[ニュース解説]政府AI活用の影で浮上する深刻なセキュリティリスク:DOGEの危険性を専門家が警告

目次

はじめに

 アメリカ政府がAI活用による効率化を急速に推進する中、世界的なセキュリティ専門家が深刻な警鐘を鳴らしています。本稿では、The Registerの「Schneier tries to rip the rose-colored AI glasses from the eyes of Congress」という記事をもとに、政府効率化部門(DOGE)による無謀なデータ取り扱いが国家安全保障に与える深刻なリスクについて解説します。

引用元記事

  • タイトル:Schneier tries to rip the rose-colored AI glasses from the eyes of Congress
  • 著者:Thomas Claburn
  • 発行元:The Register
  • 発行日:2025年6月6日
  • URL:https://www.theregister.com/2025/06/06/schneier_doge_risks/
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要点

  • 世界的セキュリティ専門家Bruce Schneierが米議会でDOGEの危険性を証言
  • 政府効率化部門(DOGE)が政府データベースから大量データを抽出し、AIに投入している現状 
  • 杜撰なサイバーセキュリティにより、敵対者がアメリカの機密データにアクセス可能な状況 
  • 最高裁がDOGEに社会保障庁の機密データへの一時的アクセスを認可 
  • 軍事・政治指導者の銀行口座が攻撃目標となる可能性への警告

詳細解説

Bruce Schneierとは何者か

 Bruce Schneier(ブルース・シュナイアー)は、暗号学者、コンピュータセキュリティ専門家、プライバシー専門家、作家として国際的に活動する人物です。エコノミスト誌から「セキュリティの達人(security guru)」と称されるほどの権威で、ハーバード大学ケネディスクールの講師、ベルクマン・クライン・インターネット・社会センターのフェローを務めています。

 彼の著書「Applied Cryptography」は暗号学の標準的テキストとして世界中で使用され、14冊の書籍と数百の記事、論文を執筆しています。また、月刊ニュースレター「Crypto-Gram」とブログ「Schneier on Security」は25万人以上に読まれている影響力の大きい情報発信者でもあります。

DOGEとは何か – トランプ政権の政府効率化イニシアチブ

 DOGE(Department of Government Efficiency:政府効率化部門)は、2025年1月20日に大統領令14158により正式に設立されたトランプ政権第2期の政府内イニシアチブです。情報技術の近代化、生産性と効率性の最大化、無駄な支出の削減を目的としている組織です。

 このイニシアチブは2024年にドナルド・トランプとイーロン・マスクの間での議論から生まれたもので、億万長者のイーロン・マスクと起業家のヴィヴェック・ラマスワミーが率いることが発表されました。名称の「DOGE」は、マスクが支持するドージコインという暗号通貨への言及でもあります。

 DOGEは連邦政府機関への大規模な人員削減と組織解体を促進し、移民取り締まりを支援し、政府データベースから機密データをコピーしていると報告されています。

公聴会での衝撃的な証言内容

 2025年6月5日、米下院監視・政府改革委員会で開催された「人工知能時代の連邦政府」と題した公聴会で、Schneierは他の参加者とは大きく異なる警告を発しました。

 記事によると、「他の発言者は主にAIがいかに素晴らしいか、そして時には自社がいかに素晴らしいかについて話していたが、私は民主党から特にDOGEと政府機関からデータを流出させてAIに投入することのリスクについて話すよう求められた」とSchneier自身が説明しています。

 彼の核心的な警告は、「すべての敵対者がDOGEが流出させたすべてのデータのコピーを持ち、DOGEがセキュリティ管理を除去したすべてのネットワークへのアクセスを確立していると仮定する必要がある」というものでした。

国家安全保障への深刻な脅威

 Schneierが描くシナリオは極めて深刻です。流出したデータが敵対者によって悪用される可能性について、「米国に対する軍事行動は、軍事・政治指導者の銀行口座をゼロにすることで予告されるだろう」という具体的な脅威を示唆しました。

 この警告の背景には、DOGEが実施している以下のような活動があります:

  • 政府全体での大規模データベースの抽出
  • 抽出したデータのAI処理
  • Palantirなどの民間企業への情報提供
  • セキュリティ管理の除去

 「サイバーセキュリティを犠牲にしてAIの未来を創造しようとする努力は、国を危険にさらすだけでなく、AI自体を危険にさらし、ひいては司法制度、立法制度、銀行制度、国防、そして我々全員、あなた方個人をも危険にさらす」と彼は結論づけています。

最高裁判決が示す深刻な状況

 この記事で特に注目すべきは、公聴会の翌日である6月6日に、米最高裁判所が6対3の判決でDOGEに社会保障庁の機密データへの一時的アクセスを認めたという事実です。

 反対意見を述べたケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事は、この決定が「数百万のアメリカ人にとって深刻なプライバシーリスクを生む」と警告しました。これは、Schneierの懸念が現実のものとなっていることを示しています。

DOGEの実際の影響と問題点

 DOGEの活動は理論上の脅威にとどまりません。報道によると、DOGEは以下のような広範囲な政府機関にアクセスを得ています:

  • 財務省の支払いシステム(年間数兆ドルの政府支出を処理)
  • 国際開発庁(USAID)の機密情報
  • 中小企業庁(SBA)のシステム
  • 消費者金融保護局(CFPB)の内部システム
  • 国立海洋大気庁(NOAA)のスタッフと多様性プログラム関連データ

 2月10日時点で、マスクとDOGEチームは少なくとも15の連邦機関にアクセスを得ていると報告されています。

日本への教訓 – 政府DXにおけるセキュリティの重要性

 この事例は、日本の政府DX(デジタルトランスフォーメーション)推進にとって重要な教訓を提供します。AI活用による効率化は確かに魅力的ですが、セキュリティを犠牲にした急速な変革は、国家の根幹を揺るがす危険性を孕んでいることが明らかになりました。

 特に以下の点で注意が必要です:

  1. データ統合の危険性:複数の政府機関のデータを統合することで、単一の侵害が全体に及ぼす影響が指数関数的に拡大する
  2. AI処理における透明性の欠如:どのデータがどのように処理されているかの可視性が失われる
  3. 民間企業との連携リスク:政府データの民間企業への提供が新たなセキュリティホールを生む
  4. 専門知識の軽視:技術的効率性を重視するあまり、セキュリティ専門家の警告が軽視される傾向

Schneierが見落とされた理由

 興味深いことに、Schneierの証言は、監視委員会のAI推進要約では全く言及されていないという事実があります。これは、政策決定者が都合の悪い警告を意図的に無視している可能性を示唆しています。

 このような状況は、技術的な楽観主義と政治的思惑が、国家安全保障上の重大なリスクを覆い隠している危険性を浮き彫りにしています。

まとめ

 Bruce Schneierの警告は、AI活用による政府効率化という美名の下で、アメリカが国家安全保障上の深刻なリスクを冒している現実を浮き彫りにしました。DOGEによる無謀なデータ取り扱いは、敵対者に前例のない攻撃機会を提供している可能性があります。

 日本も政府DXを推進する中で、効率性と安全性のバランスを慎重に検討する必要があります。Schneierが示した「セキュリティを犠牲にした技術革新は、結果的に技術そのものを危険にさらす」という教訓を真摯に受け止め、包括的なセキュリティ戦略の下でのみAI活用を進めるべきでしょう。

 世界最高峰のセキュリティ専門家の警告が政策決定プロセスで軽視される現状は、民主主義国家における技術政策の在り方についても重要な問題提起をしています。

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