はじめに
本稿では、国連教育科学文化機関(UNESCO)が2025年10月2日に報じた、教育分野におけるAI活用に関する指針について解説します。UNESCOが主催した「デジタル学習週間」の中で、世界の教育政策立案者向けに行われた研修の内容をもとに、これからの教育現場でAIを責任を持って効果的に導入していくための重要なポイントを解説します。
参考記事
- 発行元:UNESCO
- 発行日:2025年10月2日
- タイトル:AI in Action: UNESCO Empowers Education Policymakers to Harness Artificial Intelligence
- URL:https://www.unesco.org/en/articles/ai-action-unesco-empowers-education-policymakers-harness-artificial-intelligence
要点
- 教育におけるAI導入は、学習者や教師、教育機関といった現場の文脈に合わせた明確な目的を持つべきである。
- AIツールの開発や導入プロセスには、カリキュラムや生徒の実態を理解する現場の教師が積極的に関与することが不可欠である。
- AIの性能を左右するデータのアクセスと品質の確保が、導入成功の中心的な課題となる。
詳細解説
教育政策立案者が直面するAI導入の課題
AIが社会の学習や教育の方法を変革する中で、世界の教育政策立案者は、「公教育システムにAIをいかにして責任を持って、かつ効果的に適用するか」という喫緊の課題に直面しています。倫理的な設計からデータ管理まで、考慮すべき点は多く、実践的な指針が急務とされています。
このような背景から、UNESCOは「AI in Action: Project-based Learning for Education Policymakers」と題した研修セッションを実施しました。この研修の目的は、政策立案者が人権や公平性を核に据えながら、AI主導の教育革新をリードするための知識と自信を身につけることにあります。参加者は、AIプロジェクトの全段階(問題の特定、実現可能性の評価、設計、テスト、実装)について、対話形式の講義やグループワークを通じて学びました。
研修で示された3つの重要なメッセージ
研修での議論を通じて、教育現場へのAI導入を成功させるために特に重要ないくつかのメッセージが浮かび上がりました。
1. AIは目的志向で、文脈に沿ったものであるべき
最も強調されたのは、AIの導入が目的ありきで、かつ教育現場の状況に合わせて調整されるべきだという点です。AIはあくまで教育の目標を達成するための「手段」であり、テクノロジーが教育のあり方を決定するべきではない、という考え方が共有されました。それぞれの国や地域の学習者、教師、教育機関が抱える固有のニーズや課題に合わせた導入が求められます。
2. 教師の関与が成功の鍵
次に、教育者がAIツールの開発や導入プロセスに積極的に関わることの重要性が指摘されました。AIツールが実際のカリキュラムや指導方法、そして生徒たちの現実に即したものでなければ、教育現場で有効に機能しません。現場を最もよく知る教師たちの視点やフィードバックが、ツールの実用性を高める上で不可欠です。
3. データへのアクセスと品質が中心課題
AIシステムはデータに基づいて学習・機能するため、質の高いデータへのアクセスが極めて重要です。しかし、公教育機関は、特に民間企業が開発したプラットフォーム上にデータが存在する場合、そのアクセスに困難を抱えることが少なくありません。教育データをどのように安全に管理し、公平に活用していくかというデータガバナンスの課題は、AI導入における中心的な論点の一つです。
教育におけるAI活用の具体的なイメージ
研修では、AIの有望な活用例として、個々の生徒に合わせた学習支援や、採点・事務作業の自動化による教師の業務負担軽減などが挙げられました。
また、参加者からは創造的な活用事例として、「自然散策中に生徒がスマートフォンをかざすと、AIが動植物の名前や情報を教えてくれるツール」というアイデアも出されました。これは、屋外での探求活動をリアルタイムの学習体験に変えるもので、AIが教室外の学びを豊かにする可能性を示しています。
UNESCOの継続的な取り組み
今回の研修は、UNESCOが2021年から進めている「公共部門のためのAIとデジタルトランスフォーメーションに関するプログラム」の一環です。このプログラムは、各国政府が人権を尊重した形でデジタル化を進めるための支援を目的としています。
UNESCOは、公務員向けの「デジタルコンピテンシーフレームワーク」を発行しており、すでにナイジェリアやルワンダ、EU、インドなどの公的機関で採択されています。今後も、オンライン公開講座(MOOC)の開設や、公共部門向けのAIツールを集約したリポジトリの公開などを通じて、世界中の公的機関を支援していく予定です。
まとめ
本稿では、UNESCOが主催した教育政策立案者向けの研修をもとに、教育現場へのAI導入における指針を解説しました。
AIを教育に導入する際は、単に新しい技術を取り入れるだけでなく、「何のために使うのか」という目的を明確にし、現場の教師と密に連携し、データの管理体制を慎重に構築するという、多角的な視点が不可欠であることが示されました。これらの視点は、これから日本の教育のデジタル化を推進していく上で、教育関係者や政策に携わる人々にとっても重要な視点となります。