［ニュース解説］Metaの巨額投資直後、AIデータ企業Scale AIが14%の人員削減へ：業界再編の波と生成AIの未来を読み解く

2025-07-17

はじめに

　本稿では、AI業界で今、最も注目されているニュースの一つを取り上げます。AIモデルの学習データを扱うトップ企業であるScale AIが、Facebookの親会社であるMetaから巨額の投資を受け、さらにその創業者がMetaに引き抜かれた直後に、大規模な人員削減を発表しました。

　本稿では、米CNBCが報じた「Scale AI cuts 14% of workforce after Meta investment, hiring of founder Wang」という記事を基に、この出来事の背景を解説し、AI業界の現状と今後の展望について深く掘り下げていきます。

参考記事

タイトル: Scale AI cuts 14% of workforce after Meta investment, hiring of founder Wang
著者: Ashley Capoot
発行元: CNBC
発行日: 2025年7月16日
URL: https://www.cnbc.com/2025/07/16/scale-ai-cuts-14percent-of-workforce-after-meta-investment-hiring-of-wang.html

要点

AIの学習データを提供するリーディングカンパニーであるScale AIは、正社員の14%にあたる200人の解雇を発表した。
この人員削減は、Metaによる143億ドルの巨額投資と、創業者Alexandr Wang氏がMetaの最高AI責任者に就任するという発表のわずか数週間後に行われたものである。
暫定CEOは、人員削減の理由として「生成AI能力の急速すぎる拡大」とそれに伴う「過剰な官僚主義」を挙げた。
OpenAIやGoogleといった主要顧客がScale AIとの関係を縮小・見直していると報じられており、事業構造の転換が急務であった。
Scale AIは今後、データ事業を合理化し、企業（エンタープライズ）および政府（公共セクター）向けのAI事業に注力する方針である。
この一連の動きは、Meta、Google、OpenAIといった巨大テック企業間のAI覇権争いが、関連スタートアップの経営戦略に直接的な影響を与えていることを示す象徴的な出来事である。

詳細解説

Scale AIとは？ AI開発の「縁の下の力持ち」

　まず、今回の主役であるScale AIがどのような企業なのかを理解することが重要です。AI、特に今日の生成AIが人間のように文章を生成したり、画像を認識したりするためには、その前に「学習」のプロセスが不可欠です。この学習には、「教師データ」と呼ばれる、人間が正解を教え込んだ膨大な量のデータが必要になります。

　例えば、AIに「猫」の画像を認識させるためには、「これは猫です」とラベル付け（アノテーション）された何百万枚もの猫の画像を見せる必要があります。この地道で、しかしAIの性能を決定づける極めて重要な「データラベリング」作業を専門に行うのがScale AIです。

　同社は2016年の創業以来、OpenAI、Google、Microsoftといった名だたる企業のAI開発をデータの側面から支え、AIエコシステムの根幹を担う「縁の下の力持ち」として急成長を遂げてきました。

なぜ人員削減が必要だったのか？

　Metaからの巨額投資という明るいニュースの直後になぜ人員削減が行われたのでしょうか。暫定CEOのジェイソン・ドローグ氏は、その理由を「生成AI能力を急速に拡大しすぎた」そして「過剰な官僚主義を生み出してしまった」と説明しています。

　これは、近年の生成AIブームを受け、Scale AIが市場の需要を楽観的に見積もり、急ピッチで人員を増やしすぎた結果、組織が非効率的になってしまったことを示唆しています。需要の波に乗り遅れまいとアクセルを踏み込んだものの、実際の顧客の動きや事業の採算性との間にズレが生じ、組織のスリム化、つまりリストラによる方向転換を迫られたと考えられます。

Metaの狙いとAI業界への地殻変動

　今回の出来事のもう一つの重要な側面は、巨大テック企業間の熾烈な競争です。Metaは、ライバルであるOpenAIやGoogleに対抗するため、AI開発への投資を猛烈な勢いで加速させています。

　MetaがScale AIに143億ドルという巨額を投じ、さらにその創業者であるアレクサンダー・ワン氏を自社の最高AI責任者として引き抜いたのは、単なる資金提供ではありません。これは、AI開発の心臓部とも言えるデータ準備のノウハウとトップ人材を、丸ごと自社に取り込もうとする極めて戦略的な動きです。

　この結果、Scale AIの主要顧客であったOpenAIやGoogleは、競合であるMetaと密接になったScale AIとの関係を見直さざるを得なくなりました。報道によると、OpenAIはすでにScale AIとの協業を縮小しており、Googleも関係を断つ方向で動いているとされています。つまり、Scale AIは最大の支援者を得た代わりに、他の大きな顧客を失うという事態に直面したのです。

Scale AIの今後の戦略

　このような状況を受け、Scale AIは事業戦略の大きな転換を表明しています。具体的には、これまで中心だった（そして競争が激化している）生成AI向けのデータ事業を合理化し、今後はより専門性が高く、安定した収益が見込める企業（エンタープライズ）向けや政府（公共セクター）向けのAIソリューションに注力するとしています。

　これは、特定の巨大テック企業への依存から脱却し、より多角的な顧客基盤を築くことで、激動のAI市場を生き抜こうとする同社の生き残り戦略と言えるでしょう。