、かつてインターネットの巨人だったAOLが時代の変化に対応できずに没落した故事になぞらえた言葉で、IT企業が時代遅れになる決定的な転換点を指します。つまり、Appleにはまだ2〜3年の間に事態を好転させる時間が残されている、ということです。
まとめ
本稿では、Axiosの記事を基に、AI開発競争におけるAppleの苦しい立場と今後の展望について解説しました。
かつてのイノベーターであるAppleは、AIという新しい時代の潮流に乗り遅れ、「敗者」という不名誉なレッテルを貼られかねない危機に直面しています。市場やアナリストからの風当たりは強く、自社開発への固執から脱却し、Perplexity AIの買収のような大胆な一手を打てるかどうかが焦点となっています。
しかし、その強固な事業基盤とブランド力は健在であり、まだ逆転のチャンスは残されています。今後2〜3年間のAppleのAI戦略、特に大型買収に踏み切るかどうかの決断は、同社の未来を左右する極めて重要な分岐点となるでしょう。私たちユーザーにとっても、その動向から目が離せません。