[ビジネスマン向け] GoogleのSundar Pichai CEOが語る「Gemini 3」とAI戦略の全貌:10年越しの投資が結実

目次

はじめに

 GoogleのSundar Pichai CEOが2025年11月26日、GoogleのYouTubeに出演し、Gemini 3のリリースや「Nano Banana Pro」の成功、そしてGoogleの長期的なAI戦略について詳細に語りました。本稿では、この発表をもとに、Googleが10年以上かけて構築してきたAI戦略の全体像と、今後の展開について解説します。

参考記事

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要点

  • Googleは、2012年のGoogle Brain、2014年のDeepMind買収、2016年のAlphaGoとTPU発表を経て、2016年に「AI First」宣言を行い、フルスタックでのAI投資を継続してきた
  • Gemini 3とNano Banana Proのリリースは、この長期投資が結実した瞬間であり、過去数週間でほぼ毎日何らかのプロダクトをリリースしている
  • Nano Banana Proはインフォグラフィック生成で特に高い評価を得ており、世界中の潜在的なクリエイティビティを解放するツールとして機能している
  • 「Vibe Coding」と呼ばれる新しいコーディング手法により、従来はエンジニアでなかった人々もソフトウェアを作成できるようになっている
  • Googleは量子コンピューティングやProject Suncatcher(宇宙データセンター)など、次の10年を見据えた長期的な投資も継続している

詳細解説

Googleの10年越しのAI投資戦略

 Sundar Pichai CEOによれば、Googleの現在のAI戦略の起点は2016年にあります。同年、Pichai氏はGoogle全体を「AI First」の企業にすることを決断しました。この決断を後押ししたのは、2012年のGoogle Brainによる画像分類のブレークスルー(いわゆる「猫論文」)、2014年のGoogle DeepMind買収、そして2016年1月のAlphaGoの成功でした。

 注目すべきは、2016年5月にGoogleが最初のTPU(Tensor Processing Unit)を発表したことです。これらの出来事が重なり、Pichai氏は「プラットフォームシフトが起ころうとしている」と確信し、フルスタックでのAI投資を決定しました。

 フルスタックアプローチとは、インフラストラクチャ(データセンター、TPU、GPU)からモデルの事前学習、ポストトレーニング、そしてプロダクトへの実装まで、すべての層で投資を行うことを意味します。Pichai氏は「各層でのイノベーションが、スタック全体を通じて上位層にまで流れていく」と説明しています。この考え方は、ハードウェアの改善がモデル性能の向上につながり、それがさらにプロダクトの品質向上につながるという好循環を生み出します。

キャパシティ不足との戦いと沈黙の期間

 Pichai氏はインタビューの中で、生成AI時代への対応において一時的にキャパシティ(処理能力)が不足していた時期があったことを明かしています。「外部から見ると、我々が静かだったり遅れているように見えたかもしれませんが、実際にはすべての構成要素を整えていた」と述べています。

 この時期、Googleは大規模なインフラストラクチャ投資を行い、必要な規模まで拡張していました。フルスタックアプローチを取っているため、一つの層だけを改善するのではなく、すべての層を同時に強化する必要があり、それには固定費用と時間が必要でした。しかし現在は「その反対側にいる」とPichai氏は語り、チームが前進するペースが加速していることを強調しています。

Geminiという「共通言語」の誕生

 Geminiは、Google全体のプロダクトを貫く「共通の糸」となっています。Pichai氏は「Geminiは、AI First戦略をより明確に具体化したもの」と説明します。従来、GoogleアカウントやGaia以外に、Google検索、YouTube、Cloud、Gmail、Waymoといった多様なプロダクト群を貫く共通要素はあまり存在しませんでした。

 しかし現在、Geminiはこれらすべてのプロダクトに組み込まれており、それぞれのサービスを改善しています。さらに注目すべきは、Gemini 3のリリース時に、Cursor、Replit、Figmaなど、Google以外の企業も同時にGemini 3を使った機能をリリースしたことです。Pichai氏はこれを「大規模なイノベーション」と評価し、Google単独ではなく世界中の企業が同時に革新を起こしている状況を喜んでいます。

Nano Banana Proが解放する潜在的クリエイティビティ

 インタビューの中で、Nano Banana Proの成功について多くの時間が割かれています。Pichai氏は、このモデルがインフォグラフィック生成で特に優れた性能を示していることに注目し、「世界中にどれだけの潜在的なクリエイティビティがあるかを示している」と述べています。

