はじめに
本稿では、近年の急速なAI技術の進化が、特に大学を卒業したばかりの新社会人のキャリアにどのような影響を与える可能性があるのかについて、ABC Newsが報じた「AI risks ‘broken’ career ladder for college graduates, some experts say」という記事をもとに解説します。
引用元記事
- タイトル: AI risks ‘broken’ career ladder for college graduates, some experts say
- 著者: Max Zahn
- 発行元: ABC News
- 発行日: 2025年6月6日
- URL: https://abcnews.go.com/Business/ai-risks-broken-career-ladder-college-graduates-experts/story?id=122527744

要点
- ChatGPTのようなAIチャットボットの進化により、大卒者が担ってきたホワイトカラーの初級職が代替、あるいは大きく変容するリスクがある。
- 専門家は、これまで一般的であった「単純な下積み業務から経験を積んでステップアップする」という伝統的なキャリアのはしごが壊される可能性を指摘している。
- 特に、コンピュータプログラミングや法律分野における基礎的なタスクは、AIによって自動化される可能性が高い。
- しかし、仕事が一方的になくなるわけではなく、AIを効果的に活用する能力や、問題解決能力、分析能力といった、より高度なスキルセットが若手にも求められるようになる。
- 一方で、肉体労働や対人サービスなど、人間的なやり取りや身体性を伴う仕事は、AIによる自動化の影響を受けにくく、今後もその重要性は変わらない。
詳細解説
なぜ今、新卒者のキャリアがAIによって脅かされているのか?
近年、ChatGPTに代表される生成AIの能力が飛躍的に向上しました。これまでは人間にしかできないと考えられていた文章作成、要約、基本的なプログラミングといった知的作業を、AIがこなせるようになったのです。この技術革新を受け、多くの企業がAIの導入による業務効率化に注目しています。
例えば、AIモデル「Claude」を開発したAnthropic社のCEOであるダリオ・アモデイ氏は、「5年以内に米国の初級レベルの仕事は半減する可能性がある」と予測しています。また、Business Insider社が従業員の21%を解雇した際には、CEOが「AIに全面的に注力する」と発言するなど、企業側の動きも活発化しています。
このような状況は、まさにこれから社会に出る大学新卒者にとって大きな問題です。彼らが最初に就くことが多いエントリーレベル(初級職)の仕事は、定型的で基礎的なタスクが多く、AIによる自動化の対象になりやすいためです。実際に、ニューヨーク連邦準備銀行の報告によると、2025年初頭の米国における大卒者の就職市場は著しく悪化しており、この背景にAIの影響を指摘する声が上がっています。
「壊れるキャリアのはしご」という警告
本稿が引用した記事の中で、ペンシルベニア大学のリン・ウー教授は「最大の問題は、キャリアのはしごが壊されていることだ」と警鐘を鳴らしています。これは一体どういう意味でしょうか。
従来のキャリアパスでは、新入社員はまずアシスタント業務やデータ入力といった基礎的な仕事から始め、そこで経験とスキルを身につけ、徐々により責任の重い専門的な仕事へとステップアップしていくのが一般的でした。この段階的な成長の道筋が「キャリアのはしご」です。
しかし、AIはこの「はしごの最初の段」にあたる仕事を代替してしまう可能性があります。マッキンゼー・グローバル・インスティテュートの研究責任者であるアヌ・マドガフカル氏は、具体例として以下のような仕事を挙げています。
- 法律事務所のアシスタント: 膨大な量の判例データベースから関連する事例を探し出す作業。
- コンピュータプログラマー: 基本的な機能を実現するための簡単なコード作成。
これらの仕事は、これまで若手社員が専門知識を実践的に学ぶための重要な機会でした。もしAIがこれらを担うようになれば、若手は経験を積む機会を失い、どうやってキャリアの次のステップに進めばよいのか分からなくなってしまうかもしれません。これが「キャリアのはしごが壊れる」という懸念の正体です。
仕事は消えるのか?それとも「求められるスキル」が変わるのか?
では、エントリーレベルの仕事は完全になくなってしまうのでしょうか。専門家の多くは、必ずしもそうではないと考えています。仕事が「消える」というよりは、仕事の内容と「求められるスキル」が大きく「変わる」のです。
マドガフカル氏は、「エントリーレベルの労働者への需要がなくなるわけでも、大幅に減少するわけでもないと思います。ただ、若者がこれらのツール(AI)を使うことへの期待が急速に高まるだけです」と述べています。
つまり、これからの若手社員には、単に指示された作業をこなすだけでなく、以下のような能力が求められるようになります。
- AIを使いこなす能力(AIリテラシー): 自分の仕事の生産性を上げるために、AIをアシスタントとして効果的に活用するスキル。
- 問題解決能力と分析能力: AIが提示した情報が正しいか判断し、それを基に複雑な問題を解決に導く能力。
- クリティカルシンキング(批判的思考): AIの答えを鵜呑みにせず、多角的な視点から物事を捉え、本質を見抜く力。
ウー教授は、今の若者世代を「AIネイティブ」と呼び、長期的には彼らがこの変化に最も適応できるだろうと楽観的な見方も示しています。生まれた時からデジタル技術に親しんできた彼らにとって、AIは脅威ではなく、強力なツールになり得るのです。
AI時代でも「人間にしかできない仕事」の価値
一方で、AIの進化をもってしても、その影響をほとんど受けない、あるいは逆に価値が高まるとされる仕事も存在します。MITの研究者であるイザベラ・ロアイザ氏の研究では、人間的な強みが活きる仕事の需要はむしろ高まっていることが示されています。
具体的には、以下のような職種が挙げられます。
- ブルーカラーの仕事: 建設作業員や配管工など、物理的な作業や手先の器用さが求められる仕事。
- 対人サービス職: 幼児教育の教師、ホームヘルパー、セラピストなど、共感力やコミュニケーション能力が中心となる仕事。
- 高度な専門職: 医師や企業の経営幹部など、複雑で予測不可能な状況下で総合的な判断を下す必要のある仕事。
これらの仕事に共通するのは、AIが苦手とする身体性、高度な対人スキル、倫理観、そして文脈を理解した上での複雑な意思決定です。テクノロジーが進化すればするほど、こうした人間ならではの温かみや深い思考力が、より一層価値を持つようになると言えるでしょう。
まとめ
本稿では、ABC Newsの記事を基に、AIが新卒者のキャリアに与える影響について解説しました。AIは、特にホワイトカラーの初級職のあり方を大きく変え、「キャリアのはしご」を壊してしまうリスクをはらんでいます。これにより、従来のような下積みからのステップアップというキャリアパスは、見直しを迫られるかもしれません。
しかし、これは決して悲観的な未来だけを意味するものではありません。仕事がなくなるのではなく、求められるスキルが変化するのです。これからの時代を担う若者には、AIを使いこなす技術的なスキルはもちろんのこと、AIには代替できない問題解決能力や共感力といった人間的な強みを磨いていくことが、これまで以上に重要になります。AIという強力なツールをどう活用し、自らの価値を高めていくか。その問いこそが、これからのキャリアを考える上での出発点となるでしょう。