はじめに
本稿では、Google Developers Blogで2025年9月24日に公開された内容を基に、AI開発者やデータサイエンティスト向けに発表された新しいサーバー「Data Commons MCP Server」について解説します。
参考記事
- タイトル: Introducing the Data Commons Model Context Protocol (MCP) Server: Streamlining Public Data Access for AI Developers
- 発行元: Google Developers Blog
- 発行日: 2025年9月24日
- URL: https://developers.googleblog.com/en/datacommonsmcp/
- PyPiパッケージ:https://pypi.org/project/datacommons-mcp/
- Google Colabでの公式サンプルエージェント:https://colab.research.google.com/github/datacommonsorg/agent-toolkit/blob/main/notebooks/datacommons_mcp_tools_with_custom_agent.ipynb#scrollTo=1Qm2Zx5L_cKs
- GitHubリポジトリ:https://github.com/datacommonsorg/agent-toolkit/tree/main/packages/datacommons-mcp/examples/sample_agents?

要点
- Googleは、AIエージェントが公開データセット群「Data Commons」を容易に利用できるようにする「Data Commons MCP Server」を公開した。
- このサーバーは、Model Context Protocol (MCP) という標準化されたプロトコルを通じて、AIがData Commonsの膨大なデータを直接、かつネイティブに扱えるようにするものである。
- 最大の目的は、信頼できる現実世界の統計情報をLLMに提供することで、ハルシネーション(もっともらしい嘘の生成)を抑制し、AIが生成する情報の信頼性を向上させることにある。
- 開発者は複雑なAPIを直接学習・操作する必要がなくなり、信頼性の高いデータに基づいたAIアプリケーションを迅速に構築できる。
- すでに国際NGO「ONE Campaign」との協業で、アフリカの保健財政データを自然言語で分析する「The ONE Data Agent」という実用例が生まれている。
詳細解説
LLMの課題とData Commonsの役割
大規模言語モデル(LLM)は、非常に高度な文章生成能力を持ちますが、時としてハルシネーションと呼ばれる、事実に基づかないもっともらしい情報を生成してしまう課題を抱えています。これは、LLMが学習データに含まれる情報の真偽を判断できないことに起因します。この課題を解決するためには、信頼できる情報源(ファクト)をLLMに参照させることが有効です。
ここで重要な役割を果たすのが、Googleの「Data Commons」です。これは、国勢調査、世界銀行、米国疾病予防管理センター(CDC)など、世界中の信頼できる情報源から提供される公開統計データを集約し、標準化して一元的に管理する知識グラフです。例えば、「東京の人口」や「米国の郡ごとの平均所得」といったデータを、統一された形式で簡単に取得できます。
Data Commons MCP Server の提供
しかし、これまでは開発者がData CommonsのデータをAIアプリケーションに組み込むには、独自のAPIを理解し、それに合わせたプログラムを記述する必要がありました。
今回発表された「Data Commons MCP Server」は、この手間を解消し、AIとData Commonsをスムーズに接続するための新しい基盤です。MCP Serverは、Model Context Protocol (MCP) という標準プロトコルに対応しており、AIエージェントにとっての「共通言語」として機能します。
これにより、AIエージェントは、まるで人間がデータベースに問い合わせるかのように、Data Commonsに対して自然な形でデータの探索や分析を要求できます。開発者は、Data Commons側の複雑なAPI仕様を意識することなく、AIエージェントの開発に集中できます。結果として、信頼できるデータソースに裏付けされた、ハルシネーションの少ないAIアプリケーションを、従来よりもはるかに速く開発することが可能になります。
公式で紹介されているクエリの例を見ると、その能力の高さがわかります。
- 探索的クエリ: 「アフリカで利用可能な健康関連のデータには何がありますか?」
- 分析的クエリ: 「BRICS諸国の平均寿命、経済的不平等、GDP成長率を比較してください。」
- 生成的クエリ: 「米国の郡における所得と糖尿病の関係について、簡潔なレポートを生成してください。」
このように、単純なデータ検索から複雑な分析、さらにはレポート生成まで、幅広い要求にAIエージェントが応えられるようになります。
実践的な活用事例:「The ONE Data Agent」
MCP Serverはすでに実社会で活用されています。アフリカの貧困撲滅などを目指す国際NGO「ONE Campaign」は、Google Data Commonsと協力し、「The ONE Data Agent」という対話型のデータプラットフォームを開発しました。
従来、世界の保健財政に関するデータは、様々な機関のデータベースに散在し、形式もバラバラで、専門家でなければ横断的な分析が困難でした。しかし、The ONE Data AgentはMCP Serverを介してData Commonsに接続することで、利用者が「どの国が援助削減の影響を最も受けやすいか?」といった質問を平易な言葉で入力するだけで、数千万のデータポイントから関連データを即座に検索・可視化し、データセットとしてダウンロードすることを可能にしました。
これは、データに基づいた政策提言やレポート作成の効率を劇的に向上させるものであり、MCP Serverがもたらす価値を具体的に示す例です。
開発者向け:利用を開始する方法
Data Commons MCP Serverは、Google Cloud Platformの最新のエージェント開発ワークフロー(Agent Development Kit (ADK)など)や、Gemini CLIといったクライアントツールとシームレスに連携するように設計されています。
利用を開始したい開発者向けに、以下のリソースが提供されています。
- PyPiパッケージのインストール:
Gemini CLIなど、好みのMCPクライアントですぐに試すことができます。
PyPi:https://pypi.org/project/datacommons-mcp/ - Google Colabでのサンプルエージェント:
ADK(Agent Development Kit)を使ってエージェントを開発するためのサンプルが、Colabノートブック形式で提供されています。
Google Colabで試す:https://colab.research.google.com/github/datacommonsorg/agent-toolkit/blob/main/notebooks/datacommons_mcp_tools_with_custom_agent.ipynb#scrollTo=1Qm2Zx5L_cKs - GitHubリポジトリ:
サンプルエージェントのコードを参照し、独自のエージェント開発を始めるためのリポジトリが公開されています。
GitHubリポジトリを見る:https://github.com/datacommonsorg/agent-toolkit/tree/main/packages/datacommons-mcp/examples/sample_agents?
まとめ
今回発表されたData Commons MCP Serverは、AI、特に自律的にタスクを実行するAIエージェントが、信頼性の高い公開データを活用するための標準的な道筋を提供する、重要な技術です。
複雑なデータアクセスの部分をこのサーバーが担うことで、開発者はより創造的なアプリケーションの開発に注力できるようになります。そして、LLMのハルシーションという根深い課題に対して、「信頼できるデータと接続する」という直接的で強力な解決策を提供します。