 Pichai氏は、PowerPointが登場した際に人々がより多くのスライドを作成するようになり、情報が拡大し続けたことに触れ、「Nano Banana Proによって、情報を圧縮し、より消化しやすい形で世界に提供できる段階に戻っているのかもしれない」と考察しています。

 従来、人々は自分が持っているツールによって表現が制約されていましたが、Nano Banana Proのような生成AIツールは、人々が頭の中で考えている通りの方法で表現することを可能にします。この「表現力のある、よりアクセスしやすいツール」の提供により、多くの人々が創造性を発揮できるようになると、Pichai氏は期待を示しています。

 興味深いのは、Nano Bananaチームがインフォグラフィック生成を特に重視していたわけではなく、モデルの性能が向上し、テキストレンダリング能力が改善される中で、自然にこの機能が優れたものになったという点です。これは、AIモデルの性能向上が予期しない形で実用的な価値を生み出す好例と言えます。

Vibe Coding: コーディングの民主化

 インタビューで繰り返し言及されたのが「Vibe Coding」という新しいコーディング手法です。Pichai氏は、この現象を「インターネットがブログを生み出し、多くの人々がライターになったように、またYouTubeが多くの人々をクリエイターにしたように、コーディングの分野でも同じことが起きている」と表現しています。

 Google社内でも、これまでコードを書いたことがなかった人々が初めてのコミット(変更の提出)を行う件数が急増しているとのことです。例えば、プロダクトマーケティング担当者がアイデアを持っていた場合、従来は他者にそれを説明するだけでしたが、現在は自分でVibe Codingを使って簡単な実装を行い、人々に見せることができます。

 Pichai氏自身の例として、コミュニケーションチームのメンバーが、コーディングの経験がないにもかかわらず、息子にスペイン語の活用を教えるためのアニメーション付きHTMLページをGemini 3で一発で作成したエピソードが紹介されています。

 Pichai氏は、最新のIDE(統合開発環境)がコーディングをより楽しいものにしていると述べつつ、「これは最悪のバージョン」だとも指摘します。つまり、現在のツールは素晴らしいが、今後さらに改善されていくということです。この表現は、Waymo(自動運転車)について「これは最悪の運転になる—今後は改善するだけだ」と述べていたことと同じ考え方です。

ローンチデイの舞台裏—成功指標と観察方法

 Pichai氏は、大規模なプロダクトリリース日に、複数の方法で成功を測定していると明かしています。まず、X(旧Twitter)などのSNSで一般ユーザーの反応を直接確認し、有効なフィードバックがあれば、すぐにチームにフィードバックして対応を検討します。

 同時に、社内チームはGemini自体を使って情報を収集・整理しており、詳細なダッシュボードを確認しています。Pichai氏自身は「直接体感したいタイプの人間」であり、レポートを受け取るだけでなく、人々が何を投稿しているか、どう使っているかを自分で理解しようとします。

 また、物理的にオフィスを歩き回り、大きなスクリーン上で複数のダッシュボードを見ているチームメンバーのところへ行き、QPS(1秒あたりのクエリ数)や使用状況、キャパシティの心配事などを確認します。特にリリース初日は、何が機能しているか、何がうまくいっていないかを把握するのに役立つと述べています。

「青いマイクロキッチン」—イノベーションが生まれる場所

 インタビューの中で興味深いトピックとして、Google DeepMindのオフィス内にある「青いマイクロキッチン」が取り上げられています。Pichai氏によれば、この場所はGoogleの初期を思い出させる空間で、密度の高い才能が集まり、常に人々が情報交換をしており、訪問者も多く、アイデアの交換が活発に行われているとのことです。

 この場所には、SergeyやJeff、Sanjayといった著名なエンジニアがエスプレッソを淹れている姿も見られます。Pichai氏は「あの場所でエスプレッソを淹れる精度を見ると、我々の文化がよく表れている」と冗談めかして述べ、「自分は良いエスプレッソの淹れ方を知っているが、あのグループの中では少し気後れする」と笑いながら語っています。

 Pichai氏がQPS(1秒あたりのクエリ数)を確認したいと述べた際、実際にはこのマイクロキッチンで人々の画面を覗き込んで状況を把握していることも明かされています。このような物理的な空間が、人々をオフィスに呼び戻し、アイデア交換の価値を実感させる場所として機能していると考えられます。

次の10年への投資—量子コンピューティングと宇宙データセンター

 Pichai氏は、10年前にAIへの大規模投資を決断したのと同様に、常に次の10年を見据えた投資を行っていると語ります。現在の主要な投資先の一つが量子コンピューティングです。Pichai氏は「約5年後には、今日AIについて持っているような息を呑むような興奮を、量子コンピューティングについても持っているだろう」と予測しています。

 さらに驚くべき例として、2週間前に発表された「Project Suncatcher」(宇宙にデータセンターを建設するプロジェクト)が紹介されています。Pichai氏は「明らかにムーンショット(実現困難な挑戦)であり、今日では一部がクレイジーに見えるかもしれない」としつつ、「必要とされる計算量を真剣に考えると、理にかなってくる。時間の問題だ」と説明します。

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 このプロジェクトでは、バックワード方式で27のマイルストーンを設定し、進めているとのことです。Pichai氏は「2027年には、どこかの宇宙空間にTPUを設置できることを期待している。もしかしたら、周回しているTesla Roadsterに会えるかもしれない」と冗談を交えて語っています。

 他にも、Isomorphic LabsのAlphaFold、Wingのドローン配達、そして現在進行中のロボティクス関連の仕事など、複数の長期プロジェクトが進行していることが明かされています。このような長期的視点を持ち続けることが、Googleの戦略の核心にあると言えます。

Sim-Shipping(同時リリース)の挑戦

 インタビューの中で、現在の課題として「Sim-Shipping」、つまり複数のプロダクトで同時にGeminiをリリースすることの難しさが語られています。Logan Kilpatrick氏(インタビュアー)は、「実際の課題は、プロダクトの観点からだけでなく、キャパシティの観点から、すべての異なるプロダクト体験でモデルがうまく機能するようにすることだ」と指摘しています。

 Pichai氏は、Gemini 3のリリース時に多くのプロダクトで同時にリリースできたことを誇りに思っており、さらにCursor、Replit、Figmaなどの外部企業も同時にリリースしたことに言及しています。この「大規模なイノベーション」は、Google単独ではなく、世界中の企業が協調してイノベーションを起こしている証拠だと述べています。

 ただし、Google内部のプロダクトチーム間での調整や、十分なキャパシティの確保は依然として技術的に困難な課題です。Corey(Google内部の人物)が述べたとされる「モデルの作り方は理解したが、Googleのすべてのプロダクト表面にそれらをデプロイすることは極めて難しい」という言葉は、この挑戦の本質を表していると考えられます。

今後の展開—Gemini 3 Flashとその先

 インタビューの最後で、Pichai氏は今後の展開について触れています。現在リリースされているのはGemini 3.0ですが、Gemini 3.0 Flashはまだリリースされておらず、他のモデルも控えています。

 Pichai氏は「2.5 Proは非常に優れたモデルなので、そこから明確に意味のある飛躍を遂げることは難しい」としつつ、「だからこそ、それがエキサイティングな進歩を生む」と述べています。Flashモデルについては、Pichai氏が常に楽しみにしているモデルで、「より多くの人々にサービスを提供できるようになる」ことから重要だとしています。

 Pichai氏は「3.0 Flashは非常に非常に優れたモデルになると思う。これまでで最高のものになるかもしれない」と期待を示しています。また、社内の事前学習チームはすでに次のバージョンについて考えており、「絶え間なくイノベーションを起こし、リリースし続ける文化」が、この瞬間を特別なものにしていると語ります。

 さらに、Flow、NotebookLMなどの新しいプロダクトも継続的にリリースされており、NotebookLMについては「情熱的で成長しているコミュニティがある」として、ジャーナリストや博士号取得者が研究にNotebookLMを活用している様子に感銘を受けていると述べています。

まとめ

 Sundar Pichai CEOへのインタビューは、Googleが10年以上にわたって構築してきたAI戦略の全体像を明らかにするものでした。2016年の「AI First」宣言から始まり、フルスタックでの投資、キャパシティ不足との戦い、そして現在のGemini 3やNano Banana Proの成功に至るまでの道のりが語られました。特に印象的だったのは、Vibe Codingによるコーディングの民主化や、Nano Banana Proが解放する潜在的クリエイティビティといった、技術が人々の創造性を引き出す側面です。また、量子コンピューティングや宇宙データセンターといった次の10年を見据えた投資も続けられており、Googleの長期的視点の重要性が改めて浮き彫りになりました。今後もGemini 3 Flashをはじめとする新しいモデルやプロダクトのリリースが期待され、AI技術の進化とその応用範囲の拡大に注目が集まります。

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